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35-2 ネコタンランドの民たち - 密命 -

「クレイ……。君はシベットを喜ばせたかったんじゃないのか……?」

「それとこれは別にゃ。シベットのためにお願いしますにゃ、この通りにゃ、頼むにゃ」

「ネコヒトくんがいつまで経っても、キミに態度をやわらげない理由がやっとわかったよ……」


 ええ、クレイは矛盾をはらんだ男です。

 わたしを慕い、わたしたちを仲間として好いてくれているのは真実でしょう。しかしクレイは泥猫クレイなのです。


「それで、キミは誰に何を命じられたんだい?」

「話したくないなら、にゃーが代わりに話そうかにゃー?」


 あなたは黙ってなさい。

 どうしてそうやって、人の心を揺り動かしてもてあそぶのですか。


「うっ……わかった言う! この里に来たのには、確かにもう一つ理由があった! 姫様、貴女への説得だ……。姫様にいざというときの覚悟を付けてもらうよう、騎士団長より命じられたんだ! もしサラサール王が暴走したときは、決起して、アイツを止めてくれと!」


 むしろこの命令を受けていない方がおかしいのです。

 しかしキシリールは今日この日まで、騎士団長の命令にそむいてきたことにもなります。

 ですからこれは、わたしたちへの裏切りではないのでした。


「ああ、彼の考えそうなことだね……。そうか、気を使ってもらっていたみたいで、悪かったねキシリール」

「姫様……申し訳ありません……。この里で、貴女の笑顔を見ていると、どうしても言い出せなくて……」


 お姫様は悩みました。彼女は王族、裕福で飢えない立場にあった以上、王族の義務を果たさなければならない。


「ならボクも正直に答えよう。ここに落ち延びる前はね、いつかチャンスが訪れた日に、兄の仇を討ち、汚名をそそぐため耐え忍ぶつもりでいた。だが今は里の空気に飲み込まれている。いつまでもここの連中と、バーニィとバカをやっていたい……。もしももし反乱の旗印になれば、どんな結果になろうとも、もうここには帰れないんだ……」


 反乱に失敗すれば不名誉な死。成功すればパナギウムの女王にならなければならない。

 戻ることは里が許しても、彼女の国が許してはくれません。


「やっぱりそうですよね……。わかりました、姫様、貴女を巻き込むのは止めにします。死んだことにはできませんけど、他にも代役はいますし。その気はもうないと、騎士団長に伝えます」

「だったらちょうど良いにゃぁ~。明日、大先輩がタルトたちを送りにレゥムに行くにゃ」


 すみませんが少し脱線します。

 わたしや男衆からも説得してみたのですが、結局タルトは帰ると言い張って聞きませんでした。


「まさかお前、それを計算してふっかけてきたのか……? まあいい。玉座はもう要らないというなら、俺から団長に手紙を送る。姫様、それでいいですか?」

「それは、悪い待ってくれ……。まだそこまでの覚悟は……。私はわからない」


 答えは出せない。姫は悩み込んで水面を見つめて動かなくなりました。

 長い沈黙が過ぎ去り、それでも返答が浮かばない彼女の手元に、水面への強い負荷がかかりました。


「ッ、きたっ! この手応えっ、間違いない大物だ!」

「手伝うにゃっ! ほらっ騎士様もお姫様を手伝うにゃ!」

「わ、わかった……っ」


 3人がかりで彼らは竿を力強く引きました。

 暴れ回る大物を、シベットの笑顔見たさに引っ張り返して、やがてついに彼らは釣り上げたのです。


「やったにゃっ、でっかいサモーヌにゃ! シベットとにゃーの大好物にゃ!」

「これがサモーヌ……なぁ、だがこれって少し大きすぎないかっ!?」

「ですが美味しそうです。これならシベットも元気になってくれますよ、姫様!」


 そのサモーヌは、わたしの身長と同じくらいの大きさがありました。

 銀色の綺麗な鱗を持っていて、見るからに脂の乗っている美味いやつです。


 煮てよし、焼いてよし、生でも絶品、それがサモーヌです。

 この日、キシリールとハルシオン姫はようやく打ち解けたようでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「お兄ちゃん、美味しいよ。アルスさん、キシリールさん、ありがとう。みんなの気持ちが嬉しくて、お腹と胸、いっぱいになりそう……」

「それじゃ意味ないにゃ! もっと食べるにゃ! 元気になってもらわないと、みゃーの頭の下げ損にゃっ!」


 それを鍋料理にして、みんなとシベットに振る舞うと、その日から少しずつクレイの大切な妹は元気を取り戻してゆくようでした。


「フフフ……キミのような美しいお嬢さんのためなら、次は大海に棲むという、ホエールフィッシュだって釣って見せよう。キミはモフモフっとしたところが実に素敵だよ、シベットくん」

「みゃーの妹まで……。このお姫様……筋金入りにゃ……」


 ですが残念でしたね。シベットはうちの娘にゾッコンなのですよ。

 あなたがいかに上手く言い寄ろうと、獣たらしのパティアの笑顔の前にはすべてが無力なのです。はい、親バカでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 その晩、わたしはハルシオン姫から騎士団長あての手紙を預かりました。

 答えはいまだ出せない。だから手紙で今の素直な気持ちを伝えることにした。そう手紙に記されていました。


 読んでいいとは言われませんでしたが、読んではダメとは言われませんでしたので。ちょっとした裏技を使って、盗み読みさせていただきました。


――――――――――

 ハルシオン姫の手紙

――――――――――

 私はこの里での生活が気に入っている。

 今の生活を手放してまで、国に尽くすべきかどうか悩んでいる。


 兄の仇は討ちたい。だが決意の無いままの私が国に帰っても、まともな旗印にはなれないだろう。

 本心を偽って国に帰ったところで、心のどこかで全て捨ててここに帰りたいと、願ってしまうだろう。


 兄を殺され、罪を擦り付けられ、争いが嫌になった。

 なぜ私がサラサールの尻を拭わなければならない。お断りだ。私は故郷よりも、私を信頼してくれるこの里を守って生きたい。私は姫じゃない。


 この里の騎士アルストロメリアだ。


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