34-8 ピッコロさんとパティアのおさんぽ!
嵐が通り過ぎると、とても暖かい日が続くことになりました。
城でジョグとリセリがのぞき見をしていた頃、パティアは牝馬ピッコロの背にまたがり、森を散策していたようです。
「よしよし、ピッコロさんは、おりこうだなー。きょうはー、いいてんき。ほらみて、キラキラのもり!」
暖かな日射しが隠れ里の森に、くっきりとした木漏れ日を作っていました。
ピッコロは背の上の少女に向けて小さくいなないて、明るい足取りで森を歩いてゆきます。
「ピッコロさん、ちょっとみぎだ。あそこに、キノコあるぞー。……へへへ、さいしゅーするから、ちょっとまっててねー」
尻尾を振ってピッコロが応えると、パティアは春のシメジをかき集めて、ピッコロの荷物袋に詰めていきました。
幸運にもその付近にラズベリーが実っていたようです。
ピッコロさんがそれに気づいて、シメジの採集が終わるなりパティアを誘導してくれました。
「あっ、ベリーだ! はぐっ……あまぁぁーいっ♪ はぐはぐ……あ、ピッコロさんも、たべるー?」
ピッコロさんがしきりにうなづくと、パティアはオーバーオールのお腹にラズベリーを積めていきました。
その後ひとしきりため込むと、馬の鼻面にたくさんの果実を突きつけて分け与えたそうです。
「おおー、ピッコロさんも、ベリーすきだなー。いいたべっぷりだ……パティアもまけない、はぐぅっ!」
ベリーは小さく、馬の口は大きい。たった一口でたくさんのラズベリーが馬の腹に消えてしまいました。
若干後悔したのでしょうね。ずるいと言わんばかりに、残りを自分の腹に収める姿がわたしには見えます。
「みんなのぶん、わすれてたなー……。ピッコロさん、あつめるから、みはっててね」
ベリーの採集を済ますと、再びパティアはピッコロの背に乗りました。
何せ娘は小さいですから、わざわざ馬の方がしゃがんで乗れるように促してくれるのです。
二人はその後もポコポコパカパカと蹄を鳴らして、隠れ里の森を歩き回りました。
パティアもピッコロもすっかり環境に順応しています。
「あのなー、それはなー。おなかいたくなるやつ、だぞー。それとなー、あっちのキノコは、たべるとなー、しぬ」
わたしに毒だと教わったものはしっかり避けて、以前痛い目に遭ったグリンベリーもパティアは敬遠しました。
まるで親に毒物を教わる野生動物みたいですね。
「へへへー、ほめるなよー? パティアは、せいちょー、してるのだ。ねこたんがいなくてもー、わかるんだぞー、ピッコロさん」
ええそうです。とにかく食い意地が張っているので、食べ物に限っては物覚えが良いのです。
特に一度美味しいと覚えた物は絶対に忘れません。
しかし語学、計算、歴史となると、いまだにまるでダメでした……。
うちの娘は野生児なのです……。
「ピッコロさん、そのくさ、すきだなー。そのくさ、いっぱいあるとこ、パティアしってるよー」
ピッコロは森で食べられる草をはみながら、のん気なパティアの代わりに周囲を警戒してくれます。
パティアはそのピッコロの背の上から、丈夫な植物のつるや、高いところに実るサルナシなどの実を集めて回りました。
●◎(ΦωΦ)◎●
ところがしばらくすると、ピッコロが急に立ち止まり、一歩後ずさって小さくいななきを上げました。
首を左右に振って、この先には行けない。注意しろとパティアに警告を送ったのです。
「どうしたー、ピッコロさん? こわいのいたらなー、パティアが、やっつけてやるぞー。お――なんじゃこりゃぁー!?」
馬の背の上でパティアは絶叫した。
恐らくは嵐の影響でしょう。森ではレアなモンスター、野良のガーゴイルと遭遇していました。
石の悪魔は重量感あふれる動きで、馬にまたがる少女に迫ってくる。
ピッコロが後ずさりながら、パティアがウサギ型リュックから本を取り出します。
それはわたしが出発前に押し付けた、ナコトの書です。
「なまえ、なんだっけ……ねこたんがー、にがてなやつ。えーと……がーごん?」
のほほんとしたパティア、焦るピッコロ、迫り来るがーごん。そんな緊迫した状況で、パティアがナコトの書を解放する。
軽戦士であるわたしが苦手とする、石の怪物を標的にして、娘はメギドフレイムの超魔力を増幅しました。
ガーゴイルからすればパティアは天敵です。動きの鈍い者は、問答無用の超火力で焼き払われることが最初から決まっていますから。
迫り来る石の悪魔に、ジョグ並みの巨体を持つ怪物に、パティアは腕をかざして放ちました。
「めぎどぉぉ……ふれいむぅぅーっっ!!」
全てを焼き払う炎、かつて世界を滅ぼしかけた術で、魔界でも有数の危険なモンスターをパティアは難なく白い炎で焼き払ったのです。
「おおーっ!?」
ガーゴイルは宝の万人とも呼ばれています。
石の悪魔と共に炎がこの世より消滅すると、敵のいた地面に小さな宝石がこぼれ落ちました。
「ピッコロさん、ゆけー!」
ピッコロと共にその宝石に駆け寄ると、パティアは背から飛び降りる。しばらくすると、ピッコロの鼻先に合計16個の宝石が突きつけられました。
「じゃーんっ! みたことない、キラキラ! なんだろなー、がーごんからー、でたから、が……がごーんすとーん?? がごーんっ!」
ピッコロさんの困った顔が目に浮かびます。
女の子ですから、それはもう嬉しそうに小粒ながら沢山の宝石に舞い上がり、ええ実際クルクルと踊っていたことでしょう。
しかし木漏れ日と、屈折率の高い石の組み合わせが、そこに思いもしない者を呼び込みました。
魔界にはジャイアント・クロウと呼ばれる大ガラスがいます。人の背丈ほどの体長を持つ巨大なカラスで、それが突如として天から襲いかかってきたのです。
「おわぁぁーっ!?」
ピッコロがパティアの服のすそを噛みついて、力いっぱい引っ張ったことで事なきを得ました。
「ピッコロさんなにす――ほわぁっ、なんじゃこいつわーっ!? あ……」
それだけではありません。うちのパティアに何をするのだと、ピッコロさんは男爵との友情もかねて怒りました。
ジャイアント・クロウに飛びかかって、前足で踏みつけようとしたのです。
直撃はしませんでしたが、攻撃はかすりました。
すると怒れる馬は敵に回したくなかったようで、巨大なカラスは天へと逃げ去ってゆくのでした。
「ぉぉぉぉ……ピッコロさん、つよい、かっこいい、パティアをまもってくれた! おーよしよし、ピッコロさん、いいこいいこ!」
ピッコロもまんざらではなかったでしょう。
後でパティアがわたしに何度も言っていました。ピッコロさんが助けてくれた、強くてカッコいいと。
「あ、そだ。あのな、ピッコロさん。パティアは、かしこい。もう9さい、だからなー、ねこたんたちに、おしらせする。いくぞぉー、ぴっころさん!」
そうですね。狙われたのがあなたで良かったです。
ですがこの話にはオチがあります。これは結界の外側で起きた話なのです。
また勝手に結界を抜け出して、パティアは危険な外の森を、悠々と馬まで連れて散歩していたのでした……。




