38-8 いいときかえってきたな、ねこたん
「また来たんですのっ!? だから言ってるじゃないのっ、迷宮は卵拾い牧場じゃ――あらっ」
パティアの言う良い話に乗ってみたところ、いつの間にか迷宮を下っていました。
いえ、それはそれとして驚きました。
わたしの不在が自立心と戦闘力を高めたのでしょうか。
パティアの立ち回りはかつてのマイペースな動きと打って変わって、大きな成長を見せていました。
下がるべきところで下がり、必要なタイミングで魔法を発動して、後衛として被弾を避ける。
この当たり前の技術の初歩を、この歳で獲得していたのです。
「ごぶさたですね、でかふくさん」
「あ、ああたっ!? 生きてたのね! もうっ、ああたはとんだバカ親だわ! 娘をこんなに心配させるなんて、ちゃんと帰ってきたからいいけれど、バカ親よ! もうこんなこと二度とするんじゃないわよっ、わかったわね、この年寄り!」
顔を合わせるなり、わたしはでかふくさんに叱られてしまいました。
翼をバタバタと羽ばたかせて、早口でまくし立てたのです。
「その点については言葉もありません」
「パティアは、しんじてたぞー。ねこたん、だれにも、まけない」
「……ところで、何のために迷宮を回っているのですか?」
「それか。あのねー、これ!」
「あっこらっ! 危ないから勝手に明けるな!」
具体的な返事の代わりに、パティアは奥の宝箱に飛びついて、それをこちらに開いて見せました。
リックの制止を聞かないのは困ったところです。
「じゃーん! これ! ほらみてみて、ねこたーん」
「パティア、宝箱は勝手に開けるなと、約束したはずだ」
中には鶏卵に似たものと、大きな陶器製の容器がありました。
その封をうちの娘が開封すると、中には甘い匂いのするミルクが詰まっています。
「卵と乳ですか。先ほどでかふくさんが言っていたのは、コレが原因ですか」
「そうよ! もう聞いてちょうだい! この二人、迷宮の使い方がてんでおかしいのっ!」
「パティアが……いや、里の皆が暗くてな、そこで甘いケーキを作ろうと思った。だが外は、正統派と穏健派の戦争のまっただ中だ」
「ああ、だから迷宮にお願いすることにしたと……」
「そうだ。俺とパティアの気も晴れて一石二鳥だ」
確かにそれは名案です。
美味しい食べ物は人の努力をねぎらい、やる気に変えてくれる力もあるのです。
二人は二人なりに、わたしの帰らない里を明るくもり立てようとしていたのでした。
「ああたたちのムチャクチャに付き合わされる、あたくしの身にもなりなさいなっ!!」
でかふくさんからしたら、迷宮の存在意義に疑念を抱かせる、迷惑行為だったかもしれませんが。
「それにでかふく殿ともこうして仲良くなれた」
「ねー! でかふくさんね、パティアにね、はね、さわらせてくれるんだー。でかふくさーんっ、さわら……あれぇ……?」
宝箱のふたの上にでかふくさんが止まっていたので、パティアがそれに触れようとしました。
ところがつれなくかわされてしまったようですね。
「お父さんが帰ってきたんだから、もういいでしょ、そっちのもこもこで我慢なさい!」
「おお、それもそうだなー。ねーこたーんっ、がばーっ♪」
パティアの包容が難しい考えをわたしから消し飛ばして、まあいいかという気持ちにさせました。
「この里は平和ですね……」
「教官が守り抜いた平和だ。ん……よし、これだけあれば足りそうだな。ケーキを作ろう。それともパティアは、教官と一緒にいるか?」
「え……う、うーん……悩む……」
パティアはリックとわたしに交互に目を向けます。
どうやら帰郷早々に、ねこたんはケーキと両天秤にかけられてしまったようです。
「ケーキ、つくりたい……。でも、ねこたんと、いっしょにいたい……。どう、しよ……」
「仕方ありませんね、ではわたしも付き合いましょう。こんな手ですから、生地をこねるのは無理ですが」
里まで無理をして走ってきたので、実のところ疲れていました。
けれどこんな顔をされたら無理です。
それにリックのケーキ作りに付き合えば、パティアの笑顔が見れます。
それこそが東に遠征している間、ずっとわたしが欲していたものでした。
「それは良い考えだ」
「ねこたん……パティア、いきてて、よかった! ケーキだ、ケーキだー! ねこたんと、うしおねーたんと、ケーキ!」
わたしたちは卵とミルクを抱えて迷宮を出て、その足で厨房に向かいました。ご機嫌のパティアと手と手を繋いで。
「はぁ……。ぅぅ……わたくしも、ヒナが欲しくなってきてしまいましたわ……。どこかにいい男、いないかしら……」




