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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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89話

馬車は輸送部棟の前に準備されていた。輸送部員たちが忙しなく荷物を積み込んでいる。バルカスも積極的に手伝っており、黙々と重い箱を馬車の中へと運んでいく。彼の力強さには感心させられた。


ユートは輸送部棟の中へ入り、ゴードン輸送部長と打ち合わせを行った。荷物の内容や、各町での受け渡しについて詳細な説明を受ける。アルテナからA町へは、様々な種類の香辛料を運ぶらしい。軽量ながらも高価な品物だ。


「こちらが荷物のリストと、各町の担当者の情報だ。受け渡しの際には、確認を怠らないように」

ゴードン部長はユートに書類を手渡した。


「分かりました、ゴードン部長。確実にお届けしてまいります」

ユートはしっかりと頷いた。


「うむ、頼んだぞ、ユート部長。カインたちが戻るまでの間だが、助かるよ」

ゴードン部長はユートの肩をポンと叩いた。


輸送部での積み込み作業と打ち合わせを終え、ユートたちはアルテナを出発する準備を整えた。ゴードン部長をはじめとする輸送部員たちが、見送りのために集まっている。


「それでは、行ってまいります」

ユートが軽く出発の挨拶をすると、一行は馬車に乗り込み、アルテナの街門へと向かった。見送りの輸送部員たちの顔には、安堵の色が浮かんでおり、彼らはユート達なら大丈夫だと信じて送り出してくれた。


アルテナを出発し、目的地のA町に向けて進む。道中は整備された街道で、特に大きな危険は予測されていない。行きのポートベストルへの旅とは違い、皆の顔に張り詰めた緊張感はない。今回の任務は比較的穏やかなものだ。


ユートは馬車の御者をセーラに習いながら、少しずつ慣れていく。セーラはユートに丁寧に馬車の操作方法を教えてくれる。彼女自身もいつの間にか長旅に慣れているようだ。


「こうして、手綱を…少しだけ引いて…はい、上手ですわ、ユート様」

セーラが優しく指導してくれるおかげで、ユートはすぐに基本的な操作を覚えた。


馬車が順調に進んでいく途中、馬車の後方でに歩いていたレナータがユートたちに声をかけてきた。


「ユート部長。今回運んでいる香辛料は、どのような品物なのですか?」

彼女は物資について確認したいことがあったのだろう。


「アルテナからA町へは、いくつか種類の違う香辛料だよ。ゴルドバ産とか、かなり希少なものも含まれているらしい」

ユートは打ち合わせで得た情報を伝えた。高価なものを含むとなると、盗難のリスクなども考慮する必要がある。


「ゴルドバ産の香辛料ですか…それは、かなり価値が高いですね」

レナータが静かに頷いた。やはり彼女は物資の価値や、それによって発生しうる危険について常に考えている。


昼過ぎには街道沿いの休憩所で昼食を済ませ、再びA町へ向かう。午後の陽光の中、のどかな景色が続いていく。ユートは、セーラと交代しながら馬車を走らせる。運転にも少し慣れてきて、景色を楽しむ余裕も出てきた。


夕方には、目的地のA町の外壁が見えてきた。それほど大きな町ではないが、街道沿いの交通の要衝らしく、活気がある。町の門をくぐり、ハーネット商会の支店を目指す。


支店に到着すると、支店の職員が出迎えてくれた。ユートは輸送任務で来たことを伝え、荷物の受け渡しを行う。


「こちらがアルテナ本店からの荷物です。リストと照合をお願いします」

ユートは書類と荷物を職員に引き渡した。


支店の職員たちが馬車から荷物を降ろし始める。調査部のメンバーも手伝う。バルカスは相変わらず力仕事が得意だ。エルザとレナータ、ユージーンも積極的に荷降ろしを行う。こうして、荷役作業を手伝うのも輸送任務では当たり前だ。


全ての荷降ろしが完了した後、今度はA町から別の町へ運ぶことになる新たな荷物を積み込む。B町への荷物は、鉄製品らしい。武具や農具、建築資材など、重くてかさばるものだ。


積み込み作業も協力して行い、夕食前にようやく全ての作業を終えた。A町支店から宿を紹介してもらい、今夜はそこで一泊することになった。


早めに宿で夕食を済ませる。簡単な食事だったが、旅の疲れもあり皆は美味しく食べた。


食後、明日の出発について皆に伝えた。

「皆、明日は朝一番でここを出発する。準備は整ってるから、早めに休んでくれ」


皆は頷き、それぞれの部屋へ向かおうとした。その際、ユートはセーラとレナータに、皆に聞こえないようにそっと声をかけた。


「セーラ、レナータ。今夜はできれば…馬車の荷物の見張りは僕に任せて、二人でゆっくり休んでくれ」


セーラが少し不思議そうな顔をした。レナータはユートの言葉に僅かに目を見開く。彼女のいつもと違う様子に、ユートは気づいていたのだ。昼間から、レナータは少し顔色が悪く、普段通りの鋭さに欠けているように見えた。風邪気味なのか、それとも疲れからくるものなのか。護衛としても優秀な彼女に無理をさせるわけにはいかない。


「何か、レナータの調子でも悪いのか…?」

ユートはセーラに、そしてレナータ本人に目で問いかけた。


レナータは一瞬言葉に詰まったが、観念したように小さく頷いた。

「…少し、疲労が蓄積しているのかもしれません。ユート部長はよく見ておられますね」


「無理は良くない。明日の任務もあるから、今夜はゆっくり休んでくれ」

ユートは改めて言い含めた。セーラもユートの意図を理解し、レナータの方を心配そうに見つめた。


さらに、ユートはバルカスの傍らに行き、やはり皆に聞こえないように小声で伝えた。

「バルカスさん。レナータの調子が、あまり良くなさそうなんだ。明日の道中、もし何かあったら、レナータの分までカバーできるよう、少し気にかけておいてくれるか?」


バルカスはユートの言葉を聞き、心配そうにレナータを見た。そして、真剣な顔で静かに頷いた。

「承知いたしました。ユート部長。私が責任を持ってカバーさせていただきます」


夜間の荷物の見張りは、通常であれば護衛メンバーが交代で行うところだが、ユートは皆に任せるのではなく、自分がやると決めた。A町とはいえ、価値のある香辛料を積み替えたばかりだ。万が一にも問題があってはならない。そして何より、皆には明日に備えて休んでほしい。


「よし。じゃあ、荷物の見張りは俺がやるから、皆は気にせず休んでくれ」

ユートが皆に伝えると、最初は「ユート部長に任せるわけには」「私も残ります」などとバルカスやエルザが言ったが、ユートが「これは部長命令だ」と少し強めに言うと、皆は従わざるを得なかった。


結局、ユートは一人で夜間の見張りを担当することになった。宿の窓から馬車が停めてある場所が見える部屋を確保し、そこで入れ替えたばかりの荷物を眺めながら夜が過ぎていく。香辛料と鉄製品…明日のB町への輸送も、無事に終えられるように。静かな夜の中、ユートは皆の無事を祈りながら、次の行程に思いを馳せていた。


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