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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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105話


サニッキに促され、ハガマは重い口を開き始めた。


仮面の奥の表情は読み取れないが、その声には、過去の重荷と、現在の苦労がにじみ出ているように感じた。


「…ユートは、我々が情報収集を生業としているのは知っているだろう。それは間違いではない。しかし、もともとは…我々は別の街で活動していた。そして、その頃は情報だけでなく、もう少し…別の仕事も行っていた」


…ハガマは言葉を選んだ。

「…情報収集に加え、禁制品など、いわゆる非合法な物品の輸送や手配も行っていた」


その頃のレーアンは、今よりも規模が大きく、情報収集だけでなく、危険な依頼も引き受けていたのだろう。

羽振りも良く、色々な街にも顔が効く存在だった事が伺える。


「ある時…依頼を受けて、非合法な物を運ぶことになった。特殊な品物ではなかったため、最近加入した新人も含めたメンバーで、輸送を任せた」


ごく普通に引き受けた依頼だったのだろう。

だが、それが悲劇の始まりだった。


「だが…約束の場所へは、荷物も人も…届かなかった」

ハガマの声が、苦しそうに掠れた。

一緒に荷物を運んでいたメンバーが、跡形もなく失踪したのだ。


そして、さらに悪いことが続いた。

「同じようなことが、その依頼を含めて何度も起きた…違約金を払う度に、我々の資金は恐ろしい速さで減っていった。周りからの信用も地に落ちた」


度重なるメンバーの失踪と違約金の支払いにより、レーアンの経営は立ち行かなくなり、かつての勢いを失った。


「後で…ようやく情報を集め、事態が分かった」


「あの新人…彼らは、我々を裏切っていたのだ。最初から、レーアンに加入し、内情を探るのが目的だったらしい。裏切った後、彼らは我々の手の届かない遠い街に逃げた…あるいは、依頼主の組織に雇われていたのかもしれない…そして、一緒に荷物を運んでいたメンバーは…殺されていた」


裏切り、仲間たちの死、そして荷物の強奪。


ハガマの声がわずかに震えているのが分かった。レーアンは騙され、仲間の命と、組織の基盤を失ったのだ。


「詳細を調べていた事が彼らにバレてしまった。我々が情報の空白地帯だと考え、警戒を緩めていた場所で……」

そして、事態は最悪の方向へと向かった。

「詳細が露見してしまったため、口封じのために…我々は、あの裏切者とその雇い主から、執拗な襲撃を受けるようになった」


幾度とない襲撃。


身を隠しながらの逃走。


仲間たちは襲撃によって数を減らしていった。



「なんとか、アルテナの街まで逃げてきた…だが、おそらく追手は、我々が生き残っている限り、諦めてはいないはずだ…」


生きていくため、活動資金を得るために、危険を承知で細々と仕事をしているのが今の現状だ。


今回のユートからの恒久的な依頼は、彼らにとって希望の光となるはずだったが、その体力も、活動拠点も失っている今、受けたくても受けられない状況なのだ。


ユートは黙って、ハガマの話を聞いていた。


かつて羽振りの良かった情報屋が、裏切りと襲撃によって全てを失い、わずかな人数で逃げ延びてきた。

目の前の仮面の下には、彼が背負ってきた計り知れない苦労と、仲間の喪失による痛みが隠されている。



部屋の中に沈黙が流れる。



重く、そして悲しい沈黙だ。



ユートの心は、怒りと、彼らへの同情、そして何よりも、彼らを助けたいという強い思いで満たされていた。


そして、ユートは静寂を破り、決意の言葉を口にした。


「ハガマ殿。レーアンの皆さんの話、聞かせてくれてありがとうございます」


ユートは立ち上がり、まっすぐハガマを見据えた。仮面越しでも、その瞳の真摯さが伝わるように。


「…私は、ハーネット商会の部長だが…これは、商会からの支援ではないですが……」


ユートは、自身の信念に基づいた、個人的な意思であることを明確にした。


「私、ユート個人として…あなた方レーアンの、後ろ盾になりたい」


ユートの言葉に、ハガマだけでなく、サニッキも僅かに動揺したようだ。



予想外の申し出だったのだろう。


「あなたたちが置かれている現状…そして、これまで耐えてきたこと…聞かせてもらいました。それでも、生き延びるために情報も集め、懸命に耐え忍んでいる…その強さに感銘を受けました」


