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10-6 ネコヒトはネバーランドから子供をさらう

 翌朝、わたしたちはしっかりと朝食を摂った後に蒼化病の里を出ました。

 リセリを含めて31名の子供たちは、誰もが不安と期待を表情に入り混じらせて、籠や里に元からあった布袋を背負う。


 中にはガラス玉や布人形、手作りの木剣など、それぞれの捨てられない宝物や、運搬に困らない重さの生活用品、食べ残した小麦が詰まっています。

 大人として、お爺ちゃんとして少しばかし心苦しいですが荷物の運搬は子供たちに任せました。

 戦闘員は手ぶらを守るようお願いして、少しでも護衛能力を高めることにしたのです。


 左翼を牛魔族ホーリックス、右翼を元騎士バーニィ。先頭をうちの娘パティア、中央を面倒見の良いクークルス、最後尾をワイルドオークのジョグ、それとリセリの感知能力を頼って丸投げにしております。


 それからネコヒトは行きと同じく斥候として、先行しては脅威を排除して後続を待つお仕事を受け持ちました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 再び後続のパティアと合流しました。

 すみませんが採集にかまけていられる余裕はありません。


「きいてくれ、ねこたん! パティアはいま、やるき、いっぱいだ! こんどこそー、かつやくしてみせるぞー! というかみんなずるいぞー、わるいひときたの、おしえてくれてもよかったのにぃー!!」


