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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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134話


 ユートとユージーンは、カインが用意してくれた資料を元に、ドループの主要な商会や商業組合への挨拶回りを開始した。



 しかし、どの訪問先でも反応は鈍く、あからさまに避けられているような空気さえ感じられた。

こちらの丁重な挨拶にもかかわらず、商会の主人は「今は取り込み中だ」と早々に話を切り上げ、商業組合の役人に至っては、ハーネット商会の名を聞いても当たり障りのない世間話に終始し、まともな情報交換に応じようとしなかった。


 いくつかの大規模な商会を回った後、ユートはこれがただの偶然や、よそ者への警戒心だけではないと判断した。


「どうにも、普通の状態ではなさそうですね」



 ユージーンが訝しげに呟く。ユートも同感だった。

まるで街全体が、見えざる何かに口止めされているかのようだ。


「ええ。少し方針を変えましょう。次は、比較的小さな商会や、数の多い個人商店を回ってみます」



 ユートは決断し、二人は街の少し外れにある、家族経営らしき小さな織物商会を訪ねた。


「……ハーネット商会さんほどの大きなところが、わざわざこんな寂れた店に何の用かね」


 初老の店主は、最初はやはり警戒した様子だったが、ユートたちの丁寧な態度に、少しずつ心を開いてくれたようだ。



 店主は、茶を出しながら、ぽつりと独り言のように事情を話し始めた。


「数ヶ月ほど前からですよ。今まで大きな商いをしていなかった大きな商会が、その資金力と規模を背景に、このドループの市場を牛耳り始めたんです。あの商会におもねらないと、まともに仕事が回ってこない。大手の連中は、とっくに取り入っていますが、我々のような小さなところは、本当に経営が厳しくてね。最近の商業組合も、全く当てになりません」


 店主の言葉には、深い諦めと疲労の色が滲んでいた。


「その商会の名を、お聞かせいただけますか?」


 ユートが静かに尋ねると、店主は忌々しげに、その名を口にした。

「……サドネット商会、ですよ」



 その名を聞いた瞬間、ユートとユージーンの間に緊張が走った。


 イナホを壊滅寸前に追い込んだ、あの商会。彼らの勢力は、すでにこのドループで地盤を大きく固めていたのだ。



 店主に礼を言い、商会を後にした二人は、重い足取りで宿へと向かっていた。


 その道中、前方から歩いてくる、街の雰囲気には似つかわしくない、質の良い服を着た男たちの一団とすれ違った。



 男たちは、ユートとユージーンが着ているハーネット商会の制服に気づくと、足を止め、下卑た笑みを浮かべて道を塞いだ。


「ようよう、見ねえ顔だな。その紋章は、ハーネット商会か? アルテナの田舎者が、こんなところまで何の用だ?」


 リーダー格らしき男が、挑発的な口調で言った。


 その目は、ユートを値踏みするように見ている。


「お前が、最近噂のハーネット商会の新しい部長様か? ずいぶんと若いのが、お偉くなったもんだな。まあ、せいぜい、この街で迷子にでもならないよう、気をつけるんだな。はっはっは!」



 男たちの高圧的な言葉と、ユート個人を馬鹿にするような発言に、ユージーンの肩が怒りで微かに震えた。

男たちの護衛も、ユージーンの殺気に気づき、腰の剣に手をかける。

一触即発の空気が流れた。



「ユージーンさん、抑えて」

 ユートは、前に出ようとするユージーンを制し、冷静に、しかし皮肉を込めて言い返した。



「これはこれは、サドネット商会の皆様でしたか。ご忠告、痛み入ります。ですが、我々は迷子になるほど子供ではありませんので、ご心配には及びませんよ。それよりも、皆様こそ、あまり道を塞いでいると、通行の邪魔になりますので、お気をつけください」



 ユートの落ち着き払った態度と、皮肉を混ぜた返答に、男たちは一瞬顔を赤くしたが、ユートが全く動じていないこと、そして隣のユージーンから放たれるただならぬ気配に、それ以上絡むのは得策ではないと判断したようだ。


「……ちっ、行くぞ」

 リーダー格の男は吐き捨てると、部下たちを連れて去っていった。



 宿に戻ると、陽はすでに傾きかけていた。


 拠点探しに出ていたセーラたちも戻ってきており、リビングで待機組と合流していた。


「おかえりなさいませ、ユート様」

 セーラが出迎える。

しかし、表情からも拠点探しの成果は芳しくなかったようだ。


「立地の良い場所や、有力な物件は、ほとんど他の商会…おそらく、サドネット商会に先に抑えられているようです」


 カインが悔しそうに報告した。


 全員が集まった席で、ユートは昼間の挨拶回りの状況と、サドネット商会がこの街を支配している事実、そして、偶然彼らと遭遇したことを皆に伝えた。


 当初の、サドネット商会とハーネット商会の中間地域での情報収集という任務は、今や、ほぼ敵地と言っていい街での活動へと変わってしまった。


 皆の顔に、緊張の色が浮かぶ。


 ユートは、昼間の小規模商会の店主の疲弊した顔と、サドネット商会の職員たちの傲慢な態度を思い出し、静かに、しかし力強く言った。


「このまま、簡単には引き下がれません。まずは、相手のやり方を探り、対抗策を練ります」

 

その言葉には、特別調査部のリーダーとしての、揺るぎない決意が込められていた。


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