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6-2 魔族ネコヒトであることを隠し、お人好しのシスターと買い出しをしよう

 レゥムの街の市場は遥か昔に見たときよりも、ずっと大きくなっていました。

 往来に常時人々が行き来して、活発に売り買いや物々交換に声を上げるその光景は、人間という種族のたくましさを肌で感じさせます。


 魔界側の迷宮より産出した色とりどりの宝石や金属、貴金属、レア装備にモンスター素材が店頭に所狭しと並んでおりました。

 冒険者が直接開いている店も珍しくありません。その方が儲けが多く、何度も迷宮に入って命を落とすリスクも低くなるのだとクークルスが教えてくれたのです。


 東国の交易品を手にそれらを買い付けに来た商人、近郊の村から作物を売りに来た農民、売り買い全てを仲介する現地レゥム商人で市場はごった返している。


「クークルス姉さんの知り合いか、それじゃ足下はちょっとばかりしか見れないな。全部で11000ガルドで買おう。へ、ウォード爺さんの身内なのか? ……そか、しょうがねぇな、じゃあ12000ガルドだ、あの爺さんは、俺たちが殺したようなもんだからな……」


 その仲介を担う商人に、わたしは獲物からはいだたくさんの皮、珍しい薬草、薬になるキメラの角や、珍重されるキノコを干したものを売った。

 ええ、わたしの友人ウォードは流行病の薬を分けてもらえず死んだのです。街の者はそのことに罪悪感を抱いているようでした。


「トラベル、さん、まずは軽い物から買い求めてはどうでしょう?」

「それもそうですね。では料理に使う調味料が欲しいです。どうか良い店を教えて下さい、お嬢さん」


「あら……、トラベルさんは料理もされるんですか?」

「ええまあ。この前、あなたが親切にも付けてくれた塩のおかげで、どうもグルメになってしまいまして。魚を焼くなら絶対に外せません」


 フードをかぶったネコヒトは、シスター・クークルスの後ろ姿を追って市場を歩いた。

 胡椒と塩、乾燥パセリ、瓶詰めオリーブオイル、ナツメグ、ワインビネガー、蜂蜜を食料品店から購入しました。


「あ、あそこで魚粉が売っていますよ? あれをほんの少しお料理に入れるだけで、味がまるで変わってくるんですよ。聖堂の子供たちも大好きで、ついつい買い過ぎてしまうくらいで……ふふふっ、ネコさんとのお買い物、私とても楽しいです」

「素晴らしい、聞くだけで尻尾がローブから飛び出してしまいそうだ。……ですが要りません。これなら湖の魚を自分たちで加工すればいいだけでしょうから」


 シスター・クークルスは興奮してかわたしをネコさんと呼んでしまっていた。

 どうも本人はそのことに気づいていない。幸いこれが魚粉の話だったので、周りから聞いても違和感はなかったはずでしょう。


「ふふふ……聞いちゃいましたよ、貴方は湖があるところに住んでいらっしゃるのですね」

「ええ、美味しい魚の釣れる綺麗な湖なのです。あれが近くにあったのは幸運でした」


 魚粉、その発想は今までなかった。

 万能調味料がわたしたちのすぐそこに転がっていたのです。肉も山菜もこれで全てフィッシュテイスト、早く戻って作りたい。


「……あの、これ、聞いても良いことかわからないのですけど、やっぱり、気になるので聞いてみます。あなたは、どこに暮らしてらっしゃるんですか?」


 そうでしょうね。彼女にとってわたしはギガスラインを越えて現れる摩訶不思議なネコヒト、興味は尽きないでしょう。


「魔界と人間界のはざまですよ。ですが意外と安全で、土地も豊かなのです。古いですがお城まであって輝く楓の木があったりと、これがなかなかと面白いものです。シスター・クークルス、あなたがもし、何もかもが嫌になったら、あの追放者たちの隠れ里にご招待しますよ」