 まだ言っていました。よっぽど仲間外れが気に入らなかったようです。

 入れるわけにはいかなかったと伝えたところで、理解してはくれないでしょう。


「子供は寝ている時間です。昼間にまた来たらお願いしますね」

「むぅぅぅ……ぜったい、だぞー!? パティアはつよいんだからーっ、たよってよーっ、ねこたん!」


「あなたもしつこいですね……、何度同じことを言われるのですか……」

「ねこたんが、りかいするまでだー! わかってよっ、もー!」


 鳥魔族ムクドをメギドフレイムで焼き払った時のことはさておき、やはりこんな年齢で人殺しをさせたらパティアの性質が世界の破滅の方向に傾く。

 降りかかる火の粉はどうしようもないとしても、可能な限りモンスターだけを相手にさせたいところです。


「どうにかおやつを工面しますから、今は勘弁して下さい」

「お、おやつでつるとかー、そういうのーっ、い、いけないんだぞーっ! おやつ……おやつ、ジュルリ……」


 食べ物の少ない蒼化病の里からいくらか離れた。少し意識して探せば木の実が見つかるはずです。

 さあまた斥候に出ましょうか。


「エレクトラムさんって超強いんだなー! 向こうについたら俺にも稽古つけてくれよ! パティアだけずるいぞ!」

「はいはい、カールみたいなちんちくりんが、エレクトラムさんみたいになれるわけないじゃん」


「うるせーっ、ジアが女のくせにでけーんだよっ!」

「うっ……チビに言われても悔しくないもん!」


 実はジアという女の子と、カールという男の子に懐かれました。

 昨晩少しばかし、わたしたちはやり過ぎたようです。

 あの一件で、わたしもバーニィも、特にリックの株が跳ね上がっておりました。


 べらぼうに強い大人が、これからは自分たちを無償で守ってくれるというのだから、彼らの立場からすれば見る目も一変するでしょうとも。

 それと横道にそれますが、だからこそ株を上げ損なったパティアが不満を積もらせている。

 娘なりに良い格好がしたかったのかもしれません。


「小柄には小柄なりの戦いようがあります。もちろん体格も大事なので、たくさん食べて大きくなって下さいね。では……」

「ほれみろジア! エレクトラムさんだってこう言ってるじゃん!」

「うるさいっ、あたしは弱いのに調子に乗るなって言ってるのっ!」


 軽くフォローして斥候としての先行を再開しました。

 実のところ懸念材料が噴出しておりました。モンスターの数が行きよりはるかに多い。

 食人鬼(グール)がよく目に付き、普段遭遇しないようなレアなエレメンタルもちらほら見つかる。


 実際こうして忍び足で先へ先へ進んでゆくと、森を徘徊する食人鬼が正面方向に5体発見できました。

 おまけにウルフの遠吠えも断続的に森に響きわたり、しかし襲っては来ない。どうもおかしいです。


「わたしたちの行進にぶつかるなんて、運がありませんでしたね」


 索敵能力の低いその食人鬼の心臓を、死角から貫いて始末する。

 さらに前へと進むと、見晴らしの良さそうなナラの大樹を見つけたのでそれに登りました。


「ふぅ……なかなかもって厄介な仕事です。これだけの子供を連れて森を抜けるなんて、狙って下さいと言ってるようなものですよ……」


 樹海のはるか向こう側にギガスライン要塞が見える。

 朝の陽射しが要塞と樹海に陰影を生み出し、人類が作り出した巨大建造物に深い影で包んでいる。


 わたしが謎の魔族としてシスター・クークルスを誘拐してやりましたので、あのギガスラインの警備状態が見直されたと見るべきでしょう。

 要塞は一見平穏に見える。ヤドリギ・ウーズの群れは近辺のギガスラインには到達していないのかもしれません。


 西の魔界側にもこれといった変化は見られない。

 紫の暗雲と、その下に広がる光に恵まれない世界、チカチカと輝くときおりの雷光、それにエメラルドローズの鮮やかな茨の森が見えるだけ。


「ふみゃっ?!」


 ところがいきなり爆発音と共に森が揺れた。

 方角は後方、まさかパティアがあの多属性ボルトをぶっ放したのでしょうか。

 土煙が舞い上がって茶色い霧になっておりました。


「フフ……頼もしいものです」


 ナラの大樹を降りて、ネコヒトは本隊との合流を目指しました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「おお、ねこたんはやかったなー」

「ええまあ、ビックリして危うく木から落ちそうになりましたので」


 わかってましたけどやはり犯人はパティアでした。


「ねえねえ、これなまえ、なんだー? でっかかったからー、あたってくだけろーっ、でいきました!」


 片翼を守っているはずのリックまでこちらに駆けて来ました。

 持ち場があるでしょうに、とんでもない爆発に前が心配になったようです。


「ええ、これは灰色グリズリーですね」


 巨体のグリズリーが焦げたり凍ったり前足の片方が欠損して血を流したりと、ボロボロの酷い有様で死んでいます。


 よく見れば眼球の片方が潰れていました。このグリズリーにとって、パティアは死神だったようです。

 奇しくもそいつはわたしがこの前クークルスと薬草探しに向かったときに、邪魔なので追い払った個体でした。


「ぐりずり……? ずりーくまか? パティアな、クマはきらいだ! あいつらはー、いじきたない!」

「グリズリーを、1撃で倒したのか……? 信じられない……。これでまだ8歳だなんて……」


 リックが驚愕するのも当然です。

 パティアは攻撃力に限ればわたしたちを既に凌駕している。

 リックの手にもし重槍が戻っても、この事実はもう揺るがないでしょう。


「パティア、お前すっげーーーーなっ?! こんなでかいクマ一発とか、マジ勇者じゃん、選ばれし者ってやつかーっ!?」

「ほぇ……ゆーしゃ……?」

「カールっ、女の子相手に勇者はないでしょ! ちょっとこっち来なさいよっ!」


「な、なにすんだよぉデカ女っ!?」

「アンタがチビなだけ!」


 仲がよろしいことで、またもやカール少年がジア少女に森の奥へと引っ張られていきました。

 ジアの方が背も体格も良いので、彼女には威勢以外で逆らいようがないようです。

 それより行軍が止まってしまっています、再開させて先を急がなければ――


 いえ、わたしはカールたちの向かった西に走っていた。

 正面方向の索敵は出来ても側面は手薄だった。

 ネコヒトの聴覚に、聞き覚えのある不揃いな足音が鳴り響いていたのです。


「敵です、パティアはそこから援護射撃を! リックはわたしと一緒に排除を! カールッジアッ引き返して下さい!」


 恐れていたことが起こった。この足音はやつらです。

 わたしたちはヤドリギウーズの群れに遭遇してしまいました。


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