124話
ユートの申し出に対し、スイとハンはしばらく沈黙していた。
おそらく、彼らのリーダーであるハガマに、この申し出をどう伝えるべきかどうか、そしてどう返答すべきかを迷っているのだろう。
やがて、スイが小さく口を開いた。
「ユート殿。その申し出…ハガマに、必ず伝えます」
ユートは彼らの言葉を聞き、安心した。
直接ハガマが来なかったのは残念だが、部下を通してでも、伝えるべき情報は伝わる。
「受け入れてくれるかどうかは、あなた方の判断にお任せします。ただ、私としては、あなた方を迎え入れる準備を進めております」
ユートは、自身の意思と行動の誠実さを改めて伝えた。
そして、もし彼らがこの申し出を受け入れ、移動の準備が整ったら、遠慮なくサニッキを通して連絡してほしいと伝言を頼む。
「何か返事を頂けたら…あるいは、移動の準備ができましたら、サニッキ殿を通して、連絡をいただけるとありがたい」
スイとハンはユートの言葉に頷き、感謝の言葉を述べた後、静かに応接室を後にした。
彼らの姿が消えた後、部屋には再び静寂が戻った。
彼らが来るかどうか、そしていつ来てくれるかは分からない。
だが、これで連絡手段は確立された。
あとは、彼らの返事を待つだけだ。
翌朝、ユートは目を覚ますと、すぐにセーラが準備してくれた朝食を済ませ、街へと向かった。
今日の目的は、先日見つけた商会名義の物件の契約だ。ダリウス会長から資金は既に受け取っている。
老人宅を訪れると、老人が温かく迎えてくれた。
家の中へと招き入れられ、応接室で改めて契約の席につく。
ユートは、ダリウス会長から受け取った物件購入のための資金を提示し、正規の手続きで物件を購入したい旨を伝えた。
老人はユートの提示した金額を確認し、契約書類を提示してくれる。
取引は非常にスムーズに進んだ。
おそらく、老人もこの物件を有効活用してくれる相手を探していたのだろうか。
談笑しながら、契約書類にサインをする。
無事に契約が完了し、ユートは正式に、ハーネット商会名義で、街中の物件の権利書を手にした瞬間だった。
契約が終わり、ユートは老人に深々と頭を下げて感謝を伝えた。
「本当にありがとうございました。おかげで、商会として非常に良い拠点を確保することができました」
老人もユートの言葉に笑顔で応じ、強く握手を交わした。
「貴方々のお役に立てて、私も嬉しいです。良くお使いください」
老人宅を後にし、ユートは早速、契約したばかりの新しい物件へと向かった。
地図を頼りに、場所を見つける。表通りから少し入った場所にある商会名義で手に入れた場所。
扉を開けて中に入ると、予想以上に手入れが行き届いていることに驚いた。
使われていないはずなのに、室内は小綺麗に片付けられており、埃も少ない。
これは、老人が以前からを手入れをして大事にしてたのだろうか。
その心遣いに感謝する。
建物全体を見て回る。
広さも十分あり、商談スペースや応接室、事務スペースなども確保できそうだ。
ここは、レーアンが商会として活動する際にも、問題なく使える場所になるだろう。
新しい物件の契約を済ませたユートは、『ホーム』に戻り、皆に報告した。
「皆!拠点の残りの一つ、契約してきたぞ!」
皆はその知らせに歓声を上げた。拠点探しチームはもちろん、倉庫の掃除や改装準備をしているメンバーも、皆嬉しそうだ。
「「「どんな場所でしたか?」」」
ユートは皆に、商会名義で契約した物件の場所や様子を説明した。
皆も、新たな拠点が確保できたことに安心し、今後の活動への期待を膨らませている。
その後も、拠点探しチームは他の候補地の情報収集を続け、掃除チームは倉庫の片付けを進め、それぞれの任務を遂行した。
徐々に、裏通りの倉庫も、埃っぽさがなくなり、少しずつ使える場所になっていく。
そして、倉庫の掃除や、簡単な改装に必要な物の準備が進み、ようやくレーアンを迎え入れるための、最低限の環境が整ってきた頃。
昼過ぎに、ハーネット商会の受付からユートに連絡が入った。
「ユート部長。お客様がお見えです」
応接室へ行くと、そこに立っていたのは、予想通りの人物だった。
サニッキだ。
今日は、酒場のウエイターというよりは、洗練された商人のような出で立ちで、スーツのようなきちんとした服を着ている。
違和感なく、街の雰囲気に溶け込んでいる。
「ユート殿。参上いたしました」
サニッキは丁寧な言葉遣いで挨拶した。
「サニッキ殿。待っていましたよ」
ユートも応接室に招き入れた。
サニッキは椅子に腰掛け、ユートと向き合った。その表情は落ち着いている。
「彼らの…移動の準備が、できたのですね?」
ユートは尋ねた。
サニッキは頷いた。
「はい。ユート殿からの申し出について、話し合いをいたしました。ハガマも、皆も…貴方の支援を受け入れることを決めました。怪我人の容体も落ち着き、移動できる者たちから向かいたいと思います」
ユートはサニッキの言葉を聞き、心の中で安堵の息を漏らした。
困難な状況にもかかわらず、レーアンはユートの支援を受け入れることを選んでくれた。
そして、彼を信頼してくれたのだ。
「ありがとうございます、サニッキ殿。彼らの決意に感謝します。皆を、安全にお迎えしましょう」
そして、サニッキがここに来た理由を尋ねた。
「本日は、まずは…ユート殿が用意してくださった場所を、一度拝見できればと。そして、彼らが到着するまでの、今後の段取りについて、打ち合わせをさせていただければ、と思いまして」
サニッキは、レーアンの活動拠点となる場所を、ユートから提供される前に、自分の目で確認したいのだろう。それは、彼らにとっても当然のことだ。
「分かりました。場所は、すでに用意できています」
ユートはサニッキと共に、ハーネット商会の屋敷を出た。
一旦、屋敷の近くの目立たない場所で別の馬車と合流し、そこにユージーンも待機させておく。
そして、サニッキを乗せて、裏通りの倉庫へと向かった。




