136話
連絡用の魔道具が沈黙し、特別調査部はドループの街で完全に孤立していた。
打つ手が見つからず、メンバーたちの間に焦りが募る中、数日が過ぎたころ。
その夜、ユートは自室のベッドで、バルカス、ドラン、ユージーンと共に浅い眠りについていた。
深夜、宿屋の静寂を破るように、控えめなノックの音が部屋の扉を叩く。
コン、コン……。
その音に、四人は同時に目を覚まし、飛び起きた。
バルカスとドランは音もなくベッドから降り、腰の剣に手をかける。
ユージーンも、獣人特有の鋭い聴覚で扉の向こうの気配を探り、低い唸り声を上げた。
部屋に緊張が走る。サドネット商会の手の者か、あるいは別の刺客か。
「……どなたですか?」
ユートは、できるだけ平静を装い、声をかけた。
「……夜分に申し訳ありません。ユート様にご挨拶に伺った者です」
扉の向こうから聞こえてきたのは、落ち着いた、しかしどこか聞き覚えのある女性の声だった。
ユートは他の三人に目配せをし、ゆっくりと扉に近づく。
「……扉を開けます。皆さん、警戒を」
ユートの指示で、三人はいつでも動けるように身構える。
ユートが慎重に扉を開けると、そこに立っていたのは、簡素な旅装に身を包んだ一人の女性だった。
フードを目深にかぶっているが、その顔には見覚えがあった。
「スイ……殿?」
イナホのメンバー、スイだった。彼女は仮面を着けておらず、その素顔は窓からの月明かりに照らされ、静かな光を宿している。
「ご無沙汰しております、ユート様。アルテナからの別ルートで、数日前にこの街に到着しておりました」
スイは静かに一礼すると、ユートの背後で警戒する三人に気づき、軽く会釈した。
「合流はせず、独自に街の情報を集めておりました。我々イナホも、このドループでのサドネット商会の不審な動きを察知しておりましたので」
スイの言葉に、ユートは安堵と驚きが入り混じった表情を浮かべた。
孤立していたわけではなかったのだ。
「危険な中、ありがとうございます。助かります」
ユートはスイを部屋に招き入れ、これまでに集めたサドネット商会の手口や、商業組合の現状といった詳細な情報を彼女と共有した。
スイもまた、イナホが掴んだ情報をユートに渡す。
両者の情報が合わさり、サドネット商会の支配構造の全体像が、より鮮明に浮かび上がってきた。
「ユート様、ハーネット商会の連絡役も、近くこのドループに到着するはずです」
スイがもたらした情報は、まさに暗闇の中の一筋の光だった。
スイとの密会を終えた翌日、ユートは特別調査部の全員を自室に集めた。
テーブルの上には、昨日スイがもたらした情報と、これまでに自分たちが集めた情報が並べられている。
「皆、聞いてほしい。サドネット商会への対抗策を考えた」
ユートは、集まった仲間たちの顔を一人一人見渡し、力強く宣言した。
「武力では何も解決しない。俺たちは商人だ。商売で、彼らに対抗する」
その言葉に、皆の目に決意の色が宿る。
「具体的な計画はこうだ。サドネット商会の圧政に苦しむ小規模商店を回り、彼らが抱える不良在庫を全て買い取る」
ユートは、自身のインベントリを活用するという切り札を明かした。
「俺たちが彼らの商品を買い支えることで、サドネット商会の支配下にいる商店に、新たな選択肢を与えるんだ」
ユートの提案に、最初は戸惑っていたメンバーたちも、その意図を理解すると、次第にその顔に闘志をみなぎらせていった。
ドループの街を舞台にした、静かな、しかし熾烈な戦いが、今、始まろうとしていた。




