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34-4 嵐の夜に

 ほどなくして隠れ里の星空を暗雲が飲み込みました。

 叩き付けるような土砂降りの豪雨に、激しい暴風が古城の周囲で暴れ回り、わたしたちはいつもとは違う夜を過ごすことになったのです。


 夕飯の準備どころではありませんでしたから、食べるのも遅くなりました。

 今はこうして食堂に集まれる者だけ集まって、今夜の晩餐に手に付けておりました。


 慌てて収穫したトマトとほうれん草の野菜スープは、しっかり洗い切れなかったのか、少しばかし砂っぽい。

 それに作り置きのパンと、干し肉を浸して、いつもよりわびしい夕飯を腹に納める。


 誰よりも早く出されたものを平らげると、わたしはアルストロメリアのバイオリンを拝借いたしました。


「怖いよ、マドリ先生……」

「僕も――じゃなくて、大丈夫だよ、お城の中は安全だから」


「そうですよ~。ここには強いネコさんもいますし、バーニィさんたちもがんばってくれてますから」

「べ、別に俺、怖くなんかないし……!」

「声震えてるけどねー」


「ふ、震えてなんか、いいいねよーっ!」

「メッチャビビってんじゃんカール……」


 大人の大半は出払っています。

 城にこもったのはいいのですが、嵐はわたしたちの想定を越える暴れん坊でした。


 風があちこちの古い木戸をぶち破り、城内に暴風と豪雨を叩き付けるものですから、慌ただしく対応に追われていました。


「ク、クゥゥンッ……」

「おーよしよし。ラブたんはー、パティアが、まもってあげるからなー」


「別に怖く――ヒャンッ?!」


 そのとき激しい雷鳴がとどろき、ラブレーに悲鳴を上げさせました。

 バーニィと一緒にいたときはまだ落ち着いていたのですがね、今はパティアの隣の席に座り込んで、ピッタリと肩とお尻をくっ付けておりますよ。


「ラブたん、ふるえてる……。でへへぇ、かわいい……」

「い、今のはちが……」


「よしよし、いいこいいこ。こわくないよー?」

「クゥゥン……あ、ちが……っ」


 もはやただのしゃべるワンコです。

 パティアの方はもう少し、嵐を怖がるべきだと思うのですがね……。


「エレクトラムさんが教えてくれなかったら今頃、大変なことになっていたでしょうね……。あの、ところでボク、じゃなくて、私は手伝わなくていいのでしょうか……?」


 マドリは年少組の女の子たちに囲まれていました。

 中身は良家の男の子ですから、居心地が悪そうに見えます。


 [ボク][私]を頻繁に間違えるのは、リードも内心は怖がっているのでしょう。

 気丈にもちゃんとお姉ちゃん(・・・・・)してくれていました。


「マドリさんがいなくなったらー、誰がその子たちを慰めるんですか~?」

「ほらグズるんじゃないよ。城の中にいりゃ雷なんて安心さ。それより食べな、食べ物を粗末にするんじゃないよ」


 クークルスとリセリ、少し意外なところで赤毛のタルトにまで子供たちがくっついています。

 ジョグは城の緊急補修に出払っていますが、いたら同じくモテたでしょうね。


「ねこたんねこたん、はやくえんそーして! あらしのおと、おもしろいけど、ねこたんのー、ばおりんもききたい!」

「フフフ……思えば出会った頃からあなたは剛胆でしたね」


「ごーたん? それって、だれー?」

「勇気が有り余って手が付けられないってことですよ」


 パティアだけ食欲旺盛にスープへと手を付けていました。

 マドリの両手も塞がっていますし、パティアの竪琴では嵐に音量で負けてしまいそうです。


 ここが今夜のわたしの持ち場なのでしょう。

 嵐を怖がる子供たちはパティアの揺るぎなき勇気に、尊敬と羨望の眼差しを向けていました。


 恐怖に対する耐性は人それぞれ。

 野生でも攻撃的な種ばかりが栄えるとは限りません。


「それでは皆様、今夜はわたしのバイオリンにお付き合い下さい。パティア、食事が終わったら手伝って下さいね」

「わかったっ、ごーたんに、まかせろー!」


 あだ名と勘違いしているような気がしました。

 が、怖がる子供たちをこれ以上捨て置けません。


 やさしく暖かい曲を選びました。

 旋律を追いやすいゆったりとしたテンポで、わたしは弦楽器の甘い音色で食堂を満たしてゆく。

 うなる風音と、度重なる雷鳴に飲み込まれていた聴覚が、音楽に上書きされていったのです。


 せっかくの綺麗な旋律が、雷鳴にかき消されてしまう難こそありました。

 しかしそれもわたしとしては、悪い感覚ではありませんでした。


 恐ろしい嵐と一つになって、負けないように音楽で抗うことは、どこか心地よく感じられたのです。

 子供たちの視線が演奏者に集まり、恐怖を混じらせたの顔色に、わずかな喜びが浮かびだしました。


 パティアはもりもりと食事を進めて、嬉しそうに、自慢げにこちらを見つめています。

 嵐すらかき消す、自慢のねこたんの姿が誇らしそうにです。


 やがて食堂に笑顔と食欲が戻り、わたしとパティアはいつまでもバイオリンと竪琴で、嵐に怯える仲間たちを慰めていったのでした。


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