142話
ドループの街の民衆を味方につけ、ユートたちの静かな反撃は確かな手応えを見せ始めていた。
しかし、サドネット商会がこのまま黙って引き下がるはずがない。
次の一手を打つために、ユートはさらなる情報を必要としていた。
その夜、ユートは宿の自室で、イナホのリーダーであるハガマ、そしてスイ、ハンの三人と密会していた。
部屋にはランプの灯りが一つだけ灯され、四人の影が壁に濃く揺れている。
「ユート様、ドループでのご活躍、我々も見聞きしております」
ハガマが、仮面の下から抑えた声で言った。彼らは街の闇に紛れ、独自の調査を続けていたのだ。
「皆さんの協力のおかげです。それで、何か掴めましたか? サドネット商会の動きについて」
「はっ。ドループ支店、及び、その周辺支店の情報をいくつか」
スイが、滑らかな口調で報告を始めた。
「サドネット商会は、各支店の支店長に非常に強い権限が与えられているようです。本店からの大まかな方針はあるものの、現場での具体的な商いや、時には汚い仕事も、支店長の裁量一つで行われているとのこと。今回のドループでの一件も、ギデオン支店長の独断に近い形で進められている可能性が高いかと」
「なるほど……。トップダウンでありながら、現場の自由度が高い、と。厄介な組織ですね」
ユートは腕を組む。続いて、ハンが地図を広げ、いくつかの点を指し示した。
「彼らのドループへの流通経路も特定いたしました。主なルートは二つ。北の街『ヘイム』と、西の街『ゼーナ』です。どちらの街にもサドネット商会の支店があり、そこで一度商品を積み込み、ドループへと輸送しているようです」
「ヘイムと、ゼーナ……」
ユートは地図上の二つの街の位置を確認した。
そこが、ドループを締め上げるための血管というわけか。
「ハガマ殿、スイ殿、ハン殿。三人にお願いしたいことがあります」
ユートは、決意を秘めた目で三人の顔を順に見た。
「これから、その二つの街へ先行していただき、ある噂を流してきてほしいのです」
「噂、でございますか?」
ユートは頷き、三人にだけ聞こえるように、その噂の内容を囁いた。
それを聞いた三人の目に、一瞬、驚きの色が浮かんだが、すぐにその意図を理解し、深く頷いた。
「承知いたしました。ユート様の策、必ずや成功させてみせます」
三人は音もなく闇に溶け込み、部屋から姿を消した。
翌日、ユートはメンバーを集め、新たな指示を出した。
「俺とセーラ、そして護衛に三つ子を連れて、一度この街を出ます。行き先は、先日商品を売却した、ハーネット商会の支店がある街です」
ユートは、再び強行軍で数カ所の街を回り、ドループの小規模商店に卸すための商品を、これまで以上に大量に買い集めた。
インベントリの許容量を考えれば、馬車一台分の偽装荷物など、もはや必要ないほどだった。
数日後、ドループに戻ったユートは、協力関係にある小規模商店の店主たちを再び集めた。
「皆さん、お待たせしました」
ユートがインベントリから商品を取り出すと、馬小屋は前回を遥かに凌ぐ量の商品で埋め尽くされた。
「こ、こんなに……!?」
店主たちは、その圧倒的な物量に息を呑む。
この数日間、ユートから卸してもらった商品を売るだけで、すでに彼らの手元には、サドネット商会への借金を返済してもお釣りがくるほどの利益が出始めていた。
彼らの顔には、もはや恐怖の色はなく、商人としての自信と活気が戻っている。
「これらの在庫があれば、しばらくは安泰でしょう。思う存分、商売をしてください」
ユートは店主たちに商品を分配し、力強く言った。
「そして、俺たちは、これから次の戦場へ向かいます」
ユートは、宿に残っていたメンバー全員を集め、改めて地図を広げた。
「在庫は十分に提供した。今から、俺たちはサドネット商会の輸送経路上にある、北の街ヘイムと、西の街ゼーナへ向かう。彼らの喉元に、刃を突きつけに行くんだ」
その言葉は、守りから攻めへと転じる、反撃の狼煙だった。




