32話
エレナが手甲の作成に没頭し始めると、ユートはやることがなくなってしまった。
設計図は完成し、素材の手配も終わった。あとはエレナと制作部の職人たちの仕事だ。
「すみません、もしよろしければ、剣の基本的な振り方だけでも教えていただけませんか?」
ユートは、今日の護衛(大柄で斧を背負った男と、弓を得意とするらしい女性の二人組だった)に頼んでみた。魔法だけでなく、最低限の護身術も身につけておきたいと思ったのだ。
「おう、いいぜ! 見よう見まねでも、やっとくのとやらないのでは大違いだからな!」
大柄な男護衛は快く引き受け、訓練用の木剣を貸してくれた。彼は豪快な動きで基本の型を示し、弓使いの女護衛は、的確な重心移動や視線の配り方などをアドバイスしてくれた。
ユートは真剣に取り組んだが、慣れない動きにすぐに汗だくになった。
その間、メイドのリナは、特にユートに指示されることもなく、部屋の隅で少し暇そうにしていた。
そんな時、部屋の扉がノックされ、可愛らしい声がした。
「リナ、いる?」
入ってきたのは、ダリウスの娘、リリアだった。彼女は街道での襲撃以来、初めて会う。
「あら、リリア様。どうかなさいましたか?」
リナは、リリアを見ると、メイドとしての立場を保ちつつも、どこか友達のように打ち解けた様子で話しかけた。
「ユート様も、こんにちは」
リリアはユートにも気づき、丁寧に挨拶をした。
「こんにちは、リリア様。襲撃以来ですが、お変わりありませんか?」
ユートも挨拶を返す。
「はい、おかげさまで。あの時は本当にありがとうございました。ちゃんとしたお礼が遅くなってしまって、申し訳ありません」
リリアは改めて深々と頭を下げた。
「そんな、気にしないでください。リリア様が無事でよかったです」
「ユート様にお怪我はありませんでしたか?」
「ええ、俺は大丈夫です」
リリアは少し安心したように微笑むと、興味深そうにユートに尋ねた。
「あの、ユート様。先日、シルヴァンの街に行かれたんですよね? どんな街でしたか? 私も一度行ってみたいと思っているんですけれど……」
どうやら、ユートが商隊に同行した話を聞いていたらしい。
「ええ、行ってきましたよ。シルヴァンは、アルテナとはまた違って、古い建物が多くて、職人さんがたくさんいるような、落ち着いた雰囲気の街でしたね。大きな鉱山があって、そこから色々な鉱石や宝石が採れるそうです」
ユートは、散策した時の街の様子や、競売の騒ぎ、そしてゴブリンの襲撃があったことなどを、かいつまんで話して聞かせた。
「へぇー! 鉱山があるんですね! きれいな石とか、たくさんあるのかしら……。でも、ゴブリンが出たなんて、怖かったでしょう?」
リリアは目を輝かせたり、心配そうな顔をしたり、くるくると表情を変えながら、熱心にユートの話に耳を傾けていた。
しばらく話した後、リリアは「あ、用事があるのを忘れてた! また来るね、リナ、ユート様! シルヴァンの話、また聞かせてくださいね!」と言い残し、慌ただしく部屋を行ってしまった。
「リリア様と、ずいぶん仲が良いんですね」
ユートがリナに尋ねると、彼女は少し照れたように答えた。
「はい。私が学校への付き添いなどをさせていただくことも多くて……。歳も近いですし、仲良くさせていただいております」
なるほど、だから友達のような雰囲気だったのか。
それ以降、休暇中、リリアは時折ユートたちの部屋を訪ねてくるようになった。ユートにシルヴァンの街や旅の話をもっと聞きたがったり、リナとおしゃべりを楽しんだり。彼女の来訪は、単調になりがちな休暇中の良い気分転換になった。
剣の基礎訓練をしたり、リリアと話したり、時には街を散策したり(もちろん護衛付きで)。そんなことをしているうちに、あっという間に5日間の休暇は過ぎていった。明日からは、またエレナの助手としての仕事と、本格的な魔法訓練の日々が始まる。ユートは、少しだけ名残惜しさを感じながらも、充実した休暇を終え、新たな気持ちで仕事に戻る準備をするのだった。




