4-5 珍妙不可思議の井戸の底 1/2
わたしは真横へと転落していた。
そんなことあるはずないのですが、落ちたわたしは水平方向に吹き飛ばされて、受け身もそこそこに床の上を転がり滑りました。
「ふぅぅ……っ。今度こそ死ぬかと思いましたよ……。おや、ここは……?」
白亜の壁と通路がネコヒトの目に映りました。
最近は年寄りの脳に酷なことばかり起こる。わたしは周囲をしきりに見回して我が目と現実を疑いました。
「あの2人はどこに……何ですかここ、どこからわたしは、落ちてきたのだろう……」
井戸の底には珍妙不可思議な空間が広がっていました。
遺跡構造を持った白亜の壁と部屋の集まり、これは俗にダンジョンと呼ばれるものではないのか。
いや問題はそこではない、帰り道がなくなっていたのですよ。
天井を見上げてもそこに穴はなく、わたしが横に落ちてきた背中側に振り返ると、そこに大きな扉が立ちはだかっていました。
「どうもこれはまずいですね……戻れないだなんて」
しかし扉は堅く口を封じてわたしの帰還を拒んだ。
押してダメなら引いてみろ、といきたいですけど引き手すらないときます。
「やはりダメですか、何なんですかここは……」
まさかの横開きといういちるの望みにかけてみたところで、そんなわけがない。
それにしても驚きました。この迷宮が存在しないとされる地に、こんな規格外のものが隠されていただなんて。
おまけにここが本当に迷宮と呼ばれる場所だとするならば、魔界の常識から完全に逸脱している。
本来、魔族であるわたしは入ることどころか、近づくことすらできないはずなのだから。
まあ推測は後にしましょう、どうにかして地上に戻らないと飢え死にです。
そして後ろが塞がっているのならば、簡単です、前に進むしかない。
「わかりませんが、この扉は正面玄関といった感じではありません……出口が他にあるといいのですが」
わたしは振り返り、謎の白亜の迷宮を進んだ。
確かにこれはダンジョンと呼ばれる世界、あるいはそれによく似たものです。
通路を抜けて部屋に入るとモンスターが現れました。ゴブリンと呼ばれる人型モンスターが5、首狩りウサギに小型のローパーまでいました。
「正々堂々……なんて言葉持ち合わせてませんよね皆さん、知ってます」
わたしはそれらを1匹ずつエペで貫いていった。
ゴブリンどもはナイフやショートソード、棍棒が好みのようでわたしと趣味が合わない。
それにこちらが絶命させると、やつらは死体とはならず装備ごと灰となって消える。
迷宮ではまれにそれが、ドロップと呼ばれるアイテムに変わることもあるそうです。
どちらにしろわたしの敵ではない、上り階段を探し、地上を目指して前進していきました。
「フフフ……、ついているのかいないのか。これは良いおみやげになりそうです。生きてここから出れれば、ですが」
その過程で大型のゴブリンから運良くドロップが生まれました。
それはプリズン・ベリルと呼ばれる迷宮だけで得られる宝石の総称です。
撃破対象によって純度や色合いが異なり、これは太陽にかざした蜂蜜のような薄黄色でした。
パティアは女の子です、きっと喜ぶ。こんな状況だというのに、わたしは笑ってしまっていました。
「……しかし潜る迷宮ではなく、上る迷宮ですか。それも魔族であるわたしが入れるだなんて、アベコベが過ぎて困ります」
道は上に上に続いていました。こういうのはわたしの記憶をもってしても聞いたことがない。
井戸の底の底に落ちたネコヒトは、いったいどこまで落ちていったというのか……。
引き続き雑魚を蹴散らし進んでいくと、わたしは星と塔を描いた装飾と、それが描かれた大きな扉に行き着きました。
その扉がわたしを拒む。閉じ込めようとするのではなく、出て行けと言わんばかりに勝手に動きだして、奥への道を開けてくれていたのでした。
「妙な迷宮でした。ああ良かった、エドワードさんとの約束を反故にせずに済みそうですね……」
その先に祭壇と、地上に繋がる長く険しい階段がありました。
蒼い空と木々、昼の自然光がまぶしく降り注いでいる。
上りは良いが、これを下るとなると不親切どころか命の危険を抱くであろう、大変開き直った傾斜です。
「……ふむ、理解しがたい」
今すぐそれを駆け上って地上に戻りたいところでした。
しかし通路ぞいに置かれた祭壇に、あの宝箱というやつが置かれていましてね。
その昔レゥムのウォードは言っていました、この宝箱が麻薬となって冒険者を迷宮に惹き付けるのだと。
その箱には『祈りを……』と文字が刻まれていました。どうも理解しがたい。
「誰に祈ればいいのです。人間の神か、魔神か、それとも別の何かか。祈らなければ救われないと、まるで詐欺師みたいなことをおっしゃるのなら、わたしは絶対に祈りませんよ」
わたしは祈らずに箱を開けました。
するとそこにはレイピアがあった。新品の錆びていないものです。
傷や刃こぼれもなく、錆び止めの油も塗られていたのだからネコヒトは結果に首をかしげるしかない。
「ダンジョンからの迷惑料ですかね……。ありがたくいただいておきましょう、もう2度と来ませんのでご安心を。では……」
わたしはそれを回収し、身軽なこの身体でもちょっとばかし足腰にくるえげつない階段を上り切りました。
「ふぅ……わけがわかりませんね……」
どこに出たかと思えば正門前の広場です。
そこに小さな慰霊碑のようなものがあったのですが、わたしはその石床から出てきたらしい。
重く擦れる物音に振り返れば、その出口がひとりでに閉じていくのをネコヒトが見届けることになっていたのでした。
本日と明日投稿分はやや短めになっています。
次次話から5000字超えが続きますのでご容赦下さい。




