37-9 ボクたち私たちくっついちゃいました 後編 - アルス先生とキシキシ先生 -
で、その後二人がどうなったかというとな。あいつらクソ真面目なんだよ。
利き手と利き手がくっついちまっては、もう仕事なんてままならん。
俺ならそこでもう諦めて、仕事をサボる方向で考える。
食堂にでも陣取って、暇なやつでも巻き込んでただだべる。だというのにやつらは働く方を選んだ。
それがマドリちゃんと今日だけ先生役を交代してよ、二人で午後の授業を受け持つことにしたそうだ。
ん、マドリちゃん? なんでかこっちの作業現場に来てよ、俺の隣でかなづち振って楽しそうに笑ってたぜ。
っと話が脱線したな。
キシリールとアルストロメリアはあれでもかなり子供に好かれている。
アルスは女の子から、キシリールは主に男の子の票が多いな。そんなわけでその日の授業も、結構これはこれでウケがよかったみたいだ。
●◎(ΦωΦ)◎●
「はっきり言おう、僕たちは教師としてマドリくんに劣る。そこで今日はマドリくんにはできない、僕たちだからこそできる授業をみんなにしてあげよう」
そういうこった。勉強はマドリちゃんクークルスちゃんがいれば事足りる。
そこであいつらは人間の世界、主にパナギウム王国について教えることにした。
蒼化病は子供しか発症しないからな。
子供のままあんな隔離病棟に隔離されたガキどもには、教養として必要な授業だったろうな。
「まずは税からです。この里にはありませんが、外の世界には国に作物やお金を差し出す仕組みがあります」
そこは思えば不思議な話だ。
ここでは当たり前に食べ物を分け合い、弱い者が保護される。
外ではあり得ない夢物語みたいな理想がよ、なんでか知らんが当たり前に実現していた。
「パティア、しってるぞー。ぜいは、おなかのな、これなんだぞー」
「ちょっ、パティア! どこ見せてんだよお前ー!?」
「パティア~、カールがエッチな目で見てるからさ、そういうの止めた方がいいよー」
「だ、誰がパティアの腹なんかでエッチになるかよっ!」
ガキどもは相変わらずだ。
パティ公がひっかき回して、カールとジアが夫婦ゲンカをするいつもの光景だったそうだ。
「贅肉とはまた別だよ。さて、外の世界の人間には、自分の代わりに国を動かす存在が必要だった。そこで王様と貴族が生まれた。皆が王と貴族に税という報酬を支払い、少し豊かな生活を保証する代わりに、難しいことをその人たちに任せることにした。これが王侯貴族と税の成り立ちだ」
ガキにするにはちと難しいんじゃねぇかな。
しかしそこは元お姫様だ。ハルシオン姫だった騎士様は饒舌に国家について語ってくれたそうだ。
……ただ、当然ながらガキどもの食い付きは悪かった。
難しいしな。外の世界に出ない限りは、税とか国家なんて今のところ必要のない概念だ。
ホント不思議な土地だわ。しかしよ、いつの日か、この里でも土地の所有権を言い張るやつが現れて、王を名乗る者が出てくるんだろうか。
これからさらに人が増えていくとなると、悲しいがそれも避けられないのかもしれん……。
「さて、ここからは俺が騎士と冒険者の話しよう。騎士とは国を守る盾だ。この地上に敵が存在する限り、俺たちは戦わなければならない。そうしなければ、大切なものを守れないからだ」
そうだな、キシリール。そっちの問題もあるからな。
この里の立地や立場を考えると、今は平和だけどよ、平和だからこそ自衛から目をそむけちゃいられねぇな。
「おおっ、それ待ってたぜキシキシにーちゃん! いいよな騎士、カッコイイよなぁ!」
「ちょっとカール、授業中にそんな大きな声出さないのっ!」
「お……? あのなー、パティアなー、いまきづいた。キッシリってー、きし?」
パティ公の発言に途端に場が沈黙した。
「ソレ今さらかよっ!!」
「あいてっ。へへへ……そうかー、パティア、しらなかったなー」
「パティアあんたね……キシリールさんのこと、なんだと思ってたのよ……」
「んー……やさしい、おにーちゃん?」
ブロンドの小さな少女が首をかしげて、不思議そうにキシリールを見つめた。
たったそれだけで、この子にはしょうがないなと人に思わせる、不思議な魔力がある。
「ありがとう……一応パナギウム王国で騎士をしています。覚えておいて下さい」
「わかった! おおっ、そうかー! キシキシだからー、きし!」
「だから今さらかよっ!!」
カールがツッコミを入れて、その後も笑顔の絶えない愉快な授業になったようだ。
不思議なお子様だよ。そこにいるだけで、世界の中心になっちまうんだからよ。
「――とまあ、冒険者については以上だよ。彼らは人間の世界には必要な存在だけど、仕事柄とても荒っぽくて危険な人たちです。不用意に近付くのは絶対に止めましょう」
「とーちゃんも退役後にちょっとやったって言ってたな。でも自分には合わなかったって言ってた」
自分の命を掛け金にして、迷宮からお宝を手に入れて良い生活してやろうって連中だ。
そんな職業に就く連中はどう逆立ちしても刹那的になる。後先考えないから厄介だ。
「あとは……どうしようか。まだ時間があるね……そうだ、騎士バーニィ・ゴライアスについて話そう」
「え、よりにもってあのスケベ親父をか……? まあ興味がないこともないな……。いいだろう話してみてくれ」
そんでよ、なんかそこからはおっさんに恥ずかしい流れになったのよ。
キシリールが憧れの存在、空想のバーニィ・ゴライアス先輩を語り出した。
「バーニィさんは準騎士にあたる。国に命じられてモンスター討伐や要人警護を指揮をしたり、盗賊退治を任されたりと直接現場で戦うことの多い職業だ。戦争になれば騎士団の一員として、民の代わりに戦う立場にある」
「一応あれも貴族だ。だが貴族の中では最下級、準騎士は苦労ばかりで大変な役職だと聞くよ」
元お姫様が俺たちの現実を認識してようと、準騎士の扱いばかりはどうにもならねぇだろうな。
俺たちは貴族の末端だ。おまけに軍人だ。それが肥え太る世界なんてろくなもんじゃないぜ。
「騎士バーニィ・ゴライアスは騎士団の皆に慕われていた。ああいう明るい性格で、面倒見の良い人だからね。位は準騎士でも、人からの信頼は正騎士以上だった。騎士団長だって一目置いていたよ」
「つーかさ、あのおっさんって、マジで騎士だったんだな……」
おいカール、てめぇどういう感想だそれはよ!
「カール、失礼。でもなんか思ってたイメージと違うね。なんか、別人みたいに、立派……?」
「実際立派な人だったんだ。元々が庶民だったからかな、誰よりも誠実に弱い立場の人たちを守ろうとした。……裏でこっそり動くことも多かったかな。頼まれてもいない仕事をするなと、上から釘を刺されることもあったけど、でもあの姿こそあるべき騎士の姿だと思う」
いや、だが持ち上げられるのもなんか違うな……。
俺はしたいようにしただけだ。しょうがねぇだろ。誰も弱いやつを守ろうとしなかったんだからよ。
それに準騎士は給料安いんだよ。他の騎士連中が動かなかったのも、それはそれでしょうがねぇよ。
正騎士が民草の保護に奔走するってのも、変な話だしな。そこは理想と現実ってやつだ。全てを救うゆとりなんてこの世界にはねぇ。
37-9は長いエピソードになります
参考までに




