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4-5 珍妙不可思議の井戸の底 2/2

「ねーーこーーたーーんっっ! どこいってたっ、なんできえたっ?! パティアなーっ、パティアっ、ねこたんがおばけに、さらわれたかと、おもったぞっ!!」


 井戸の前に戻ると、ブロンドの我が娘が半泣きで飛びついてきました。

 バーニィの方はそれを今まで落ち着かせていたんでしょう、心の底からホッとしたのか安堵のため息を吐いておりました。


「脅かすなよネコヒトよぉ……。見ろ、井戸の底で何があったんだ……?」

「おや、井戸桶の作り直しですね。どっちにしろここは、封鎖することになりますが」


 バーニィが寸断されたロープをわたしに見せてくれました。

 古いとはいえ井戸用の頑強なロープが鋭利に寸断されている。


「ねこたんっ、せつめいしろーっ! ねこたんは、ねこたんはパティアのまえから、いなくなっちゃ、だめだぞー! ねこたんいなくなったパティアは……ぺ、ぺー、ぺー? ぺっとれす? になる!」

「わはははっ、なに言ってんだパティ公っ、まぁ気持ちはわかるけどなぁ~!」

「あなたのペットになった記憶はありません、そこはみなし児と言い換えて下さい」


 そこでわたしはおみやげがあったことを思い出した。

 人に物を与えるだけなのに、どうしてわたしまでこんなに暖かい気持ちになるのでしょう。


「あ、うんっ、そうともいうなー!」

「そうとしか言いませんよ。それはそうと、はい、おみやげです」


 やわらかい毛並みにしがみつくパティアを引きはがし、懐から蜂蜜色のプリズン・ベリルを取り出して少女の手に握らせました。わたしのガラにもなくやさしく。


「ゎぁ…………」


 パティアは夢中で黄色く美しい宝石を見つめた。

 小さな両手で大事に抱え込んで、近すぎるくらいに顔を近付けてキラキラの石をただただ観察し続けました。

 意外と静かな反応だったものの、目が離せなくなるくらいには喜んでくれているようです。


「おいそれ、俺の記憶違いじゃなかったらだけどよ……プリズン・ベリルか?」

「そうですよ、バーニィ・ゴライアス。2000万ガルドを盗んだ抜け目ないあなたなら、この意味がわかりますね」


 バーニィは井戸の前に戻って底を見下ろしました。

 明かりを照らさなければ真っ暗闇しかないはずです。

 わたしも彼の隣に寄って中を見る。……井戸の底は遠く深く、だがごく弱いエメラルド色に光っていました。


「バニーたんバニーたん、これー、これなー、これみてくれー! ほらほら、きれいなキラキラだぞー! これ、ねこたんがくれたっ、こんなにきれいなやつ、いいだろっバニーたん!」

「あ、ああ……そりゃなかなかのお宝だ。いや問題はそれじゃねぇ、この事実だ……ネコヒトっ、この井戸の先には何があったよ?!」


 そうそれが封鎖の理由ですよバーニィ。

 この井戸はわたしたちにとって都合が悪い、あってはいけないものなのです。


「白亜の迷宮がありました。わたしはモンスターを倒しながら地底から地上を目指した。パティアにあげたその財宝を手にして、最後の祭壇部屋で、このレイピアを手に入れて広場に帰還したのです」


 バーニィがわたしのレイピアを確認する。

 何の変哲もない普通のレイピアです、状態が良いだけで、あまりに普通で申し訳ないほど手がかりにならない。


「むしするなーバニーたんっ! ねこたんせっとくしてやったおん、わすれたかー?! けんなんてー、どうでもいいから、パティアのキラキラ、みなきゃだめだぞー?!」

「だぁ~っしつけぇっ! 大丈夫だちゃんとわかってるよ、そいつを売れば、蜂蜜とバターの付いた甘いパンケーキが1000枚は食えるかもな!」


 ソレ、子供にもわかりやすい良い例えですね。

 食いしん坊な女の子は、キラキラとおっさんの顔を交互に見比べて悩みました。どっちも捨てがたいようです。


「確かに封鎖するしかねぇわ……悪ぃ、俺が井戸の話を進めなきゃ、こんなことにゃならなかったな……」

「それは下らない結果論です。城の井戸が迷宮に繋がってたなんて、おとぎ話でもこんなのありませんよ。しかしこうなったら地道に湖をここに繋げるしかありませんね」


 するとわたしの言葉にバーニィが調子を取り戻す。

 彼は井戸よりもそっちのプランを元々進めたかったのです。前向きに結果を受け止めていました。


「何も見なかったことにしようぜ、ネコヒト。井戸なんて最初からこの城にはなかった、そうだな?」

「ええ、ここに富をもたらす迷宮があると、人間の冒険者にもし知れれば、城は襲撃され、最悪は占領されてしまうでしょう」


「それだけじゃねぇ、魔族が入れる迷宮だ、魔族側にこれが漏れたら……これシャレにならんぜ。宝石鉱山を見つけたようなもんだ、種族なんて問わず世界中のウジ虫どもが、ここに群がってくるわ……」


 わたしたちが欲しいのは富ではなく生活、美しい湖水と豊かな森、安全な城壁に守られた今の平和です。


「ええそうしましょう、封鎖しちゃいましょう。わたしたちに冒険などというスリルは必要ありませんからね」

「えー。でもなー、パティアはなー、めいきゅう、はいってみたい。まほうで、やっつけてー、パティアもキラキラ、みつけるー!」


 ところがパティアにはまだ、そんな込み入った物の考え方などできるわけない。

 これは魔物のいる森を、平然と1人歩きする行動力と蛮勇を持った娘です。

 起こり得る可能性として、この子がわたしたちに黙って迷宮を下ることも十分にあり得ました。


「パティ公、もし勝手に入ったら俺とお前は絶交だ、釣り竿も貸してやらん、夜のおはなしも2度と無しだ、わかったか!?」

「えーーっ!! バニーたん、そこまでいうかー……バニーたんのおはなし、もっとききたい……うぅ……なやむなー……」


 子供というのは融通が利きません。

 絶交だと言われたら死ぬまで絶交、無しと言われたらずっと無し、嘘吐きの大人とは価値感が違う。


「パティア、わたしが良いというまで入ってはいけません。あなたが一人前になったら、内緒で1度だけ連れて行ってあげますからわかって下さい。わたしたちは心配なのです、あなたが」

「そうかー、ねこたんとバニーたんはー、しんぱいしょうだなー。わかった、ねこたんと、パティアと、バニーたんの3にんの、ひみつだー!」


 こうして古城に隠されていた迷宮は、日の目を見ることなく存在を抹消されたのでした。

 わたしたちに冒険は必要ありません。ゆっくりとここで暮らせればそれで十分です。


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