35-2 ネコタンランドの民たち - キシリールとハルシオン -
クレイの妹、グレイブルーのシベットの病状は、この里に移住して大きく改善しています。
しかし生物である以上、体調に波があるのもまた必然です。
「もうお腹いっぱい……これ以上食べたら、吐いちゃうよ……」
「シベット、これじゃあの白いデブ鳥の方がまだ食べるにゃっ!」
「お兄ちゃん、しろぴよちゃんの悪口は……ダメ……」
「はいですにゃ」
ここ最近になってシベットは身体を崩して、食欲が小鳥と揶揄されるほどに落ちてしまっていました。
とはいえこれは周期的な症状だそうで、苦しいがしばらく耐えればじきに治るそうです。
「キシキシにーさん、ちょっと折り入って話があるにゃ」
兄のクレイとしてはとても見てられません。
そこであの狡猾なネコヒトは、バルコニーで休憩していたキシリールに目を付けました。
「クレイ、どうしたんだ? いつになく真面目な様子に見えるけど」
「シベットのことにゃ。最近調子が悪いみたいでにゃ……」
「大変じゃないか!」
「見てられないにゃ……。だからキシキシにーさんに頼みがあるにゃ! 美味しいお魚釣ってきて欲しいにゃ!」
美味い魚料理なら喉を通るかもしれない。
サモーヌやマッスン、キュエ、エルドサモーヌを釣り上げれば、きっとシベットが元気になる。
なんともクレイらしくもない安直な発想でした。
「美味い魚か……。わかった、今から釣り行こう! 大物ならみんなも喜ぶからな!」
「キシキシにーさんがお人好しで助かったにゃ! お願いするにゃ、ミャーたちには釣りの才能がないにゃ……」
ところがそこにもう一人の配役が現れました。
麗しの騎士アルストロメリアことハルシオン姫です。彼女は一部始終を立ち聞きしていたようでした。
「話は聞かせてもらった。可憐なシベットくんのためなら、ボクも一肌脱ごう。連れて行ってくれ!」
「本当かにゃ!? 頼もしいにゃっ、ぜひお願いするにゃ! 後はウサギさんかにゃ」
「い、いや、バーニィ先輩は少しその……」
キシリールが難色を示しました。
呼べばバーニィがまた、ハルシオン姫に無礼を働くことになる。それはもう最初から決まっているようなものです。
「でもウサギさんが一番釣り上手いにゃ」
「いやボクからも言わせてもらう。ボクは、あのスケベ男と同じ船に乗りたくない」
「それおみゃーさんが言うかにゃぁー……」
バーニィは抜きで。そういう形で決まりました。
どちらにしろ今日のバーニィは建築仕事が大詰めで、あまりやりたがらなかったかと思います。
●◎(ΦωΦ)◎●
湖の真ん中に船を浮かべて、アルストロメリアとキシリール、それと戦力外のクレイが釣り竿を湖水にたらしました。
狙いは大物。湖水を眺めながら、元姫君と逃亡騎士はぼんやりとした時間を過ごしていきました。
クレイさえいなければ、込み入った話もできたでしょうに。
「そういえばにゃー。みゃーは、二人の秘密を知ってるにゃ」
「なっ、なんのことだっ!?」
「ボクの秘密? フッ、多過ぎてちょっとわからないな」
かと思えば、クレイの方から踏み込んできました。
「にゃはははっ、隠してもムダにゃ。これは悪王の恨みを買った家臣と、お姫様の話にゃ」
「姫だって? もしここにいたらキミより早く嗅ぎ付けて、ボクが先に口説いてるさ」
わたしはクレイに教えていません。
どこで手に入れた情報なのやら、こればかりは性急に黙らせなければならないところでした。
「ごまかしてもムダにゃ。ニャンコの道はニャンコ、にゃーは情報屋にゃ、ハルシオン姫様」
「参ったな……。かくなる上は、うん。殺してしまおうかキシリール?」
「ひ、姫様っっ!?」
「にゃぁぁぁっ、そういう乱暴なのはダメにゃ! 脅しとかそういうつもりじゃないにゃ!」
「ならなんで知っている! 答えろっ、里と姫様の安全に関わる話だ!」
「ああ、ボクらを頼っておいて、なんて仕打ちをするんだろうねこのネコは……」
クレイの狙いは、里の生活になじんだキシリールとハルシオン姫に、己の役割を再び突きつけることです。
アルストロメリアをハルシオン姫に。キシキシの兄ちゃんを正騎士キシリールに。心をかき見出して、引っ張り戻そうとしたのです。
「まあまあ、にゃーは何でも知ってるからしょうがないにゃー。それよりキシリール様、里に来た目的は、ちゃんと果たしたのか、にゃぁ~?」
「お、お前……っ、なぜ……」
「目的? 聞き捨てならないな。まさかバーニィを慕っておいて、悪さするつもりじゃないだろうね?」
このときはわたしも知りませんでした。
キシリールにはこの里に来た際に、密命を与えられていたのです。
といってもそれは、わたしたちへの裏切りではありません。
彼の立場を考えれば、ごく当たり前の命令でした。




