42-5 しろぴよと文字盤
おみやげを山ほど抱えて骨董屋に戻ると、タルトから思わぬ要求をされることになりました。
やっぱり行くのが怖くなったのかと思いきや、それは非常につまらない話でした。
もちろんヘザーが付いてくると言い出したわけでもありません。
彼女は明るいので、やはり理想的な移民者ではありましたが、これから仕入れ役の一端として、がんばっていただかなければなりません。
「タルト、その言葉の意味をわかっているのですか?」
「ああ、無理を承知で言っているつもりさ。アンタに会わせたい人がいるから、出発は明日にしてくれって言ってるのさ」
「わかりました。今はあなたの機嫌を損ねたくありません、応じましょう」
パティアのために少しでも早く帰りたかったのですが、理由を聞かずにわたしはタルトのベッドを再占領しました。
寝溜めのチャンスです。わたしはタルトの用件とやらを待ちました。
●◎(ΦωΦ)◎●
目覚めると世界は朝で、ベッドの隣に見知らぬ客人たちが立っていました。
貴人の格好をした男と、小姓、それに身なりのいい騎士がいます。
いえ、小姓の方はどこかで見覚えがありました。
「ごぶさたしております、エレクトラム様。その節は姫様がお世話になりました」
「おや、あなたは……」
「そしてこちらが西パナギウムの国王、アロンソ様です」
その小姓はハルシオン姫の侍女でした。
ですが今は男の格好をしています。新国王とやらよりも、小姓の方がずっと気になりました。
「出発を遅らせた理由はコレですか。それで国王陛下、わたしになんのご用ですか?」
あの麗しいハルシオン姫と同じ血を引いているとはとても思えないほどに、アロンソ王は実に平凡でした。
これといった覇気があるようにも見えず、そのへんの穏やかなおじさんに、王の扮装をさせたかのようです。
「エレクトラム殿にご挨拶とお礼を。あなたがサラサール討ってくれなかったら、人類は滅ぼされていたかもしれません」
そう言って、新王は何を考えたのか酒瓶をテーブルに置きました。
「うちの畑で仕込んだワインです。度数が強いので、水で割って飲んで下さい」
「……なんと。これはあなたが作ったのですか? フッ、フフフッ……どんな気取った方かと思えば、これは気が利きますね。はい、ありがたくいただきましょう、里の飲兵衛どもが喜びますよ」
「俺――じゃなくて、私は庶子でして、サラサールから見てハトコにあたります。またこちらに来たときには、ぜひあなたとお会いしたく思っています」
酒は他にも沢山あるようです。
別に酒が好きというわけではありませんが、こういった感謝のされ方は悪い気がしません。
「それとハルシオン姫様には、こうお伝え下さい。パナギウムは俺に任せて下さい、田舎者なりにやれるだけやってみます。と」
「いいでしょう。元ワイン農家の国王と友人になれる機会など、この先二度となさそうですしね」
素朴でまともそうな男に見えます。
そうなると補佐する者次第となりますが、まあそこはわたしの知ったことではないでしょう。
「延期して良かっただろ。あんなおじさんだけど、意外とやるんだよ。下の苦労を知っていて、旧市街の再開発と住民の再雇用にも力を入れてくれてるんだよ」
「恐縮です……」
タルトを前にすると、その国王はやはり普通のおじさんにしか見えませんでした。
サラサールという存在が王族の権威を崩壊させた今となっては、気取った性格のハルシオンではなく、こんなただのおじさんが王であるべきなのかもしれませんね。
●◎(ΦωΦ)◎●
その頃、パティアは――
・ウサギさん
「ちょいちょい、こっち来な、パティ公」
「おー? どうしたー、バニーたん? ねこたんおそくて、さびしいかー?」
「そりゃお前さんだろが」
「うん……さびしい……。はやく、かえって、こないかな……」
材木を使うとどうやっても木片ができる。