ユートの言葉には、何の計算もない。


ただ、純粋に彼らを助けたい、そして彼らの力が必要だという思いだけがあった。



「私が、あなたたちの力になります。できる限りの支援は惜しみません。傷ついた仲間たちの治療、物資の確保、そして、あなたがたが安全に活動できる場所…私に任せてください」



ユートの決意の言葉に、ハガマは沈黙した。


おそらく、ここまでの話を聞かされて、これほどまでの申し出を受けるとは予想していなかったのだろう。



「今の状況は、厳しいものだと思います。しかし…ここまで話を聞いて…それ以外に、私には選択肢がない」

ユートは、彼らを助ける以外の道は、自分の心にはないことを伝えた。


「今、レーアンには、怪我人も含めて、何人残っているのですか?」

ユートは、現在の正確な人数を確認した。

助けるためには人数の把握は必要だ。


ハガマは、少し迷ってから答えた。

「…今、残っているのは…十五人だ。そのうち、動けるのは…私を含めて五人。怪我をしているのは…十人いる」


十五人…裏切りと襲撃を生き延びたのは、わずか十五人だったのか。



しかも、その三分の二は怪我をしている。想像していた以上に深刻な状況だ。


   



その時、隣にいたサニッキが深いため息をついた。そして、ハガマに向かって小さく言った。

「お前もだろう…ハガマ」


サニッキはそう言いながら、おもむろにハガマの暗褐色の革鎧の隙間から、その服をめくった。


ハガマはそれを止めようとしなかった。

隠していたのか。


露わになった腹部に、痛々しい傷跡があった。紫に変色しており、完全に治りきっていない、見るからにひどい状態だ。


おそらく、最後の襲撃で負った傷だろう。ろくに手当もできず、化膿し始めているようだった。


ユートは、ハガマの傷を見て、怒りが込み上げてきた。

「な…なんだ、その傷は!なぜ隠していたんだ!」

渡した医療品も、この傷に使わなかったのか!?


ハガマは仮面越しに答えた。「…この程度、活動に大きな支障はない…」


「そんなわけがあるか!」

ユートは再び怒鳴った。

体格の良いバルカスでも、その傷ではまともに動けないだろう。


この状態で、リーダーとして皆を率いて逃げ延びてきたのか。


ユートは深呼吸をし、冷静さを取り戻そうとした。今は怒っている場合ではない。治療が必要だ。


ユートは扉の外にいるユージーンに声をかけた。

「ユージーン!悪い、調理場へ行って、度数の高い酒を一本持ってきてくれ!」


ユージーンはユートのただならぬ様子と、声を聞いて、すぐに状況を理解したのだろう。走っていく音が聞こえた。


ユートはハガマに、ソファに横になるように促した。

ハガマは少し躊躇ったが、ユートの強い視線に促され、ゆっくりとソファに体を横たえた。ユートはハガマの腹部にかすれた服をどけ、改めて傷口を確認する。やや深い傷だ。素人手当てしか受けていないのか、治癒も遅く、本当に膿が始まっている。


インベントリから、清潔な布を取り出す。

医療品は渡してしまったがこの程度の物は残っている。



膿を丁寧に拭き取っていく。

そこに、酒を持ったユージーンが戻ってきた。ユートはユージーンから酒瓶を受け取ると傷口に躊躇いなくかける。


「……っ!!!」

声を出すまいと耐えるハガマ


「ユージーン、サニッキ殿。ここからは私が一人で手当てをする。済まないが、部屋から出て、少しの間、他の誰かがここへ近づかないよう見張っていてくれるか」

ユートはユージーンとサニッキに協力を仰いだ。ここから行う治療は、誰にも見られてはならない。


サニッキは、ユートの言葉とその行動から、何か尋常ではないことが行われようとしていることを察したのだろう。

彼の鋭い視線がユートに向けられた。


ユージーンも同じだ。

しかし、ユートがそう指示するのであれば、従うしかない。


サニッキはハガマをちらりと見て、そして頷いた。ユージーンも「承知いたしました」と応じ、二人は静かに応接室を出て行った。


応接室に、ユートと横たわるハガマの二人きりになる。

部屋の外からは、二人が周囲を警戒しているのが感じられた。


ユートはハガマに向き直った。


仮面の奥から、ハガマの視線がユートに向けられているのが分かる。

戸惑い、そして、これから何が行われるのかという疑問がその視線には含まれているようだ。


ユートは静かに、そして真剣な声でハガマに語りかけた。


「ハガマ殿を信用します…なので私の事も信じてください。そして、これから私がすること…誰にも、仲間たちにも話さないでください」


ユートは、自分の決意を示すように、ハガマの傷口に手をかざした。


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