「ふふ……そう言われると、何だか、迷ってしまいますね。魔界と人間界のはざまにある、追放者たちの隠れ里……。そんな場所があるのですか……」


 ちょっとした気まぐれで誘ってみただけでした。

 ところが思わぬ反応です、シスター・クークルスがわたしの誘いになぜか迷いを見せたのですから。


 彼女も人間ですし、色々あるってことでしょうか。……相談されてもいないのに、詮索するのも野暮でした。


「何だか素敵な里ですね。あ、次は何が必要なのでしょう、遠慮なく言って下さい。自慢ではありませんが、ここでは一通りの物が集まりますから」


 経済活動の活発さ、それが人類側の強みです。弱くて老いが早いからこそ生きるために工夫する。将来を考えて物を積み立てる。


「では種を売っている店を教えて下さい。この前とは違う種類の作物をそろえたいのです」

「はい、それはとても良いお買い物だと思います。この街の作物が、あなたの里でもたくさん穫れるようになったら、私も嬉しいです♪」


 つくづくお人好しです。

 旧市街に近い借家に暮らしているのにも、きっと訳がありそうです。

 いっそ買い物で余ったガルドの一部を、彼女に分けてしまおうか……。おや、これはわたしらしくもないことを考えてしまいました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 カボチャ、トウモロコシ、ピーマン、パセリ、唐辛子、ユグドラシル・ブルーダイコンの種を買った。

 最後のやつは最近出てきた新しい作物だそうでして、通常のダイコンより大きな物ができるそうですよ。ただし変に青いと。


「そうだ、トマトの種も持っていきなよ」

「トマト? それは聞いたことがない、どんな作物なのですか?」


 わたしが大口の買い物をしたので、農家か何かと勘違いしたのだろうか。

 種屋のおばちゃん店主がわたしに小さな種袋を渡してくれました。


「何年か前にね、迷宮からこんな種が出てきたそうでね、植えてみたら中まで赤い実が生ったんだよ。今もあまり人気はないみたいだけど、あたしはみずみずしくて、甘酸っぱくて、美味しいと思うの。たくさん買ってくれたからサービスだよ、持っていきなよ~。売り物にはならないけどねぇ~」

「なるほど、ではありがたく」


 魔界側にはもっとおかしな食材がたくさんあります。

 たかが実の中まで赤かろうと何のことはない。


「中が赤いというのが少し不気味ですけど……何だかちょっとだけ食べてみたくなりました。トラベルさん、いつかあなたの里で食べさせて下さいね、トマト」

「いっそ今からシスター辞めて、うちにいらっしゃったらどうでしょう。……冗談ですよ」


 店を離れてシスター・クークルスを言葉でつついてみました。

 詮索はしない主義なのですけど、やはりこうして親しくやり取りしてゆくと、どうにも彼女が気になってきてしまったようです。


「ふふふ……つい本気にしかけました。あ、そういえばこの前買った種はどうなりました?」

「はい、おかげさまで全て順調に育ってくれています。あそこは土が良いみたいで、何も心配はありませんでした」


「それは良かったです。えっと、確か、小さい女の子が一緒にいるんですよね? きっと成長期でしょうし、色々と食べさせてあげて下さいね」


 わたしは以前シスター・クークルスに、女の子の服を注文しました。

 そこからパティアの存在を推理されてしまったのでしょう。


「ええまあ娘が1人、食い意地が張っていて困ったものでしてね、それにかわいいので皆が甘やかすのです」

「あら、子供を甘やかしてはいけませんか?」


「議論になるのではハッキリとは言えませんが、少しばかし特殊な事情があるのですよ。そうそう、次は大人の女性が着れる古着なんかが欲しいのですが……」


 すると緑髪のたおやかなシスターが面白そうにわたしを見つめて、やわらかく笑う。


「もしかして、奥さんのものですか? するとやはり、奥さんもふかふか、なのでしょうか?」

「いいえ弟子です、この前服を血塗れにしてふらりと現れましてね、血の染み着いた服ままではかわいそうなので、着替えを買ってやろうかと」


「ち、血塗れですかっ?!」

「血塗れです、赤青緑と芸術でも始めたかのような愉快な色合いでしたよ」


 古着屋でホーリックスの服をシスター・クークルスに見立ててもらった。

 女物はよくわからない、特にこれは付き合ってもらって助かりました。


 その次は調理器具とスコップです。これは直接鍛冶屋で買った方が安いのだと彼女が教えてくれました。

 ただ市場からは少しばかし距離があるので、ぼんやりと街を歩くことになっていました。


 すると途端に綺麗どころのシスターが無言になるものだから、わたしは会話選びを間違えたのかと、彼女の機嫌が気がかりになりかけた。けれど、それはどうも原因が違ったようです。


「あの……さっきの話ですけど、いつか、あなたの、エレクトラム・ベルの里に行ってみたいです」

「何をおっしゃる、あなたは恩人です。何度でもわたしの送り迎え付きでご招待しましょう」


 彼女が無言になったのは、わたしの話がつまらなかったのではなく、ただ自己の内面に埋没していたからでした。

 もっと簡単に言えば、シスター・クークルスは何かに悩んでいたようです。


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