5-7 世界を、大地の傷痕をこの世より抹消しよう
生命活動加速、あんな高位の術を覚えさせておいて、明らかに順番がおかしいですが翌朝のことです。
わたしはどうにか苦心して、虫除け魔法という基本の方をパティアに習得させることに成功いたしました。
さあここまで来たら、次はそれを範囲化させる実験です。
実際もう猶予もそうないのですぐにやらせてみました。
「ではまず第一ステップです、あの木に虫除け魔法をかけて下さい」
「まかせろねこたんっ、パティアのちからをー、みせてやるぅー!」
まず広場にある楓の巨木に虫除け魔法をかけさせる。
ホーリックスと一緒にそれを見守りました。バーニィは魔法のことはわからないと、畑仕事を優先することにしたそうです。リックは先ほどそこから抜けてきました。
「とぉぉー!!」
虫除けの術が楓の巨木にかけられた。
成功です、次にわたしはナコトの書をパティアのバッグから取り出して、リックに見せてやりました。
白紙の手帳を大判の魔導書に変えて、アンチグラビティとスリープの術の解説と挿し絵を紹介したのです。秘密を知る仲間として。
――――――――――――――――――――――
【アンチグラビティ】
:効果:
詠唱者ベレトートルートの体重を半分にする。
より素早い身のこなしが可能になる反面、吹き飛ばし耐性が大幅に落ちる。
:補足:
特記無し
――――――――――――――――――――――
「これは驚いた……オレは魔法はからっきしだが、このアンチグラビティには、素直なあこがれを覚える……」
「フフフ、そうですか。なんとこの術は、装備の重量も半分になってくれるんですよ」
「そうなのだ! あのなー、きのうなー、ねこたんなー、パティアをだっこして、きのうえ、ぴょんぴょん、だったぞー!」
「なんて奇跡的な術なんだ。今の2倍の重さの槍を持てる、そういうことじゃないか、すごいな、これは……」
彼女みたいな軍人にはさぞかし魅力的だろう。
「残念ですが詠唱者本人にしか使えないようです。でなければ、世界のバランスが狂ってしまいますから。魔法というのはそういうものです、過ぎたる力を持つ者が出ないように出来ている。本来は、ですが……」
そのナコトの書を例外であるパティアに渡しました。
書の内容がすぐさま書き換わって、あの不吉な挿し絵を映し出した……。
――――――――――――――――――――――
【メギドフレイムⅠ】
:効果:
世界の凡てを浄化する白炎の焔、詠唱者パティアがキャンセルしない限り絶対に消えることはない。
:補足:
炎魔法最高位、消費魔力特大
――――――――――――――――――――――
「メギドフレイム……? な、何だこの、禍々しい挿し絵は……?!」
「暖炉のあれですよ、昨日も調理に使っていたではないですか」
「ま、待て、こんな危険なもので……オレは、料理をしていたか……恐ろしい」
「どんな術も使いようです。アレのおかげで、わたしたちの生活はとても助かっていますしね」
ページをめくって3ページ目のオールワイドⅤを選択させます。
さあステップ2のスタートです。
――――――――――――――――――――――
【オール・ワイドⅤ】
:効果:
あらゆる支援、および弱体化術を超範囲化、超時間延長する。
:補足:
回復、攻撃魔法には使えない。
――――――――――――――――――――――
「ではパティア、このオールワイドの術を、あの楓の木に撃って下さい」
「あい! き、きんちょうするなー……こんどはー、う、うまくいくかなぁー……ドキドキ……スーハァ、スーハァ……よしー、いくぞぉー」
「あしたの、ふかふかとー! うしおねーたんの、ごはんのためにー! おーるっ、わいどーっっ!!」
ハーブ臭い一陣の風が、ある種の衝撃波が楓の木を中心に世界をかけ抜けていった。
これで虫除け魔法が範囲化、超強化されたことになったはずです。
「は、はへぇぇ……つか、つかれ、つかれたー……。ねこたん、これぇ、つか、つかれ…………ぐぅ、すぴー……」
おつかれの証拠にパティアが地にへたり込んだ。いや、即寝ました。
続いて近くの他の木に歩み寄りまして、試しに蹴り飛ばしてみると気絶した毛虫が落ちてきました。ちゃんと範囲化はしているようです。
「地味な術なので仕方ありませんが、おそらくは成功でしょう。リック、すみませんが……」
「わかっている、この子を部屋まで運ぼう。……ふっ、寝付きの良さは教官譲りのようだ」
「助かります。わたしはここまで酷くありませんけどね」
「いや、それには同意しかねる」
