34-3 ラビットストーム 嵐が来た日
・うさぎさん
「嵐が来るぞー! お前ら急げっ、アレが来る前に今できることをするぞ!」
パティ公の結界と、俺たち精鋭の戦士がいればここは安全だと思っていたが、ソイツは間違いだった。
男衆とタルトがまだダラダラと滞在していてくれたことに、今は感謝と幸運を覚えるよ。
「バーニィッ、水路はうちの連中だけでどうにかなりそうだよ! それより子供たちは大丈夫だろうね!?」
「一応確認は取ったがわからん! 全員で今できること、しねぇとならねぇからな!」
「ああもうっ頼りにならないねぇ! ならそれはあたいがやるよ!」
「おうっ任せた! ったくもう、しっちゃかめっちゃかだぜ!」
パティ公に聞かされたときは、悪いが冗談かと思ったわ。
今日は雲もほとんどねぇ快晴だったからな。だが今思えば、ソイツは嵐の前の静けさってやつだった。
「ウサギさんウサギさん、お元気ですかにゃぁ~?」
「てめぇクレイ、まさかこの期におよんでサボってますとか言うなよ!?」
「ひどいにゃぁ! 北側のバリケードに応急処置の人員を回して欲しい。って伝言を頼まれたにゃ」
「わかった。もちろんお前さんも手伝うんだろ? かわいいシベットちゃんの安全のためだしよ」
「もちろんにゃ。ここでサボったら、大先輩にケツ蹴られるにゃ。蹴られてみたいけどにゃー♪」
そう言ってクレイは北に引き返していった。
やることをいくつかに絞ってな、そのうちの1つがバリケードの補修だ。
どっちにしろ嵐で痛むとわかっていても、非戦闘員を山ほどを抱えた今となっちゃ、バリケードは俺たちの生命線だ。
後は畑の収穫。嵐にやられる前に、食えるやつを急いで収穫することにした。
それから水門の補修、避難先となる古城の点検だ。
他にも個人個人でやりたいこともあるだろうからな、既に時間が足りてねぇわ。
ああ、これでわずかに残ってた桜の花ともオサラバか。タルトに隠れて、リックちゃんを酒に誘いたかったんだがな……。
「バーニィ、姉御のやつは?」
「おう、ガキどもの見回りだ。水路の封鎖はもう終わったのか?」
その後もああしろこうしろと、里の仲間に怒鳴りつけて回っていたら、タルトの右腕と男衆がやってきた。
「ほぼな。だが増水で畑をやられたくないだろ、半分残して小さな堤防を作らせている」
「そりゃすげぇ、お前らが来てくれてマジで良かったわ。じゃ、悪いがバリケードの補修を頼まれてくれ、北のやつを直しておきたい」
「ところでバーニィ、姉御のことなんだが……いや、今はそれどころじゃねぇか。わかった、お前ら行くぞ!」
「おいおい、まさかタルトに里に残れとでも、俺に言わせるつもりか? ソイツは無理だ。アイツがレゥムにいないと、俺たちみんなが困るんだよ」
ヤツには反論があったようだが、口論してる場合じゃなかった。
その後、ネコヒトが戻ってきたから俺の役割を押しつけて、俺は一足先に城の整備と材木の搬送に力を入れることにした。
嵐が来た。真っ黒に染まった南の空が轟々とうなり声を上げて、南天間近の太陽を飲み込み、世界を真っ暗闇と雷光で染め上げた。
作物の被害、バリケードへのダメージ、建築中だった家の方も気になる。だが今さらどうにもならねぇ。
急に冷え込みだした暗い城にこもって、俺たちは嵐の通過をただただ待った。
●◎(ΦωΦ)◎●
その頃、パティアは――
「はーい、みんなのお仕事はここまでです。後は大人の人に任せましょうね~♪」
泥だらけになって、子供たちと一緒に収穫を済ませたところでした。
採ってしまうと保存の利かない作物もありますから、しばらくは野菜尽くしになりそうです。
「って、どこ行くんだよパティア!」
「パティアあんたっ、クークルスさんの話聞いてないでしょ!」
しかしうちの娘は元気が有り余っていますから、辺りが一気に暗くなろうと、冷え込もうと、まだまだ外の大人を手伝う気でいっぱいでした。
「ちょっとなー、やってみたいこと、ある。だから、ちょっといってくるねー」
カールとジアが止めようとしたところで、聞く耳なんて持ちません。
困った娘は制止も聞かず脱走して、男衆たちが撤収しかけていた水門側に向かいました。
「ぱ、パティアお嬢っ!?」
「外は危ねぇですって! すぐ戻ってくれよ!」
「怪我なんてされたら、エレクトラムさんが落ち込んで、今夜の演奏もしてくれなくなりますぜ!」
その時のわたしの頭にはありませんでしたが、それは名案でした。
吹き荒ぶ嵐も、音楽があれば恐ろしくなどありません。
「ちょっとなー、おてつだい、しにきたぞー」
「いえもう城に戻るんですって、俺たち!」
「一緒に帰りましょうよ、パティアお嬢!」
「さすがのエレクトラムさんも怒りますよ!」
ええ、怒られて当然かと。
しかしパティアは静止を聞かずに、その腕を水門側の森に突きだしました。そして放ったのです。
「あいすーー……あいす……なんだっけ? えと、んーー……あいす……あいすかべーっっ、とや~~っっ!!」
耳を疑いましたが、城のバルコニーから見ればその現象は事実でした。
アイスウォールの術をひらめいたパティアは、強大なその魔力を、ただ里を守るために使ったのです。
「こ、凍ってっ、うぉぉぉぉーっっ?!」
「パティアお嬢っ、これじゃ俺たちのがんばりが……嘘だろ、どんな魔力してるんだすげぇぇぇっ!?」
東に存在していたバリケードをまとめて、凍り付けにしていったのです。
放たれた2つの魔力が連鎖して、水門から北へ、水門から南へ伸びて、バリケードを凍らせて、見事一瞬で増水対策を施してしまいました。
「ぐへぇ……ち、ちかれ、ちか、れた……。おじちゃん、だっこして……」
「パティアお嬢っ、大丈夫っスか!?」
そこまでして里を守りたいと思ったのでしょう。
パティアは魔力を使い尽くして、男衆の足にしがみついてへたり込んだそうです。
ナコトの書無しでパティアはとんでもない大魔法を見せて、東に防波堤を築いてくれました。
「あのね、おじちゃんたちあのね……? ねこたんには、ないしょにして……?」
「それは無理ですぜお嬢。こんなことできるの、パティアお嬢さん以外にいませんっての!」
「ぅ……なんて、こった……」
「じゃあ帰りましょうぜ、俺たちの女神様!」
「おわぁぁーっっ!? なんで、みんなでパティアをっ、だっこするーっ!?」
わたしがこの事件で実際に見たのは、パティアが全身を男たちに抱えられて、お空を飛んでいる姿でした。
「ねこたんただいまーっ! あのなあのなーっ、パティアおそらな、とんでみたい!」
最初は驚いていたそうですが、空がうなり声を上げているというのに、ご機嫌で笑っていましたよ。
その言葉も、いつか実現してしまいそうな、妙なインパクトがありましたよ。




