39-2 食い合わせの悪い凱旋祝い - ぴゅぃっくっ -
「ねこたん、おかえりぃー!」
パティアのやや音程の狂った大声に、食堂に集まった有象無象が復唱しました。
古城グラングラムの素晴らしいところはこの食堂にあります。
兵たちが集まれるように広く作られたこの場所は、どうにか押し込めば、360名の民が一同に食事をすることができました。
とはいえ、これ以上増えると難しくなるでしょうね……。
「これが憧れのケーキ……。わぁぁっ、ねぇカールはケーキ食べたことあるっ!?」
「あるに決まってんだろ。……10年くらい前だから、もう味とか覚えてねぇけど」
それぞれの席には、大きく切られたメープルたっぷりミルクパウンドケーキの皿と、肉塊と呼ぶのが相応しい焼き肉の皿が置かれていました。
考えるまでもなく食べ合わせは最悪です。けれど皆が皆、この祝い事に笑っています。
魔族は歯がいいので、ワイルドボアではなく肉質の硬い魔物肉が配膳されていましたが、なぜかわたしの分だけはボアです。
わたしは年寄り扱いされているのでしょうか……。
「バーニィさん、よかったら僕のお肉少し食べて下さい。あ、あーん……♪」
「へ……? あ、いや……。あ、あーん……」
しかしバーニィとマドリの席が妙に近くありませんかね……。
右にマドリ、左にラブレー、バーニィはパティアが羨むほどに慕われておりました。
「バーニィさんっ、僕のオウルベアのローストも食べませんか!? 小さく噛み千切っておきました!」
「お前さんの口でかよっ!? おっ、けど美味いな……。イヌヒトに人気があるのも納得の筋っぽさだが、これはこれでいけるか?」
ツッコミたい気持ちに駆られましたが、そこは我慢しておきましょう。
ですがこのやり取りに、リックが嫉妬してはいないかと、わたしは好奇心の目線を向けました。
おや、残念ですねバーニィ。これは嫉妬というより、女装少年にだらしない顔をするあなたに呆れているようです。
「おい、早く食ってみろよジア! う、うめぇっ!! ケーキってさ、こんなに美味かったのかよ!?」
「本当……? 私が焼いたケーキ、美味しい?」
「ん、これお前が作ったか?」
「うんっ、カールのは私が焼いたの! あ、美味しいっ、ほんとに美味しいっ、すごっ、私すごいっ!」
カールとジアに注目しながら、ボア肉にかじり付いていると、ふいにわき腹を指で突かれました。
それはパティアです。口にパウンドケーキのカスを付けて、ねこたんではなく皿の方を見ていました。
「どうしましたか? おや、早いですね」
「パティアは、おろかだ……」
パティアの皿からケーキが消えていました。
あれだけあったのに肉には一口も手を付けず、その小さなお腹に全てを収めてしまったようですね……。
「フフ、あなたはいつだって大げさですね」
「だって……。あまーくて、いいにおいで、ふわふわで……。そしたら、どんどん……おなかに、はいった……。ぅぅ、ねこたん、おねがい……」
上目づかいパティアがねこたんを見上げて、目線が合うとわたしのケーキを凝視する。知っていました。この結末。ただ想像以上に早かったというだけで。
「わたしはネコヒト、こんなに甘いケーキとお肉は両方入りませんね。誰かが手伝ってくれるといいのですが」
「そこは、パティアにまかせろ! けーき……ぱうーどけーき、パティアはとくい!」
感動のあまりかパティアの瞳が潤んで、キラキラと輝いた目でわたしをまた見上げました。
こんなに大きなケーキを二つだなんて、実際はあまりよくないのでしょう。
「ではそのお肉を半分食べたらあげましょう。ケーキばかり食べていたら、バーニィみたいなバカになってしまいますよ」
「それは……それは、こまるなー……。しんけんに、こまる」
