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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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閑話 砂上の楼閣


 ユート率いる特別調査部がその土を踏む数ヶ月前まで、ドループの街は、良くも悪くも、停滞した平穏の中にあった。


 街の先に広がる広大な砂漠が、他の地域との交流を緩やかなものにし、独自の文化と、閉鎖的だが安定した経済を育んでいた。

街の商業は、古くからの『ドループ商業組合』が緩やかに束ね、大きな波乱もなく、日々の商いが営まれていた。



 サドネット商会の支店が、そのドループの街の一角にできたのは、もう何年も前のことだ。

 それはお世辞にも大きいとは言えない、街の風景に溶け込むような小さな支店だった。

ドループの南方から稀に運ばれてくる珍しい商品を細々と扱い、地元商人との大きな競合も避ける。

彼らは、街の秩序を乱すことなく、静かにそこに存在していた。

誰もが、彼らを数ある商店の一つとしか認識していなかっただろう。



 変化の兆しは、一人の男がこの街に赴任してきたことから始まった。



 サドネット商会本店から派遣されてきた新しい支店長、ギデオン。

彼は、これまでの支店長とは違い、野心的な目をしていた。



「このドループの街は、素晴らしい可能性を秘めている。我々サドネット商会は、皆様と共に、この街をさらに発展させたいのです」


 ギデオンはまず、古くからの『ドループ商業組合』に協力を持ちかけた。


 彼が提示したのは、王都で流行しているという『虹色の染料』と名付けられた新しい染料と、独特の風味を持つ『薫り立つ香辛料フレグランス・スパイス』の共同販売計画だった。



「これを使った商品は、ドループの新たな名物となり得る商品です。まずは、組合に加盟する皆様に、特別価格で卸させていただきたい」


 その申し出は、停滞していた街の経済にとって、まさに恵みの雨のように思えた。


 商業組合はギデオンの提案を歓迎し、サドネット商会との協力関係を築く。



 色鮮やかで、これまでの染料では出せなかった美しい色合いを持つ染料と、料理の味を格段に引き上げる香辛料は、物珍しさも手伝って、あっという間にドループの街で大流行した。



 街は活気づき、どの店も新商品を求める客で賑わった。

 誰もが、サドネット商会がもたらした束の間の好景気に酔いしれていた。




 それが、巧妙に仕組まれた侵食の第一歩であることにも気づかずに。


 流行が最高潮に達した、ある日。

 サドネット商会は突如として、染料と香辛料の供給を大幅に絞り始めた。



 理由は「王都での需要急増による品不足」とされた。


「申し訳ありませんが、これ以上の量を、以前の価格で卸すことは困難になりました」



 ギデオンは、組合の役員たちに頭を下げながらも、その目は笑っていなかった。


 店頭から人気商品が消え、客からの問い合わせに悲鳴を上げたのは、ドループの商人たちだった。


「なんとか、商品を回していただけないだろうか!」

 懇願する商人たちに対し、ギデオンは新たな条件を提示する。



 サドネット商会と直接、長期の仕入れ契約を結ぶこと。

そして、まとまった量を発注すること。



「資金が足りない? ご心配なく。我々には金融部門もございます。皆様の商売の助けとなるよう、喜んでご融資させていただきますよ」

 悪魔の囁きだった。



 目先の利益に目が眩んだ商人たちは、不利な条件を呑み、高金利の融資に手を出した。


 一度その手に落ちれば、もう逃れることはできない。サドネット商会は、金の力で、街の経済の根幹を静かに、しかし確実に蝕んでいった。


 古くからの商業組合が、サドネット商会の横暴なやり口にようやく気づき、抗議の声を上げた頃には、すでに手遅れだった。


 組合に加盟する大手商会の多くが、すでにサドネット商会との契約や借金によって、逆らえない状況に陥っていたのだ。


「組合のやり方は古い。我々は、時代の流れに沿った、新しい商いの形を提案しているだけだ」


 ギデオンはそう言って、組合に加盟していた大手商会を次々と引き抜き、新たに『ドループ商業振興組合』を立ち上げた。



 その役員には、サドネット商会に忠誠を誓った者たちが名を連ねた。


 古き『ドループ商業組合』は、主要な加盟店を失い、完全に機能不全に陥った。


 街の商業は、名実ともにサドネット商会の支配下に置かれたのだ。



 そして、最後の仕上げが始まった。



 サドネット商会の方針に反対する者や、貸し付けの返済が滞った者への、容赦ない取り立てと妨害工作だ。


「おい、親父。約束の返済日だ。金、用意できてるんだろうな?」


 ある日、最後までサドネット商会への抵抗を続けていた鍛冶屋の店に、ギデオンの部下たちが現れた。


「ま、待ってくれ! 今は材料の仕入れもままならなくて……もう少しだけ……!」


「待てないな。契約は契約だ」


 男たちは、店主の懇願を鼻で笑うと、店の商品や道具を次々と差し押さえていく。


「や、やめてくれ! それだけは!」


「金が返せないなら、体で払ってもらうしかないな。サドネット商会は、人手不足の鉱山や輸送隊とも付き合いがあってね。お前さんには、そこで働いてもらうことになる。借金を返すまで、な」


 抵抗しようとした店主は力でねじ伏せられ、まるで罪人のように連行されていった。


 残された家族は、ただ泣き崩れることしかできなかった。


 そのような光景が、街のあちこちで見られるようになった。


 誰もがサドネット商会を恐れ、沈黙した。反対する者は容赦なく潰され、その未来を奪われる。



 ドループの街は、活気を失い、サドネット商会という巨大な影に支配される、息の詰まるような場所へと変貌を遂げていた。


 ユートたちがこの街を訪れたのは、そんな絶望が日常と化した、まさにその時だったのである。


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