144話
北の街『ヘイム』での作戦を成功させた一行は、休む間もなく次の目的地、西の街『ゼーナ』へと馬車を進めた。
ドループを締め上げる二つの血管のうち、一つは断ち切った。残るはもう一つだ。
数日かけてゼーナに到着する、その手前の森道で。
先行していたはずのイナホのリーダー、ハガマが、まるで木々から滲み出るように、音もなく一行の前に姿を現した。
「ユート様、お待ちしておりました」
仮面越しではあるが、その声にはヘイムでの成功を確信しているかのような、落ち着きが感じられた。
「ハガマ殿、ご苦労様です。こちらも、首尾は?」
「はっ。噂は、面白いほどに広がっております。そして……」
ハガマは、少し意外な情報を口にした。
「ゼーナのサドネット商会支店長から、あなたに会いたい、と。伝言を預かっております」
その言葉に、ユートは眉をひそめた。
ヘイムの支店長と同じく、こちらの策に乗じて私腹を肥やそうという魂胆か。
あるいは、罠か。
ユートは気を引き締め、ハガマと共にサドネット商会のゼーナ支店へと向かうことにした。
支店長室に通されると、そこに待っていたのは、ヘイムの狸親父とは全く雰囲気の違う、理知的な雰囲気を持つ初老の紳士だった。
「ようこそおいでくださいました。ハーネット商会特別調査部部長、ユート殿」
支店長は、穏やかな笑みを浮かべ、ユートの正体をすでに見抜いていることを告げた
。
部屋に緊張が走る。ユートは動じず、相手の出方を窺った。
「ご心配には及びません。私は、あなた方の敵になるつもりはありませんので」
支店長は、驚くべき告白を始めた。
「ドループのギデオン支店長のやり方は、もはや商いとは呼べません。あれはただの略奪だ。商会の名を騙り、私欲のために住人を苦しめるなど、本意ではない」
彼は、サドネット商会の本店にも今回の件を報告し、ギデオンの暴走を止めるよう進言していたのだという。
「本来、ハーネット商会とは、多少商圏が被ることはあっても、ある程度の棲み分けができていたはず。ギデオンのせいで、両商会が本格的に争うことになれば、商会にとっても、そして何より街の住人にとっても、良い結果にはなりません」
「しかし、我々サドネット商会は各支店長の権限が大きく、本店の介入もすぐには行えず、対処が遅れてしまっていた」
「そんなところに、あなた方が現れた。あなたの策はおおよそ見当がついています。どうか、そのままギデオンを追い詰めていただきたい。我々も、手を貸しましょう」
予想外の、しかしこれ以上なく心強い協力の申し出だった。
「ドループの支店が崩れた後の始末は、こちらで引き受けます。ですから、心配なさらず、思う存分やってください」
支店長はそう言うと、今度はユートの隣に立つハガマに向き直り、深く頭を下げた。
「そして、ハガマ殿。君たち『レーアン』を追い落としたのも、ギデオンの独断だったと調べがついた。同じ商会の人間として、辛い目に合わせたことを、深く詫びたい」
その真摯な謝罪に、ハガマは仮面の下で静かに目をつぶった。
「……謝罪は、受け取っておこう。だが、失われた仲間たちのことを思えば、過去の事を、すぐには許せません」
彼の声には、長年の恨みと悲しみが滲んでいた。
「……ただ、今は、私には新しい主と、進むべき道がある。今はそれで、悪くはない」
ハガマはそう言って、ユートの方をちらりと見た。
その言葉に、支店長は安堵の表情を浮かべた。
「これは、我々からの協力の証です」
支店長は、ドループへ送るはずだった商品を、ヘイムの時よりもさらに安い、破格の値段でユートたちに売却してくれた。
大量の物資をインベントリに詰め込み、一行は感謝の言葉を述べ、支店を後にした。
「さあ、帰りましょう! ドループへ!」
最後のピースは、揃った。
ユートたちは、サドネット商会ドループ支店への、最終的な勝利を確信し、急ぎ帰路についた。