特に他の話題も浮かばない、その後はリックと言葉も交わさず城に戻った。
いつものように壁の崩落部から中に入り、階段を上がって廊下を進むとわたしたちの部屋です。
そこに作りかけのベッドが1つ運び込まれていました。バーニィが急に始めたものですよ。
本人は床寝で満足していたので、ホーリックスのためのものでしょう。
「質問だ、教官」
「ええどうぞ、あなたに隠すようなことなどありませんし」
「メギドフレイムのあの、不吉なページは何だ……。なぜこの子を育てようとしている、魔族にとってこの子は、危険な存在だと、オレは思う……」
当然の質問が来た。
このときばかりはごまかしの通じない、本気の眼差しです。
「いつまでも戦いが終わらないなら、いっそこの子に滅ぼしてもらうのもいいのでしょうかね。……冗談です」
「教官、冗談になってない……。成長したこの子が、オレたちの敵になったら、どうする……。茨の森は、あの白き炎で焼き払われ、魔軍は崩壊する。教官は、魔族の破滅の因子を、育てている……」
それこそ裏切りも同然、未来のパティアがもたらすかもしれない事態に、魔軍を追われたはずの者が憂いた。
「それは物事の断片でしかありませんね。いいですか、あの子は父親を殺された被害者です、それがたまたまか意図的かは知りませんが、パティアの本心に反して、強大な素質を持って生まれただけに過ぎません」
都合の悪い相手を殺して解決させるなんて、それこそミゴーと同じです。
アレと同じレベルに堕ちる気はありません。
「戦いとは無縁の、ただの女としての道を歩む可能性だって低くはありませんよ」
「だから教官が、父親代わりに……? 教官らしくもない、面倒ごとに首を突っ込んだものだ……」
「ええ全くその通りで」
「しかしこの子の存在を、三魔将が知ったら……ただではすまないぞ……」
そうですか、わたしはそのセリフを待っていたんですよ、リック。
「それと同時に、人間の王や聖堂の教皇が知ってもまずいでしょうね。ですが、だからこそ、あのオールワイドとハイドの力で、大地の傷痕全域を、常時の潜伏状態にする必要がある」
これで大半の問題が解決する。
人間の寿命などたった50年と少し、50年ここにパティアを隠し通せばいい。
「この土地を、ありとあらゆる者の目の届かない、閉ざされた隠れ里にする。そして、そこに人を集めて社会を作る。それがわたしとバーニィ・ゴライアスの夢です。それがきっと、パティアにまともな社会性を与えることにもなるでしょうから」
真面目です、ホーリックスという私の弟子は。
彼女は男前にアゴへと指を当て、わたしの屁理屈を生真面目に飲み込んでいきました。
実際どうなるかなんてわからないです。世界が今のままの安定を保つならば、という前提条件付きの話ですから……。
「正統派のあなたに協力しろとは言いません、見逃して下さい」
「フ……オレは軍を追われた、もうそれも今さらだ、わかったよ教官。あの子の成長を、見守ることにする……」
「ありがとうホーリックス、あなたはやはりわたしの一番弟子ですよ」
「二番でいい。あの子に追い抜かれるのが、もう決まってる。パティアには才能がある」
すると名前に反応したのか、パティアの寝息が止まった。
2人して書斎式ベッドの上に目を向けると、うちの娘がうっすらと目を開いている。
「ねこたん……パティア、がんばる……がんばるから……もういちど、やりにいこ……」
「後にしましょう。はいスリープ」
「ふぇっ、すぴぃー……」
面倒なので寝かせときました。
どうやらあの術はとてつもなく負荷が高いようです。仕上げは後にしましょう。
「これでよし。起きたらきっとお腹を空かせています。リック、お昼ご飯を作ってあげて下さい」
「……わかった。オレは、いやオレも、何だかこの子がオレなんかの料理で、笑ってくれるのが嬉しい……。軍を捨てることになったんだ、教官と一緒に暮らせるこの幸せを、ただ噛みしめることにする……」
わたしたちは追放者、それぞれの過去や事情は切り離すべきです。
ただそこにある幸せを喜べばいい。安っぽい正義など、それぞれ元の社会に戻れた後に考えればいいんですよ。
「おや、もしかして口説かれてますか、わたし?」
「さあどうだろうな……。それより昼食の準備がある、また後でな。今夜は焼き肉にしたい、この子のために、良い肉を調達してきてくれ」
「そう言われると張り切りがいがありますね、予定も変わってしまったことです、狩りは任せてもらいましょう」
毛皮に薬草、金になるモンスター素材も集めよう。
レゥムの街で少しでも良い物を買い集めるために。




