122話
老人に入るように促され足を踏み入れる。
外観からは想像できないほど、手入れの行き届いた空間が広がっていた。
使われている家具は、どれも一目見て分かるほど品のいい物ばかりだ。
壁には美しい装飾品が飾られ、部屋全体から穏やかで上質な雰囲気が漂っている。
裕福な暮らしをしている人物であることは、間違いないだろう。
応接室と思われる部屋に通されと、座り心地の良いソファに腰掛け、ユートは改めて老人の体調を気遣った。
「おじいさん、体調はもう大丈夫ですか? 無理はなさってませんか?」
ユートが心配そうに尋ねた。
隣に座るエマとレナータも、老人の顔色を注意深く見ている。
老人は笑顔で答えた。
「ああ、おかげさまでな。あの時は本当に危なかったが、君たちのおかげで事なきを得た。もうすっかり元気だよ」
しばらく他愛のない話で場が和んだ後、ユートは本題に入ることにした。
「おじいさん、改めまして、今日は商会として、おじいさんの所有されている物件を一つ、購入させていただきたく、参りました」
ユートは率直に、取引を希望する意向を伝えた。
そして、少し熱意を込めて付け加えた。
「先日見せていただいた物件情報、どれもこれも素晴らしいものばかりで、選ぶのを迷うほどでした。街の事を良く知っていらっしゃる、おじいさんからなら、是非とも…この機会にお取引させていただきたい」
ユートの言葉に、老人は再び優しい笑顔を浮かべた。
「私で力になれるのであれば、いくらでも。まさか、あの物件が、貴方方のような方々の目に止まるなどとは思いもしませんでしたな。物件探しのお手伝いなら、喜んでさせていただきますよ」
老人は快く了承してくれた。
老人は奥の部屋へ立ち、すぐに戻ってきた。
手に抱えているのは、先日のような街の物件情報が載った紙束が、いくつもだ。
「さあ、これらの情報が、少しでも貴方方のお役に立てばよいのですが」
老人は、紙束をテーブルの上に並べた。
ユート、エマ、レナータの三人は、その大量の情報に目を見張った。
そして、真剣な様子で紙束に目を通し始める。それぞれの物件の外観、間取り、立地、そして価格が細かく記載されている。
「商会として使用するなら…やはり、表通りから近く、来客があった際に案内しやすい場所が良いだろうか…」
ユートは、拠点探しの際の条件を思い出しながら、エマとレナータと相談する。
「でも、あまり人通りが多すぎると、かえって目立つかもしれませんね」
エマが、総務部員らしい実務的な視点から意見を述べる。
「セキュリティや、緊急時の対応なども考慮すると…」
レナータも、護衛の観点から考えを巡らせる。
三人は互いに意見を交わしながら、一つ一つ物件を吟味していく。
膨大な情報量の中から、彼らが求める条件に合う物件を探し出す作業は、根気のいる作業だった。
そんな彼らの様子を、老人は温かい目で見守っていた。
しばらくすると、老人はゆっくりと立ち上がり、彼らに声をかけた。
「ゆっくり探して構いませんよ。私はこの部屋で少し事務仕事をしていますから。何か質問があれば、いつでも声をかけてください」
老人はそう言い残し、部屋の隅にある机へと移り、何か書類に目を通し始めた。
三人は、老人の配慮に感謝し、再び物件探しに集中した。
時間を忘れ、紙束と向き合う。
表通りの賑やかさ、裏通りの静けさ。
街の様々な場所の物件が、紙の上で彼らの前に現れては消えていく。
探すこと、しばらく。
ユート、エマ、レナータは、三人の意見が一致する一つの物件を見つけた。
それは、表通りからは少しだけ入った場所にあるが、市場の賑わいからは離れており、比較的落ち着いた雰囲気のエリアにある物件だ。
ハーネット商会の本拠地からも、徒歩で無理なく行き来できる距離にある。
広さも十分あり、商談室や応接室としても活用できる間取りになっている。
「ここ…どうだろう?」
ユートが指差した物件情報を、エマとレナータが確認する。
「場所も良いですし、建物も綺麗そうですわ」
エマが頷く。
「この辺りなら、護衛の配置も比較的容易でしょう」
レナータも同意した。
三人の意見が一致した。
求めていた「商会名義で借りる場所」として、この物件は最適だろう。
ユートは、部屋の隅で書類を読んでいた老人に声をかけた。
「おじいさん、少しよろしいでしょうか?」
老人は顔を上げ、ユートたちの元へ近づいてきた。
「何か見つかりましたかな?」
ユートは、三人が見つけた物件が載った紙を老人に手渡した。
「はい。この物件なのですが…もしよろしければ、ハーネット商会として、購入させていただきたいのですが」
老人はユートが指差した物件情報を確認し、紙面を見ながら頷いた。
「ほう、ここですな…懐かしい物件だ。ここは確か、以前は…」
老人は、その物件についていくつかの情報を補足してくれた。
その情報も、三人が選んだ理由を裏付けるものだった。
「…ここでしたら、書類も揃っておりますので、すぐにでも手続きにかかれます」
老人はユートに答えた。
老人の協力を得て、表向きの活動拠点となる物件の目処が立った。
あとは、正規の手続きを進めるだけだ。




