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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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91話前編

前後編にあえて分けて書きました


アルテナの街門をくぐり、特別調査部の馬車は一路、ハーネット商会の屋敷へと向かった。

慣れ親しんだ街の空気は、いつ戻っても心が安らぐ。無事の帰還に、皆の顔にも安堵の色が浮かんでいた。


屋敷に到着すると、早速荷下ろしの作業が始まった。C町から持ち帰った特産品などを馬車から降ろし、倉庫へと運び込む。ユートは荷下ろしを手伝おうと腰を上げかけたが、その前に皆に声をかけた。


「皆、お疲れ様。荷下ろしが終わったら、今日はもう解散で良いからな。明日は午前中は休暇にして、午後からまた皆で集まって打ち合わせをしよう」


旅の疲れもあるだろう。特別調査部の部長としての権限を使い、ユートは皆に早めの休息を与えることにした。バルカスやエルザたちは少し意外そうな顔をしたが、すぐに頷き、荷下ろしに集中した。


ユートは皆に指示を出した後、一足先にダリウス会長への報告に向かう。執務室をノックし、中へ入ると、ダリウス会長はデスクワークをしていた。


「会長、ただ今戻りました」


「おお、ユート。無事に戻ったか。ご苦労だったな。今回はお前たちだけで、よくぞこなしてくれた」

ダリウス会長は労いの言葉をかけてくれた。


ユートは今回の輸送任務について簡単に報告を行った。3つの町での荷物の受け渡しや、C町での怪我人の手当てのことなど、重要な点を簡潔に伝える。


「怪我人の手当て…お前は本当に人の役に立つことに長けているな」

ダリウス会長はユートの言葉を聞き、改めて感心した様子だった。もちろん、ユートが回復魔法を使ったことは内緒だ。


「カインたちは、まだ戻っていませんか?」

ユートが尋ねた。


「ああ、まだだが、無事なことは分かっている。遅くとも明日か明後日には帰還するだろう。彼らが戻もどる頃には、輸送部の人員不足も解消される。今回の任務を含め、特別調査部には大変助けられた。感謝している」


「光栄です、会長」

ユートは恐縮して答えた。


ダリウス会長への報告を終え、会長室を後にしたユートは、自分たちの『ホーム』へと向かう。執務室の前まで来ると、すぐ隣にある制作部の工房から、エレナの声が聞こえてきた。


「おーい、ユート!」


呼び止められ、工房の中を覗き込む。エレナは相変わらず散らかった部屋で作業をしていた。


「エレナさん、ご無沙汰してます」


「お前が頼んでた防音、やっておいたからな」

エレナはあっけらかんと言った。


「本当ですか!」

ユートは驚き、そして嬉しくなった。すぐに取り掛かってくれたとは、感謝しかない。


「おう。執務室の壁に、ちっちゃな魔法石をはめ込んだスイッチがあるから。そこに魔力を流せば、防音のオンオフを切り替えられるようにしておいた。使う時に魔力を流すだけで起動するはずだ」


「ありがとうございます!助かります!」ユートは改めて頭を下げて礼を言った。エレナはユートの礼に「別にいーよ」と軽く返し、再び研究に戻っていった。


急いで『ホーム』の執務室へと戻る。扉を開けて中に入る。見た目は特に変わっていない。しかし、エレナが言っていた魔法石のスイッチがあるはずだ。壁を探すと、確かに壁の隅に、豆粒ほどの大きさの魔法石が目立たないように埋め込まれているのを見つけた。


