140話
翌朝、ユート、セーラ、そして三つ子を乗せた一台の幌馬車が、ドループの街門をゆっくりと通過した。
荷台には多くの木箱が積まれ、車輪をきしませながら、いかにも重そうな雰囲気を醸し出している。
しかし、そのほとんどは空箱か、重石代わりに詰め込まれたガラクタで満たされていた。本当に価値のある商品は、すべてユートのインベントリの中に安全に収納されている。
門兵による簡単な検問に対し、セーラが馬車の窓からにこやかに顔を出した。
「アルテナへの定期便です。今回は荷が少なくて助かりますわ」
その穏やかで疑う余地のない応対に、門兵は軽く荷台を覗き込んだだけであっさりと通行を許可した。一行は怪しまれることなく、静かに街を出ることに成功した。
街を出て半日ほど進んだ頃だろうか。人通りもまばらな、深い森に囲まれた道に差し掛かったところで、それは起こった。
ザッ、と木々を揺らす音と共に、十数名の覆面の男たちが道の両脇から現れ、一行の行く手を塞いだ。
その装備は統一されており、統率の取れた動きから、ただの野盗ではないことが一目で窺える。
サドネット商会の私兵、あるいは彼らが雇った手練れの傭兵団だろう。
リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべながら前に進み出た。
「ハーネット商会の皆さん、ご苦労さん。その馬車に積んである『商品』、そっくりそのまま置いていってもらおうか」
ユートは手綱を握ったまま、冷静に男を睨み返した。
「残念だが、貴方たちが欲しがるようなものは何も積んでいない。この荷は、ただのガラクタだ」
その言葉が、戦闘開始の合図となった。
「いっくぜぇ!」
リックが槍を構え、獣のような雄叫びを上げて真っ先に敵陣へ突撃した。
その勢いに怯んだ先頭の男を、鋭い突きで牽制する。
「させっかよ!」
リックの死角から斬りかかってきた別の男の剣を、ロイがタイミングを合わせて割り込み、大盾で弾き返した。
キィン!と甲高い金属音が響き、男は衝撃で大きく体勢を崩す。
そのがら空きになった足元を、後方で冷静に機を窺っていたレックスの矢が、ヒュンと風を切り裂いて正確に射抜いた。
「ぐあっ!」
三つ子は、これまでの鬱憤を晴らすかのように、息の合った連携を見せる。
誰が指示するでもなく、互いの動きを読み、補い合う。
それは、血を分けた兄弟だからこそ可能な、まさに三位一体の戦い方だった。
敵の第一波は、彼ら三人の見事な連携によって、あっという間に食い止められた。
敵が三つ子の予想外の強さに手こずっている、その隙をユートは見逃さなかった。
「セーラ、馬車を少し後退させて!」
ユートはセーラに指示を出し、味方を巻き込まない安全な位置を確保させると、両の手甲に魔力を集中させた。
「《フレイムボム》!」
敵陣の中央めがけて放たれた魔法が炸裂し、ゴウッという轟音と共に数人の男たちを吹き飛ばす。
爆風と熱波に、敵の陣形は完全に崩壊した。
「ひ、火魔法だと!?」
「聞いてねえぞ!」
混乱し、怯んだ残党に対し、ユートは容赦なく追撃の魔法を放つ。
「《フレイムスピア》!」
立て続けに放たれた数条の炎の槍が、逃げ惑う男たちを正確に貫いた。
もはや彼らに戦意は残っていなかった。
生き残った者たちは武器を捨て、悲鳴を上げながら我先にと森の奥へと逃げ去っていった。
サドネット商会からの襲撃を退けた一行は、その後、数日かけてハーネット商会の支店がある最寄りの街に無事到着した。
ユートは支店長に面会し、ドループでの作戦を簡潔に説明した。
そして、支店の倉庫を借りると、驚きで目を丸くする支店長の前で、インベントリから買い取った大量の商品――織物、陶器、干物などを次々と出現させた。
「こ、これは一体……どこからこんな物を……!?」
唖然とする支店長を前に、セーラが交渉役として前に進み出た。
彼女は、ドループの商人たちから預かってきた商品リストと、公正な市場価格に基づいた取引を提案する。
支店長も、商品の質の良さと量の多さに、商人としての血が騒いだのだろう。
交渉はスムーズに進み、その日のうちに買い取り契約が締結された。
ユートたちの手元には、作戦を継続するための、まとまった資金がもたらされた。
商品を現金化した後、ユートたちは休む間もなく、今度はその資金を元に、ドループの小規模商店が必要としている商品の買い付けを開始した。
サドネット商会によって供給が止められ、価格が高騰している塩や油、薬の原料、そして織物用の良質な糸などを中心に、市場で大量に買い込んでいく。
その量は、帰りのために新たに馬車がもう一台必要になるほどだった。
買い込んだ商品を、ユートは再びインベントリへと収納した。
帰りも、荷馬車は来た時と同じように、空箱や少量の荷物で偽装する。
「これで、反撃の準備は整いましたね」
セーラの言葉に、ユートは静かに、しかし力強く頷いた。
一行は、ドループの商人たちの希望となる「武器」を、その目に見えない倉庫に満載し、再びあの支配された街へと帰路についた。
彼らの表情には、サドネット商会への明確な挑戦を前にした、緊張と高揚感が浮かんでいた。




