34-9 小さな宝石と彫金師のアン - ねこたんのめ -
「水浴び……? 悪くありませんね、ではお任せします」
「任せて下さい! というより男爵様が面倒見ろってうるさくて……。行くよピッコロ、ファゴットとカールも外で待ってるよ」
厩舎でピッコロを休ませようとしたところ、そこにイヌヒトのラブレーが待っていました。
同居しているカールと一緒に、これからピッコロとファゴットを湖に連れていってくれるそうでした。
「そうだ、お前も来るか……?」
「うーうん、ありがてぇもうもうだが、これからなー、キラキラをなー、キラキラぴかぴかに、するんだー! またおさんぽ、いこーねらぶたん!」
「あの、何言ってるんですかコイツ……」
「ガーゴイルを倒したら、傷の入ったトパーズを手に入れたそうです」
ラブレーとパティアも関係がこなれてきました。
パティアの勇猛さと超魔力に、あきれ果てていたようですがね。
「ガーゴイル倒すって、お前どうなってるんだよっ!」
「ちがうよー。がーごんだよ? がー……がーごん」
「何で言えないんだよ……。ガーゴイル! 言ってみろよ!」
「がーご、いる。がご、いる……がごいる! いえたー!」
「言えてねえよ……。もういいや、じゃあねパティア、エレクトラムさん!」
いつもの風物詩です。ラブレーも同居人を持ってから、ずいぶん明るくなったように見えました。
ピッコロさんですか? ファゴットと水浴びという単語に興奮して、極めて従順にそのまま連れて行かれたようですね。
「いえたもん……がーごんは、がごいる。ほらー」
「はい、進歩はしているかと。ではアンのところに行きましょう」
「うんっ! アンちゃんにー、キラキラ、ぴかぴかにしてもらう!」
がごいる。響きに愛嬌があってわたしは好きですよ、パティア。
●◎(ΦωΦ)◎●
アンは彫金部屋で自分の仕事をしていました。
邪魔をするよう悪いですが、訪れたわたしたちは早速トパーズを見せました。
「はい、すぐに修理できますよ。ちょうど作業も一段落したので、今すぐ直しましょう」
「ほんとかー!? やったぁーっ!」
「いいのですか? 忙しいなら後でもかまいませんが……」
アンとパウル夫妻はわたしたち古株に、気を使いすぎだと思うときがあります。
しかしパティアからすれば、余計な一言でした。ジットリとした目で見られてしまいましたよ。
「男爵様のおかげで、研磨剤もたっぷりありますし大丈夫ですから。それにトパーズを取り扱うのも久々で、何に加工しましょうかね、パティアさん」
「え……」
「あなたが手に入れたものです。あなたが決めて良いのでは?」
パティアはピカピカにしてもらうつもりで来ただけです。
ですがアンさんとしても、彫金師としてどうやら張り切っているようでした。
「おお、そいつぁ、びっくりだぜ、だんなー。どしよ……」
「また男衆のまねですか。タルトみたいになったら、旦那さんが見つからなくなりますよ」
まあわたしからすれば、そんなもの見つからなくても困りませんが。
反面、孫の顔を見てみたい気持ちも……いえ、相応の相手でないとあり得ませんね。
「そうかー? タルト、かっこいいのになー」
「それは否定しません。それで、どうしますか?」
「うーん……いっぱいあるなー……」
小さいながらも合計16粒。大きさにもバラ付きがあります。
ですがどれも美しい石で、アンとパティアが夢中になるのもわかります。
「多すぎても困りものですね。ゆっくり考えてね」
「うん! ……あっ、そうだ! おんなのこたちに、あげよう!」
「いっそお弾きにでもしますか?」
宝石をお弾きにする里があっても良いと思います。うっかり紛失しそうですが。
「おおっ、キラキラのおはじきか! それもいいなー!」
「でもそれだと傷が付いて、いつかボロボロになりますよ。子供たちも傷が付いたら、悲しくなってしまうのでは……」
まあ言われてみればそうです。
それにお弾きを喜ぶのは年少組で、大きな子は宝石として着飾りたがるでしょうか。
「さすがにお詳しいですね。ならばアンさんのアイデアを聞きましょう」
「そうですね……銀のブレスレットなんてどうでしょうか。ブレスレットなら指輪より邪魔になりにくいですし、銀も細くして使えば安く収まる上に、オシャレでかわいいです」
悪くありません。拾い物の宝石と、少しばかしの銀で女の子の幸せが買えるなら、悪い投資ではないでしょう。
「おおっ、やっぱアンは、すごいなー。みんなぜったい、よろこぶ」
「パティアさんはどの石にしますか?」
「これ!」
見ればそれは一番小さい石でした。
少し感動しましたよ。手に入れたのは自分だというのに、謙虚にも娘が小さい物を選んだのですから。
「これ、ねこたんにつけて!」
「ええっ!?」
ただわたしやアンの予想の斜め上でした……。
そうでしょうとも、アンが素っ頓狂な声を上げて驚いていましたよ。
「いえパティア、痛いのはちょっと、遠慮したいのですが」
「あ、ちょっと、ちがった。えっとね、これー!」
するとパティアがあのねこたん人形を取り出しました。
良かった、そっちのねこたんでしたか……。でしたらなかなか良い用途だとわたしも思います。
「ここ。ここにつけて? できるか、アン?」
服の胸元に付けて欲しいそうです。
そこにピカピカの石が付いたら、子供心にオシャレだと思ったのでしょうか。
「名案ね。それならすぐできるわ」
「ほんとーか!? じゃあ、つくるところ、みててもいいか!?」
「どうぞ。少し待ってね」
パティアから小さなトパーズを受け取ると、アンが研磨材が塗装されたローラーを踏む。
それが宝石の表面をピカピカにしてくれる。
すぐにトパーズの傷が消えて、さらにそれを布で磨くと、輝きの増した宝石がパティアに見せつけられました。
「ぴかぴかになった! ひかってるぞ、ねこたん!」
「宝石は光を歪ませて、中に光を閉じ込めるのですよ。つまり傷が少ないほど、綺麗になるということです」
続いてアンがねこたん人形をパティアから借りて、慎重に取り付ける位置をパティアに聞きながら、バーニィが作った接着剤で人形の胸にトパーズを固定しました。
ふむ、わたしの分身が、少しばかし男前になったかもしれません。
「ほわぁぁぁ……これは、しゅごい! ねこたんが、ピカピカになった!」
「完成です。くっつくまでここで預かってもいいかな?」
「いいよー! とれたら、たいへんだ。ぺっちり、くっつけといて、アン! はぁぁ……パティアのねこたん、しゅごく、かっこよくなったなー」
見ればトパーズは丸く磨き直されていました。
これなら抱き心地も心配ないでしょう。
「里にあなたを呼んで正解でした。これからも頼りにしていますよアン」
「へへへーっ、また、あそびにくるねー! くっついたら、おしえてねっ、はやく、クーにみせたげないと、だからなー! そうだ、ここに、よんでくる!」
そんなに急がなくとも、仕立て部屋はすぐそこです。
だというのに元気な駆け足で、パティアは彫金部屋を飛び出して行ったのでした。
「やっぱりかわいいですね、あの子……。あんな子が欲しくなります」
「フフフ、なら期待していますよ。無粋なことは言いませんので、どうぞ夫婦でお好きなように」
「か、考えておきます……」
こうしてパティアの大切なねこたん人形に、丸くて美しいトパーズの勲章が追加されたのでした。
銀とトパーズのブレスレットが、女の子たちの手に渡る日も楽しみです。




