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5-4 牛魔族ホーリックスの貴重な水浴びシーン(挿絵あり

 オレの名はホーリックス、元魔軍の斬り込み隊長……それにしても、酷い目に遭った……。

 ミゴーのおかげで捕縛されずに逃げ切ることはできたが、結果オレは、同僚や部下、上官すら斬るはめになった……。


 慣れぬ潜伏をして追っ手をかいくぐり、飛行タイプの魔族の監視網をくぐり抜けて、ようやくここにやってこれた……。


「はぁぁぁぁ……」


 だというのについていない、不幸の連続だ……。

 逃げるために防御用の短剣だけを残して、大事な重槍を捨てるはめになった。

 そんな不幸なオレに、予期せぬ追い打ちの不幸が襲ってきたのだ。


 オレはここ大地の傷痕で、教官の足取りを探していた。

 ところが何の前触れもなく、いきなり臭くて黄色い津波が襲ってきた!

 服も髪も自慢の角も、青臭いクリの花粉の匂いが染み着いて、おまけにくしゃみが止まらなくなった!


 最悪だ、気持ち悪い、全身がザラザラして、とにかく全てが臭い、理不尽だ!!


「あっ……湖、湖か……」


 無意識につい口元がほころんでいた。

 オレはついているかもしれない。オレがその次にやることなんて決まっていた。

 服を脱ぎ捨てて丁寧に花粉を払い、それからこの清らかな湖水に身を沈める。


挿絵(By みてみん)


「ぁ……ぁぁ……はぁぁぁ……うわ、気持ちいい……」


 逃亡生活でこびりついた汗に、血に、泥、皮脂。そこに花粉が張り付いたものが水に溶けだし、肌を擦るたびに清められていく。


「ここが大地の傷痕……綺麗なとこじゃないか、魔界と人間界の緩衝地帯とは思えないほど、ふぅぅ……冷たいな……ふふ……」



 ◎●side : (ΦωΦ)●◎



「おや、あれは……」


 それにしても喉が乾きました。

 そこで冷たい湖水を飲みに近付きますと、わたしは付近の岸に妙な人影を見つけていました。


 わたしはこれで警戒心が強い方です。よく見ればソレは魔族です。角のある魔族が服を脱ぎだして、それを丁寧に払っている。


「あ、みてみてねこたん、あそこ、ひとがいる」


 パティアもそれに気づかないはずがない。

 出来れば気づかないうちに帰らせたかったのですけど、それも無理になりました。好奇心と書いて、うちの娘です。


「あれは人ではありません。頭の左右に立派な角が生えているでしょう、あれは魔族です」

「なんか、おもってたのと、ちがう……がおー、って、かんじじゃないぞー?」


「そういうタイプではないことを祈りたいですね。さて、わたしは偵察に向かいますので、パティアはそこに隠れていて下さい」

「うんっ、やだ! ついてく!」


 つい最近ムクドに捕まったというのに、肝のすわった8歳児もいたものです。

 普通なら角を持った異形に恐怖するものではないかと……。


「言い聞かせても付いてくるタイプですよね、あなた……わかりました、足音の消し方を今から教えましょう。行きますよ」

「へへへー、すまねぇなねこたん、パティアのこうきしんはー、あのみずうみより、はてしないのだ」


 そんな良い笑顔で言われると、怒る気も起こらないというものです。

 逆に受け止めるしかありません、常にわたしの隣に置いておけば安全だと。


「一歩一歩、踏む場所をよく意識して下さいね。枝や小石が多いところは避けましょう、茂みに服が擦れるときも気をつけて下さい」

「わかったー、たいちょーっ、あい、あい、さー!」


「気づかれます。静かに、お願いします」

「あぃ……」



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 距離を詰めてまた岸から敵――とは限りませんけど、相手の様子をうかがいました。


「な……」


 ところがわたし、それが見知った姿で、裸体であることも重なって驚かされるはめになりました。

 遠くからでは角ばかりに気を取られてわからなかったのですが、それは褐色の肌を持った女性だったのです。


「ねぇねぇ、ねこたんねこたん……」

「何です? 静かにして下さいね、気づかれますから」


「ちかくでみるとー、つの、すごいなー。でも、それよりなー、あのおねーたん、おっぱい、でっかいなー……」

「ええそうですね、昔より成長しているようです」


 しかしですね、問題は胸や角ではないのです。

 彼女がここにいるという事実、それそのものが問題です。


「あ、でもねこたんねこたん……」

「はい、静かに。今度は何ですか?」


「あのなー、いいにくいけどなー、でもー、つらいが、いわなきゃいけないことだ……。ねこたん、のぞき、いくないぞー……?」

「ご安心を、わたしお爺ちゃんですから、スケベ心なんてとうの大昔に枯れました。胸が大きくて、筋肉によく引き締まったあの姿は美しいとは思いますよ。それに、教え子に欲情したらそれこそ変態ですよ」


 ……自分で発言しておいて、少し言い訳がましいかなと思わないでもない。

 違いますよ、これは偵察です。乳や肌の露出など問題ではない。


「おしえご……?」

「はい、あれはパティアのお姉ちゃん弟子といった方で、ホーリックスと呼ばれる者です。なぜこんなところにいるのか、それが今一つわかりませんが」


 わたしがわからないのと同じように、パティアも首をかしげてくれました。

 それからまた目を丸くして、美しき裸体を眺める。何だかこれ、教育に良くないような……。


「わかんない。つまりー、あれはー、パティアの、おねえちゃんってことかー?」

「まあある意味では、そうかもしれません」


 そうなるとあなたは、ミゴーの妹ということにもなりますが。

 それより偵察から情報を得ることが重要です。

 なぜこんな場所に彼女がいるのか、相手の様子から情報を得なければならない。


 あれは正統派の斬り込み隊長です。まさかとは思いますが、ここが戦場になるとかありませんよね……?

