6-6 蒼化患者要隔離病棟 死とやすらぎの里(挿絵あり
ギガスラインを越えるには夜を待つ必要があります。
いくらザル警備とはいえ軍施設、人類の絶対防衛線。さすがに白日の下で抜けられるようなものではなかったのですよ。
「あの子らによろしくね、アンタと荷物の無事を祈ってるからね」
「お任せを。ですが一言余計ではないですかね」
「はっ、物資も家族の手紙も、アンタの命と同じくらい大切なものだよ、いいかい、無くしたらこのあたいが承知しないからね!」
「フフ、人情深いことで。はい、必ずあちらの病棟に届けてみせましょう。それでは……」
夕方前までわたしはタルトのベッドを借りました。
それから威勢良くこの調子で起こされまして、彼女の荒くれた仲間と共に馬車で南へと出発しました。
到着した頃にはもう日没後です。あとは目前の巨城ギガスラインを越えて、西にひた進めば目的地の隔離病棟というところでわたしは下ろされていたわけです。
「あたいはアンタを信じてるからね、しっかりやりなよ! それとリセリって女の子がまだいたら、ま……よろしく言っといてくんな……」
返事代わりに後ろを振り返り、静かにうなずいておきました。
嬉しいことにタダ働きではありません。支援物資を送るにあたって、皮製のなんとも大きなリュックサックをいただくことになりました。
積載そのものには問題無しです。ただしアンチグラビティのブースト利用と常時発動により、今日までため込んだ魔力を一気に使い込むことになるでしょう。
わたしは社会の闇組織というギャラリーの方々を背に、ギガスラインの絶壁に手をかけ、悠々とそれを登っていきました。
●◎(ΦωΦ)◎●
その先も壁と同じくこれといった大きな障害は現れなかった。
どこまでも続く魔界側の暗い森、それが進んでも進んでも果てしなく続いていった。
モンスターどもの気配はあったが、襲ってくるのは極めて知能の低い虫系やスライムばかりで、強さを過信したベア系や、荷物狙いのゴブリンがちらほら現れる程度の平凡な魔界の森です。
それをわたしは返り討ちにして進んだ。
こんな場所に病人を隔離するだなんて、つくづく人間は残酷な心をあわせ持った生き物です。
真東に浮かんでいた月が15度ほど昇った頃、わたしはいよいよ蒼化病の隔離病棟――らしきものを見つけ出していました。
「これはまた……何ともまあ、フフフ」
その隔離病棟は高台となった森の中に隠されていた。
病棟というくらいだから立派な建物だと思い込んでいたのですが、実物は驚くほど貧相でした。
有針鉄線の仕込まれた高い木柵が敷地を囲んでいるだけで、まともな防衛設備らしきものがない。
それどころか内部の建物も、木造のボロ屋と小さな畑が無秩序に並ぶだけで、驚くほどに貧しく荒んで見えた。
「これが病棟……? ただ患者を、外の世界に棄てただけではないですか……」
里の入り口に傷ついた門があった。
巨体の魔族が体当たりしたら吹き飛んでしまいそうなほどに、それも酷く老朽化している。
やすらぎの里、それがこの棄てられた病棟の名前らしかった。
「あっ……あれ、誰……?!」
「誰か来た! みんな、気をつけて、知らない人だ!」
門を飛び越えて中に入ると、蒼い肌の患者たちがわたしを遠巻きに警戒した。
聖堂のフードローブのはずなのですが、それだけここは、外の人間すら信用できない世界なのでしょうか。
「ふむ……大人の方はいませんか?」
「…………」
もう1つ妙なことがありました。その事実がわたしの背筋を冷たくさせていました。
この隔離病棟は、異様に年齢層が低かった……。子供ばかりでいくら探しても大人が見つからなかったのです。
蒼化病は肌の色を変えてしまうだけで、けして死に至る病ではない。なのに子供しかいない……不吉です。
「ならば、代表の方をここに呼んできて下さい。どうかご安心を、わたしは敵ではありません。ボランティアの――ただのネコです」
荷物を土くれの地面に下ろしてアンチグラビティの術を解いた。
そこでやっと理解しました。こんな大荷物をこの体格で運んで来ては、危険な怪物だと思われても仕方がないと。
「ああ重かった、こんな重労働は久々です、腰が曲がるかと思いましたよ」
リュックを背もたれにしてわたしは待ちました。
ここの代表者が現れるまでゆっくりと、白い月明かりの下で蒼い肌の子供たちに囲まれながら、ただ疲れを癒すことだけに専念しました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「こんにちは、私が一応、代表のリセリです。すみません、ここのみんなは、外の人が怖いの……」
この隔離――いや、里の代表リセリが現れました。タルトが言っていた子でしょう。
蒼い肌に長く黒い髪、大人と子供の性質が入り交じったまだ若い女でした。
「初めましてお嬢さん、わたしの名はエレクトラム・ベル、骨董屋タルトの強引な依頼で、支援物資と手紙を運んできました」