「おいこらパティ公っ、一緒に寝てやったっていうのに、そこで真剣に悩むな! バカで上等だ! ネコヒトもそうやって甘やかすんじゃねぇっ、ケーキは肉を全部食ってからだ!」
「ではそうしましょう」
「えーーっ、えぇぇーっ!? ぅ、ぅぅ……バニーたんっ、なんてことするーー!!」
パティアは憤慨しました。それを見て悪い大人は魔界の酒の封を切って、愛用のショットグラスに注ぎ、パティアの怒りを肴にあおったようです。
つくづく教育に悪い大人です。
「わたしより先にお肉を食べないと、うっかりケーキも食べてしまうかもしれませんね」
「バニーたんめぇぇ……! ねこたんっ、ゆっくりたべて!」
食べ合わせは悪いですが、それは賑やかで暖かい夕食でした。
パティアが骨付きのボア肉を完食すると、わたしは約束通りケーキをパティアに譲って、バーニィが注いできた赤い酒を飲み干す。
「さて、久々にやりますか。アルス、よろしければ付き合って下さい」
「ああ、その言葉を待っていたよ。クーさん、僕のケーキの見張りを頼む」
「はーい♪ といってもー、火酒でひたひたのケーキなんてー、欲しがる甘党さんは少ないと思いますよ~?」
人とテーブルがいくら増えても、食堂の中央は演奏者のための聖域でした。
そこに銀の竪琴を持ったネコヒトが座ると、アルスもバイオリンを手に取り、隣に同伴してくれました。
「いや、あそこに一匹だけいる。あの泥棒ネコから僕のケーキを守ってくれ」
「ミャァ~、酷い濡れ衣ですにゃ。ミャーは火酒でひたひたのケーキなんて、全然――いえ実は大好物ですにゃ♪ レロリ……」
「あえて口を挟もう、邪道である! 見るだけでもおぞましい食べ方よ!」
しっかりとケーキを完食しておいて、ゾエは細かい主義主張をしたものの、サラリとアルスに流されたそうでした。
「始めよう。君がくれたこのささやかな幸せを堪能しなくては、申し訳が立たないからね。僕一人のために、君は自らを差し出した。パティアを悲しませる覚悟で、君は僕を守ってくれたんだ。ありがとう」
「賑やかな席です。辛気くさいのはよしましょう。同胞を守りたいという、ネコヒト共通の思いを穏健派に利用されただけです。では……」
わたしとアルスが示し合わせて、魔王様が愛した明るい楽曲、太陽の娘を奏でました。
それは360名超えの観客の耳を魅了して、この隠れ里に欠けていた大切な1ピースとなって、人々の心を慰めます。
いつもここで楽器を奏でていたネコヒトが消えただけで、パティアだけではなく、皆に寂しい思いをさせたはずです。
音楽は人々の記憶へと根ざし、過去を追想させる性質を持っているのですから。
けれどもわたしはこの場所に帰ってきました。
このありふれた現実に、わたしだけではなく、皆が感謝していると信じたい。
「ねぇ……。あの時聞いた悲しい音色とは、全然違うね……。ねぇ、覚えてる? もしかしてあなたは、これが見たかったの……?」
騒がしい喧噪と合奏の中、聖女エルリアナの姿と、そのレイピアに止まるしろぴよの姿が見えました。
かすかに何かを言った気がしましたが、さすがのわたしにも聞き取れません。
その自称英霊はこの賑わいを遠くから眺めて、心半分満足そうに、もう半分はどこか羨ましそうに見つめていました。
「ぴ……ぴゅょ……。ぴゅぃっくっ……」
「え、どうかしたの、しろぴよ……? あれ、あなた、お酒臭い……」
後で知りましたが、アルスのパウンドケーキを、ひとつまみだけかじった不届き者がいたそうです。
「ぴ、ぴぴ……。ぴゅいっくっ……。ぴゅい……ぴゅいっくっ……」
気になる光景でしたが、再び旋律と演奏に夢中になると、一匹と一亡霊は姿を消していました。
昨日は誤投稿してしまってすみません。
定期的にやらかす風物詩だと思って下さい……。