積み木にしたり、あの強力なニカワでくっつけて再加工したりもするが、やはり余る物は余る。
うちの里にはメギドフレイムの炎があるからな、あまり燃料は必要とされない。そこでだ。
「あのデブ鳥はいるか?」
「しろぴよかー? パティアがよべば、すぐくるぞー」
「そうかい、そりゃどうなってんだろな。そんじゃコレ見ろ」
俺は思い付きで文字盤を作った。
小さな板の表面に文字を掘って、見分けやすいように着色したものだ。
「なにこれー? じ、かいてあるなー?」
「使い方はすぐにわかる。うし、しろぴよを呼べ」
「わかったー! しろぴよーっ、きてー! バニーたんが、よんでるよー!」
本当に声一つで飛んでくるんだから困るぜ……。
デブ鳥は俺の作った文字盤に早速興味を覚えて、文字の一つ一つに跳ねながら顔を寄せていた。
「これは思いつきなんだがよ、あの大山猫といい、しろぴよといい、うちの里には獣にしちゃ賢いやつが多い。そこでだ!」
「うん、イリスちゃんなー、たぶんなー、パティアより、あたまいい……」
「お、おう……どんだけ自己評価低いんだよ、お前さん……。いや、それよりしろぴよよ、よーく見てろよ?」
「ピュィ……?」
文字の彫られた板の上に、俺は順番に番号付きの小石を置いてゆく。
「これで、ねこたん、だ」
「おお……ね、こ、た、ん……。それでー?」
パティ公は不思議そうにそれを見ていた。
「今、普通に喋ればいい、って思っただろ?」
「うん! おもった!」
「けどよぉ、喋れねぇやつもいるよなぁ? 例えばそいつとかよ?」
「ぉぉー? …………お、おおっ、これあれば、しろぴよと、はなせる!? しろぴよ、やってみよーっ!」
お子様は一度、文字盤から石をどかしてしろぴよに見せた。
こいつの知能ならいける気がするが、しょせんは鳥でもある。どうなるんだろうな……。
「ピヨヨッピヨヨヨッッ♪♪」
なんかいつも以上にご機嫌だ。
しろぴよは嬉しそうに鳴き声を上げて跳ね回り、それから番号の振られた石を足で掴むと、1番から順番に並べてゆく。
「すげぇ、コイツ理解してやがるぞ……」
「なにいってるのー? しろぴよ、パティアより、あたまいいんだぞー? しらなかったのー?」
「いや鳥以下って謙虚過ぎだろっ!?」
「あ、できたみたいだぞー! えーと……べ……り……た……べ…………た……い?」
「知能発揮しといて食い意地かよっ!」
それだけではないらしい。しろぴよは自ら石をどかして、もう一度文字盤の上を跳ねて並べてゆく。
やっぱ賢ぇ。俺が同じ立場だったら、こうは応用できないだろう……。
「だ、い……す……き……。ぱぁぁぁっっ、しろぴよが、パティアのことっ、だいすきだってーっ! はぁぁぁ……かんげきだ……」
しろぴよは伝えるべきことを伝えると、パティ公の肩に乗っていつものようにすり寄った。
「好きってどっちだよ? パティ公か? それともベリーの方か?」
「バニーたん、そんなの、きくまでもないぞ。……りょうほうだ」
「ピュィッ♪」
元気に鳴き声を上げてうなづきやがった。
「パティアも、しろぴよと、ベリー、りょうほうすきだぞー! やっぱ、しろぴよとは、きがあうなー!」
「似たもの同士かよ……」
「でも、これなくても、パティアとしろぴよ、つうじあってる、けどなー?」
「じゃあこれは持って帰るわ」
その気は最初からねぇけど、文字盤を持ち上げようとするとパティ公としろぴよが俺の腕にしがみついた。
「だめ。これは、もらう」
「へぇー、通じ合ってるのにかー?」
「つうじあってるけどなー、ことばも、ひつよう? …………みたいなかんじだぞー!」
「じゃこれはお前さんたちにやるよ」
通じ合っているが言葉も必要。とっさの言葉だったんだろうが、ちょいと考えさせられた。
長年の付き合いでも、言葉にしないと伝わらないこともあるか……。ま、そりゃそうだろな……。そりゃそうだ……。