 いや、しかしそれにしたって様子がどこかおかしい。


 ため息を吐きながらさっきから胸を揺らして、ゴシゴシと肌を擦り、髪を頭ごと何度も何度も湖水にくぐらせている。


「ふむ……パティア、そこを絶対に、動かないで下さいね」

「うんっ」


 岸には彼女の衣服がありました。

 あまり信用のないうなづきを見送って、わたしは元生徒の服に近づき、探る。

 血が付着している。赤だけではなく、青や緑のものも混じっていました。


 それにしても、このおかしな匂いはなんだろうか。どこかで嗅いだことがあるような……。

 わたしは鼻を服に当てて、匂いの正体をかぎ分けようとしました。


「くっ、くっさぁぁぁぁ……っ?!! ぅっっ、へ、へくしゅっっ!!」

「誰だッ!?」


 ああ、やってしまいました……。

 ホーリックスが岸に振り返ってしまっていました……。

 これはクリの花粉の匂いです。しかしまずい現場を見られました、水浴びする女の服の匂いを、嗅いでいるところをわたしは見られたのです。しかもそれは元教え子だという……。


 ニャーンとでも言ってごまかしてみますか? お前みたいにでかいネコがいるか、などと言われるに決まってます。

 焦る必要はない、いいわけはかえって見苦しい、姿を見られた点だけが重要で、かなりこれがまずい、説得の必要がある……。


「やあリック、こんなところで会うとは奇遇ですね。さて出会い頭ですが、わたしの推理を聞いていただきましょうか」

「ぁ……ぁぁ……ぁぁぁぁぁ……?!」


 女性からしたらかなりショックでしょうかね。

 野外で裸を見られた上に、服をクンカクンカされていたのですから……。


「あなたは森を歩いていた。ところがいきなり不幸が起きた、突然……クリの花粉が津波のようにあなたに押し寄せてきたのです」


 こういうときはこちらのペースに押し込めばいい。

 わたしの名推理で、おっぱいなんて見てませんし、匂いを嗅いだのも、推理のためなのだと押し通すのです!


「いきなりだったこともあり、さすがのあなたも対処不能、何とかその場を離れたものの、全身クリの花粉まみれ、まさに最悪の有様。そんなあなたの前に、美しい湖がそこに現れて……、まあ、色々あってわたしたちが出会ったと」

「ッッ……!」


 我が生徒ホーリックスは真っ赤になって涙を浮かべていました。

 女性というのは不思議なものです、羞恥心が涙を呼ぶ、そこがよくわからない。


「落ち着いて下さいリック、わたしはあなたの目的を探るためにこの服をクンカクンカしただけで……お願いですからそのたぐいまれな武勇をわたしに行使するのだけは止めてくださいね?!」


 ふらふらと裸の乙女、しかも巨乳がわたしに歩み寄ってくる……。

 この子は不器用なタイプです、ときどき何を考えているのかわからない。いや今から、わたしに何をするつもりなのかそこが重要です。


「そこを、動かないで……下さい……。教官っ、教官……っっ!!」

「待ちなさいっ、まさかわたしの追っ手に、なり下がったんじゃないでしょうねあなた!?」


 わたしはレディを前にしてレイピアに手をかけた。

 だが、だが教え子に手をかけるのは気が引ける……。

 特にこのホーリックスは教え子の中では自慢の優等生です。そもそも勝てない……。


「教官ッッ!!!」

「ひっ……ミギャァァァーッッ?!!」


 わたしはリックの突撃……ではなく抱擁を受けておりました。

 激しいベアハッグが万力となってわたしを締め付けたのです。


「ね、ねこたんっ、ねこたんにー、なにをするぅーっ!!」


 さらに状況が悪化しました……隠れていろと言ったのに、パティアまで飛び出してきてしまったのです。

 人間の子供と親しくしている、ただそれだけで説明しにくい要素が1つも2つも増えてこじれるのですよ。


「良かった……生きてた……教官、よくご無事で……。ああよかった……良かった……教官っ、教官っ、オレだ、あなたの教え子ホーリックスだ……会いたかった!!」

「れれ、はれぇ……? ねこたーん、このうしおねーたん、てきかー?」


 パティアはのんきにわたしたちを見守っていた。

 あなたの目は節穴ですか、父が締め技をかけられているんですよ?!


「く、苦しいですリック……ッ! うっうぐっ……パティア、て、敵ではありません、ですから、彼女をどうか落ち着かせて下さい……ば、バカ力なんですよこの人っっ!!」


 ホーリックス、それはわたしの教え子の1人。重槍を片手で振り回せるほどの、正真正銘の強者でした……。

 お爺ちゃんは、おっぱいが、こわいです……。

 とにかく服を……服を、あ、服ならわたしが持っていたんでした……。


※挿絵のこと

 挿絵ちょっとエロいけどセーフだよね?


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