30-3 ベットンのおみまい
・(ΦωΦ)
シベットの生活は古城の2階、そのベッドの上が中心でした。
かわいそうに病弱な彼女はちょっとしたことで熱を出したり、調子が悪い日は部屋にこもりきりになるほどです。
クレイがこの里に呼びたがったのも今ではよくわかります。
それに実際、彼女の病は魔界の空気が起因するという説もあるそうです。
魔界と人間の国の境界にあるここなら、いつかもしかしたらがあり得るかもしれませんでした。
「ベットンいるー? あ、いたーっ、よかった、おきてたかベットン」
そんな彼女の療養生活に、里に移り住んでからはパティアの姿が加わることになりました。
ベッドに寝そべるシベットの前に、パティアとしろぴよさんがかけてきたのです。
「あ……お花」
ちなみに次の新居は、クレイとシベット、2人の従姉妹ダマスカスのための家に決まっていました。
「へへへー、ベットンのためにー、とってきたぞー。はいっ」
「ピュィッ♪」
パティアと白い花、しろぴよが桃色の小花をそれぞれ寝そべるシベットの胸の上に乗せます。
シベットはそれを両手で受け取り、鼻へと寄せて春の匂いを嗅いだそうです。
彼女は日によっては自由に外出することも難儀な身体でしたから、森からのおみやげは何だって嬉しいと言っています。
「えと……それでな? ベットンに、たのみがある。ベットン、さわってもいー?」
「どうぞ……パティアに撫でられると、気持ちいいから、さわって欲しい。苦しいの全部無くなるよ……」
それと、パティアは鎮痛剤になれるんだそうです。
「くるしいか……。そか、よしよし……びょうき、よくなるといいね」
「ピヨ、ピヨヨ……」
「ありがとう……。ずっと諦めてたけど、ここでならもしかしたらって……」
「もしかしないぞー。また、とろろすとーん? とってくるからなー」
「でも、良いのかな、私ばかり……」
とろろではありません、トロルストーンですよ。
着用者の生命力を高めるこの石は、シベットが里に来てより価値が増しました。
「おれいはー、もふもふでいいぞー。はぁー……ベットン、かわいい……」
「私から見たら、パティアの方がずっとかわいいよ」
「へへへー……それはー、よくいわれるかも」
「ピュィッピュイッ」
「あっ、そうだったなーしろぴよー。あのね、わすれてたけどー、ベットンのすきなの、とってきたよー!」
お見舞いのラズベリーがどこから現れたかなんて、想像しなくともおわかりでしょう。
腹の大きなポケットから、パティアはラズベリーを両手いっぱいに取り出して、シベットの前に差し出しました。
グレイブルーのネコヒトはそれを2粒受け取り、口へと運びます。
「美味しい……私、ラズベリー好きだよ。うん……本当に私、元気になれそう……」
「そうだぞー。これたべてればー、パティアみたいに、げんきになるぞー。パティアがほしょーする!」
「ふふふ……お兄ちゃんが送ってくれた高い薬より、ずっと効いてる気がする……。魔界の外側って、思っていたより過ごしやすいんだね」
「パティアがまほーで、げんきにできたら、いいのにな……おわーっ!?」
そのまっすぐな気持ちが嬉しくてたまらなかったそうです。
パティアの顔をふいに舐めたくなってしまって、シベットは身を起こすとパティアの頬を2度も舐めていました。
「でへへ……ベットンに、ペロペロされて、しまった……でへへへへ♪」
「沢山ありがとう。お礼に……私とお兄ちゃんの秘密、教えてあげる」
「ひみつか!? しりたい! ベットンの、すべてが、パティアはしりたい!」
「あのね……エレクトラムさんにも、子供の頃があったの。わかる?」
親にも幼少期があっただなんて、普通の幼い子供は想像もしないでしょう。
ですがパティアは賢いですから、シベットの言葉を頼りに妄想を広げました。
「こどものころの、ねこたん……こどもねこたん……お、おおー、でへ、でへへへへ……♪」
「あの、どうしたの……?」
「かわいかったんだろなぁ……ぜったい、かわいいと、おもう……こどもねこたん……あってみたい……」
「うん、魔王様に愛されてたんだって。どこの誰よりも……」
年月が過去を美化します。どこの誰よりも、たしかにわたしはあの方に愛されたかもしれません。あくまで愛玩動物として。
シベットはクレイに少し似ている部分もあります。わたしと魔王様の伝説を、美化して夢見るところが。
「はっ……?! それは、もやし……」
「もやし……?」
「あれ……もや、もや、あっ、もしやだ! もしやー、それはー。おんなか……」
「う、うん……知っている人少ないけど、魔王イェレミア様は、本当は女性だったんだって……」
わたしの娘はどうしてこんなに嫉妬深いのでしょう。
いえというよりも、パティアにとってわたしは大切な所有物に近く、それゆえ誰にも渡せないという感情が働くのでしょうか。
「ねこたんの、むかしのおんな……。いえみあ……」
違います、イェレミア様です。
「え? あの、私が言いたいのはそういうのじゃなくてね……ううーん、あのね、私とクレイは、エレクトラムさんのお姉さんの子供の、そのまた子供の子供の、遠い子供なの」
この話をパティアから聞いたときは、堪えようもなく嬉しく思いました。
似ていると思っていたのです。それが血族の中でまだ生きていて、再びわたしのところに集ってくれただなんて、シベットの将来の子宝を祈らずにはいられません。
「そ……そうなのーっ?!」
「本当だよ……でも気を使わせたくないから、秘密だよ? お兄ちゃんも、だからあんなにエレクトラムさんのこと慕ってるの」
クレイが大切にしている妹に嘘を吐く可能性は低いでしょう。
しかしながら、こればかりは聞かなかったことにしました。
「うんっ、わかったー! あっ、そうだー、じゃあ……パティアは、んーー……。ベットンのママ……?」
「えっ……?!」
「ママ、みたいなかんじの、なにか……? むずかしい……」
「そ、そうかもね……。ミャッ?!」
ママだと思ったので、ママらしいことをしてみたそうです。
小さな少女はシベットの胸にギュッとしがみ付き、ベッドに寝そべるようにうながしました。
「しょうがないなー。それじゃー、ママがな、そいね、してあげるね。どっこいしょ……これでよし。ねよーベットン♪ あ、しろぴよはー、ベットンのおなか、あっためてー」
「ピヨョッ♪」
パティアがやさしく小柄なシベットを撫でると、気持ちよさそうに猫目がまどろみ、ねこたんの魔法みたいに眠ってしまったそうです。パティアいわく。
「みゃぁー、シベット~、お兄ちゃんが看病しに……にゃ?」
「とりこみちゅう」
「これはこれは失礼しましたにゃ」
安らかな寝息を立てるシベットと仲睦まじいパティアの姿に、さすがのクレイもその時は空気を読んだそうです。