リュックの紐を解いてみせる。
すると遠巻きにこちらを見ていた子供らが、意を決して次々と飛び出してきた。
「手紙……」
「食べ物も……!?」
「私にも手紙、ある……?」
それが皆わたしに手を伸ばして、食べ物と手紙を要求する。
中にはわたしのキャッツアイに気づいて後ずさる子もいたようですがね。
「落ち着いてみんな、エレクトラムさんを困らせてはダメ。食べ物も平等に、みんなで分け合おう……?」
「まあ手紙くらい先でもいいのではないですか。えーと、キース、リリア、アン」
わたしはリュックから手紙の束を取り出して、受取人の名を上げる。
蒼い肌の病人たちは嬉しそうに手を上げて、それは自分のものだとわたしの手から受け取っていった。
家族からの手紙はやがて無くなり、あとは親に見捨てられた子だけが残っていました。
「申し訳ありません、今回はこれだけのようです。……ですけど見て下さい、手紙の下にはこんなにぎっしり、食べ物が入っていますよ」
気を落とす子もいれば、たくさんの食料支援に瞳を輝かす子もいました。
ほぼ大半が干し肉などの乾物です。軽いものを詰め込めるだけ詰め込んで、タルトらはそれをわたしに持たせたのです。
「エレクトラムさん、こんなにたくさんありがとう。手紙、貰えなかった子はかわいそうだけど、本人も慣れてるから……」
「いえいえただの頼まれ仕事ですので」
「よろしかったら私たちの家に来て下さい。何も無いけど、せめてお茶だけでもどうか」
「おやそれは嬉しい、ちょうど疲れていたところでしてね」
リュックは里の子ら4人がかりで背負われて、倉庫とやらに運ばれていった。
明日の朝食は肉が食べられると、彼らはとても嬉しそうでした。
それを見送り、里の奥のリセリの家にわたしは通されました。
狭い建物の中にベッドが8つ、わずかばかりのスペースにテーブルとイスが置かれていました。
「ハーブティー、嫌いな人もいるけど、これしかないんです。すみません」
「いえいえその歓迎のお気持ちが何よりものねぎらいですよ、ありがとうございます。ふむ……独特だが悪くありません」
何のハーブかはわからないですが、常温のその茶には清涼感がありました。
嫌いな人がいるのもわかる、後味にえぐみがある。
「本当……良かった。ありがとう、エレクトラムさん、これで少しの間だけ、ひもじい思いをしないで済みそう……」
「すみません質問です。若い方しかいないように見えるのですが、大人はどこに行ったのですか?」
リセリが静かに首を横に振った。
さっきからどうも気になっていたことがある、彼女はわたしに顔を合わせようとしない。
「年長組から外に食べ物を探しに出かけるの。戻ってこない人が出ると、次に歳の大きい子がそれに加わるのよ、外は、怖い世界なんです……」
「なるほど、わたしは悪い質問をしてしまったようですね」
一度も大きく開かれなかったその目が、ようやく見開かれた。
眼球が白く濁っている。わたしが試しにフードを下ろしても、リセリの顔色には何の変化もありませんでした。
「私は、この目だから、外には行けない……。それでもみんなの身の回りのお世話くらいなら、出来る。不思議なことなんだけど、人間慣れると、どこに何があって、誰が住んでるかくらい、わかるみたい」
蒼化病は伝染する病ではありません。
なのになぜ人間はこんな、下らないことをしているのでしょうか……。
「伝染ると思っているから……違う見た目が怖いからです……。ごめんなさい、目が見えない分、人の心が何となくわかるの」
「ふふふ、それはなかなか便利かもしれませんね。人に自慢出来る特能ですよ」
これではうかうか腹黒いことを考えられません。
「でも、やさしい人もいる。私たちを支援してくれる方々、それに……それと、ジョグさん……」
「はて、最後のそれはどんな方なのですか?」
わたしは無意識に笑っていたようでした。
この盲目の若い里長が、最後に興奮気味に笑って声を明るく元気にしたのです。それはどう見ても――
「最高にカッコイイ、イケメンです! ときどきここに現れて、食べ物を置いていってくれたりっ、悪いやつらを倒してくれる人なんですっ!」
頬を桃色に染めて語るその姿は、若々しい恋心を具現化させていました。
「なんと……ギガスラインのこちら側で暮らしている、病気ではない人間が、いるのですか?」
「ううん、違う。ジョグさんは、イケメンの、魔族です!」
そこにいた少女は里の代表者でもあったが、1人の思春期の乙女でもあった。
白い肌と、視力を失った乙女が魔族の男に恋を抱く。救われない話にも聞こえました。
それからリセリは夢中で、ジョグという謎の男の武勇伝をわたしに長々と聞かせてくれるのでした。
たびたびの誤字報告ありがとうございます。
長く続けてまいりますのでこれからも報告、応援よろしくお願いいたします。