部屋には、すでに荷下ろしを終えたバルカス、エルザ、レナータ、ユージーン、そしてセーラが集まっていた。


「ただいま、みんな。荷下ろし、ご苦労様」

ユートは声をかけた。


「お疲れ様でした、ユート部長」

皆が応える。


「聞いてくれ。エレナさんが、僕たちが頼んでいた防音をもうやっておいてくれたんだ。執務室と僕の部屋が防音になっているらしい」

ユートは皆に報告し、壁の魔法石のスイッチを示した。


「早速、ですか!早いですね」

セーラが驚いた声を上げた。


「本当か?どれどれ…」

バルカスが興味津々といった顔で魔法石を覗き込む。


「試してみましょう」

エルザが提案した。


ユートは壁の魔法石にそっと手をかざし、魔力を流し込む。パッと、魔法石が微かに光ったように見えた。何も変わらないように見えるが…。


「音が聞こえなくなってる…!」

ユージーンが声を上げた。皆も周囲の音に耳を澄ませていたが、確かに、外の廊下から聞こえてくるはずの人の話し声や物音が、ほとんど聞こえなくなっている。


「おお、すごい…ほとんど何も聞こえない」

バルカスが感心したように言った。


「エレナさんの技術はさすがですね。これなら、何か秘密の会話をしていても安心です」

レナータが冷静に評価した。


「防音だけですが、これでより皆にとって安全で落ち着ける場所になりましたね」

セーラも嬉しそうに微笑んだ。


自分たちの空間が、自分たちの手でより快適に、安全になっていく。この部屋が屋敷が自分たちの「ホーム」なのだという意識が、皆の中に強まっていくのを感じた。


その日は、疲労回復のため皆早めに解散し、各自の部屋でゆっくりと休んだ。ユートも自分の私室に戻り、ベッドに横になった。防音された部屋の静寂が心地よい。


夜が更け、皆が寝静まった頃。ユートは明日の報告書作成のため、少しだけ仕事を片付けようと、隣の執務室に移り、机に向かっていた。静かな部屋に、ペンが紙を擦る音だけが響く。


集中して作業を進めていると、ノックの音がした。こんな時間に誰だろうか、とユートは訝しんだ。皆はもう寝ているはずだ。魔法石のスイッチを切って扉を開ける。


扉の前に立っていたのは、セーラだった。パジャマのような寝間着姿で、手には温かい湯気が立ち上るカップを持っている。


「セーラ?どうしたんだ、こんな時間に」

ユートは驚いた。


「ユート様…まだ、お仕事をされているのかと思いまして…ホットミルクを持ってきました。夜更かしは良くありませんよ」

セーラは少し心配そうな顔で言った。


「ありがとう。君も寝てなくて大丈夫なのか?」


「はい、目が覚めてしまって…よろしければ、ご一緒しても?」

セーラは遠慮がちに尋ねた。


ユートは快く頷き、セーラを部屋に入れた。セーラはユートの机の傍らに立ち、カップを渡してくれた。温かいホットミルクは、夜間の作業で冷えた体を温めてくれる。


「ありがとう、助かるよ」

ユートはホットミルクを一口飲む。優しく甘い味が広がった。


セーラはユートの作業を邪魔しないように、静かに隣に立っている。ユートは報告書の残りを仕上げながら、他愛のない会話をセーラと交わした。

先日の街歩きの話、新しい洋服が届くのが楽しみな話、明後日からの任務の話。静かな夜の執務室で、二人の間に流れる穏やかな時間。


ユートが報告書の最後の行を書き終え、ペンを置いた。これで全ての作業が終わった。ユートは大きく息をつき、背伸びをした。


「終わった…!」


「お疲れ様でした、ユート様」

セーラが労ってくれる。


時間は、かなり遅くなっていた。セーラもさすがに眠そうな顔をしている。


「そろそろ戻って寝ないとね。ありがとう、セーラ」

ユートはセーラに礼を言い、彼女が部屋を出ていくのを待とうとした。


しかし、ユートは部屋を出ようとするセーラの後ろ姿に、ふと声をかけた。


「セーラ…まだ、もう少しだけ一緒にいないか?」


セーラは足を止め、ユートの方へ振り向いた。

夜更けの部屋で、静かにユートの言葉を聞いている。ユートは、先日の街歩きでのセーラとの時間、そして夕食後の帰り道で感じたこと、そして、セーラとのキスを思い出していた。

もっと彼女と一緒にいたい。ただそれだけだった。


セーラは何も言わず、じっとユートを見つめた。その瞳には、迷いや躊躇いも見て取れたが、同時に、ユートの気持ちに応えたいという想いも宿っているように感じた。


そして、セーラはゆっくりと、静かに頷いた。


ユートの言葉を受け入れた。

ユートは、セーラが頷いたのを見て、心の中で安堵と喜びが込み上げてくるのを感じた。


「…行こうか」


ユートはセーラの傍らに立ち、彼女の肩に手を回した。セーラもユートに体を少し寄せながら、一緒に執務室から、隣にあるユートの私室へと向かった。

防音された部屋の扉が静かに閉まり、二人の時間は、そのまま夜へと溶けていった。

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