39-8 聖女は見た!
・帰るきっかけを失った正騎士
同刻、森の用水路にて――
その日、バーニィさんが釣りの仕事を横取りしたせいで、ハルシオン姫様は雑用を受け持つことになった。
しかし内容が内容なので、俺もそれを手伝いたいと立候補した。
「こんな汚れ仕事、やっぱり姫様にはさせられません。ここは私が受け持ちますので、今日は休みに――」
「しつこい。僕はもうただのアルストロメリアだ。邪魔をするなら帰れ」
それは用水路の掃除だ。
落ち葉や腐葉土が入り込んで水質が悪化する前に、定期的に取り除く必要があった。
「いえ、ですが……」
「フ、つまらない男だな。僕はしたいからしているんだ、嫌々やってるんじゃない。用水路の水が綺麗になったら、畑のみんなが喜ぶだろう。人の笑顔が見れるなら安いものだ」
「私の方は、そうも割り切れませんよ……」
「ならパナギウムに君だけ帰るか? 今さらどんな顔して騎士団に戻る」
そうだ。仮に騎士団に戻るにも、俺は役目を果たさなくてはならなくなる。
ここに身を隠すと同時に、姫様を守り、必要ならば連れ帰る。それが俺の役割だった。
「いえ、姫様が戻らないなら、私も戻る気はありません。姫様を守る者がいなくなります」
「ごめん、意地悪で言ってみただけだ。いや、だけど、君はこのままでいいのか……? 君はサラサールの反感を買って、ここに逃げてきた。だがもうサラサールはいない。帰ろうと思えば帰れるよ。僕が一筆用意すれば――」
「姫様を連れ帰らなければ、どちらにしろ俺の顔は立ちませんよ。陰湿な連中は、姫を捨てて逃げたと言い続けるでしょう。ですが私は別に構いません。私は騎士、どこまでもあなたにお供します」
なんだかおかしな感覚だ。少なからず、国に帰りたいという気持ちはあった。
だが実際にこうして、姫様から帰還の許しを提示されても、喜びの感情がわき起こらない。
一人で帰ってどうする。そんな感情が先立った。
「お人好しにもほどがあるな……」
「いえ、自分を犠牲にするつもりで言ったのではありません。バーニィさんや貴女がいる里から、一人で帰って、どうするのだと思ってしまいまして」
「フフ……そうか。ではキシリール、僕は断言しよう。君はパナギウムの騎士に向いていない」
「なっ……。そ、そう断言されると、少し愕然とするものがあるのですが……」
向いていない。確かに、俺は騎士には向いていないのかもしれない。
バーニィ先輩は俺のことを真っ直ぐだと言う。でもその性質は、騎士という下級貴族の地位にある者には、まるで向いていないのだろう……。
「だから僕と一緒に、まだ未熟なこの里を守って暮らしていこう。ついているんだよ、僕たちは。結果論だけどね、いいタイミングで国から逃げ出せた。ただ、僕にも一応、ハルシオン姫だった者としての、最後のプライドが残っている。君が里に残ってくれたら、それが満たせる。僕はアルストロメリアでありながら、ハルシオンでいられる。君がいれば自分を見失わずに済むのさ」
俺は感動した。用水路の中だったが、そんなことはもうどうでもいい。
下半身が水浸しになるのも構わず、俺は姫様の足下にひざまづいた。
「姫様がそうおっしゃるならば、喜んで。私もこの里が気に入っています。貴女が心配であると同時に、皆の笑顔を見たい。私たちのちょっとした働きが、身近な人間を幸せにできる。騎士だった頃にはなかった感覚です。この里は、素晴らしいです」
「そうかい。ならばキシリールよ、これからも僕に仕えてくれ。フフフ……ヘッポコな僕の足りない分だけ、君ががんばってくれると、多少気楽だからね」
「姫様は十分にがんばっていますよ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。あらためてだけど、これからも一緒にがんばっていこう。ただ一人残ってくれた、僕の騎士」
その時、ハルシオン姫様が手の甲を俺の口に押し当てた。
騎士の誓いは二度目だ。国王陛下に捧げた誓いは、結局裏切りも同然で終わってしまった。
だが次はもう破らない。身分を捨てても、俺たちが騎士であり、姫であった事実は変わらない。虚飾の心など捨てて気高く生きよう。
「はっ! まずはこの用水路を、徹底的に浄化するとしましょう!」
「ハハハッ、その意気だ、キシリール」
バーニィ先輩がそうであったように。国に帰らなくても俺は今でも騎士だ。
俺たちはこの里を守護する、位無き騎士だ。
●◎(ΦωΦ)◎●
・見てしまった聖女
見てしまった……。
嘘、アルス様って、まさかの、お姫様だったのっ!?
国を捨てた姫と、忠誠を貫く騎士……あっ、いいっ!! これはこれで、凄くいいじゃないっ!!
ぁぁ……ぁぁっ……。くっつけたい……この二人を……私くっつけてみたいっ!
ネコヒトであふれる夢の里には、キラキラと輝く禁断の愛が山のように散らばっていた。
私、決めた! 私もここに骨を埋める!
骨なんてないけど……魂が消滅するその日までここで、恋の後押しをして暮らしたい!
そして、私がくっつけた男女の間に子供が生まれて、その子供と子供が、新たなドラマを……っ!
そうだ。ここはこの縫い針を使って……。
「痛っっ!?」
「えっ、きゃっっ……!?」
フフフ……ウフフフフフ……。
キシリールのお尻を針で突くと、彼がハルシオン姫を胸に包み込む結果になった。
二人はしばらく言葉を失い、ただただ互いを見つめ合う。ロマンチックだ……。
「虫にでも刺されたか? 見せてみろ」
「え、いえっ、お尻がチクッとしただけなので、大丈夫ですっ、本当にすみません、姫様っ!」
「尻か。悪い虫だといけない、見せろ」
「え、いやっ、見せられるわけがないでしょうっ!?」
むーー……。
そのままキスしちゃえばよかったのに……。
この二人もこの二人で、ちょっと手が焼けそうかな……。
少しずつ私が演出して、二人の愛を育ませてあげなきゃ……。
ぁぁ……ネコタンランド、やっぱり最高……!
今月より、4日に1回更新に変更しました。
ごめんなさい、これ以上は死ぬ。楽しいけど死ぬ。




