150話
ドループでの熾烈な戦いを終え、ユートに精霊神から「自由」が告げられてから、数年の月日が穏やかに流れた。
特別調査部は、ハーネット商会の裏の、しかし最も信頼される実働部隊として、数々の任務をこなしていた。
南方の未開拓地へ赴き、新たな交易路を確保するための交渉。
産出量が落ちた鉱山に巣食う魔物を討伐し、安定した資源供給を取り戻すための調査。
そして、時にはダリウス会長の名代として、気難しい職人が住む隠れ里へ赴き、彼らの作る一級品の独占契約を取り付けるといった、外交的な任務まで。
戦いも、商談も、未知の土地への旅もあった。
その全てを、ユートは『ホーム』の仲間たちと共に乗り越えてきた。
彼らの絆は、共に過ごした時間と、分かち合った経験によって、もはや家族と呼べるほどに深く、固いものとなっていた。
そんな穏やかな、しかし充実した日々の中で、仲間たちの間にも、少しずつ新しい風が吹き始めていた。
ある日の午後、ユートが執務室で報告書をまとめていると、バルカス、エルザ、ドラン、そしてエマの四人が、連れ立って訪ねてきた。
その表情は、どこか緊張し、そして照れくさそうにしている。
「ユート部長、今、少しよろしいでしょうか」
バルカスが、改まった口調で切り出した。
「どうしたんですか、皆さん揃って」
ユートが不思議そうに尋ねると、四人は意を決したように顔を見合わせ、そして同時に深々と頭を下げた。
「「「「結婚のご報告に参りました」」」」
「……え?」
ユートは、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「俺と、エルザ殿は、しばらくした後に式を挙げることにいたしました」
バルカスが、厳つい顔を真っ赤にしながら言う。
その隣で、いつもは冷静沈着なエルザも、珍しく頬を染め、俯いていた。
実直で頼りになる二人のベテラン護衛。
数々の死線を共に潜り抜けるうちに、互いへの尊敬は、いつしか深い愛情へと変わっていたのだろう。
多くを語らずとも、背中を預け合える。
そんな二人の関係が、一つの形を結んだのだ。
「俺もです! 俺と、エマさんが、結婚することになりました!」
続いて、ドランが満面の笑みで、しかしどこか緊張した声で報告した。
隣のエマは、幸せそうに微笑みながら、恥ずかしそうにドランの腕にそっと手を添えている。
いつも陽気でお調子者のドランと、控えめで心優しいエマ。
正反対に見える二人だが、ドランの明るさがエマの心を和ませ、エマの優しさがドランの支えとなっていた。
互いに足りないものを補い合う、理想的な二人だった。
立て続けの、二組からの幸せな報告に、ユートは驚きで固まっていたが、やがてその顔に、心からの祝福の笑みが広がった。
「そうか……そうだったのか! バルカスさん、エルザ、ドラン、エマさん! おめでとう!」
その後も、『ホーム』の仲間たちの春は続いた。
いつもおどおどしていたミアは、いつしか無口な弓使い、レックスと心を通わせるようになっていた。
言葉少ないレックスの、その行動で示す優しさが、自信のなかったミアの心を解きほぐしたのだ。
二人の結婚報告は、ミアが小さな声で、しかしはっきりと「あの、れ、レックスさんと、結婚します……!」と告げ、レックスがその後ろでこくりと頷く、二人らしい、静かで温かいものだった。
ユージーンは、フリューゲルから共に来たミュレインと、その息子フェイルと共に、アルテナで新しい家族を築いていた。
全てを失った者同士、寄り添い、支え合ううちに、二人の間に愛情が芽生えるのは、ごく自然なことだった。
ユートに忠誠を誓うユージーンだったが、今や彼には、守るべき愛する家族という、もう一つの生きる理由ができていた。
フェイルが、ユージーンを「お父さん」と呼んだ日の祝宴は、皆の記憶に温かく残っている。
そして、最も意外な組み合わせだったのが、レナータとカインだった。
冷静沈着で、感情を表に出さない女護衛と、堅物で、常に理論的に物事を考える分析官。
一見、何の接点もなさそうな二人だったが、互いの仕事に対するプロフェッショナルな姿勢に、尊敬の念を抱いていたのだ。
任務の合間に交わされる、戦略や歴史に関する小難しい会話が、二人にとっては、何よりも心地よい時間だったらしい。
彼らの結婚報告は、カインが作成した「今後の人生における共同事業計画書」という名の婚姻届を、レナータが静かに受け取る、という形で行われた。
三つ子の残りの2人、リックとロイのお調子者コンビも、それぞれアルテナの街で恋人を見つけ、共同で賑やかな結婚式を挙げた。
相手は、二人が足繁く通っていた酒場の看板娘と、市場で働く快活な女性だった。
仲間たちが、次々と自分たちの幸せを見つけていく。
その姿を見守ることは、ユートにとって、何物にも代えがたい喜びだった。
バルカスとエルザ、ドランとエマの合同結婚式が開かれた、ある晴れた日のこと。
幸せそうな四組の門出を祝い、宴は最高潮に盛り上がっていた。
その輪の中心で、少しだけ酔いの回ったバルカスとドランが、ユートと、その隣で幸せそうに微笑むセーラの元へやってきた。
「いやー、めでたいもんだな、ユート部長!」
「本当ですね! 皆、幸せそうで、俺も嬉しいです!」
二人は、グラスを片手に、ニヤニヤしながらユートとセーラを見ている。
「それで……ですよ、部長」
ドランが、悪戯っぽく切り出した。
「皆、こうして落ち着いたわけですが……部長と、セーラさんは、いつになるんですかい?」
その言葉に、周りで聞いていた他のメンバーたちも、一斉にユートとセーラに注目した。
セーラは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
ユートも、突然の問いに、どう答えていいか分からず、ただ照れ笑いを浮かべることしかできなかった。
仲間たちの、温かく、そして少しだけ囃し立てるような視線に包まれながら、ユートはセーラの顔をそっと盗み見た。
彼女の潤んだ瞳と目が合い、二人の間に、言葉にならない、しかし確かな想いが流れる。
いつか、自分たちも。
そんな未来を、ユートは確信に近い思いで、心の中に描いていた。




