29-1 世界で一番の幸せ者 - バーニィとリック -
前章のあらすじ
ネコヒトの昔話は本当の聖王の末裔に真実と誇りを与えた。
その代価として魔王が身につけていたブローチと逆十字、翡翠の女神像を受け取り、ネコヒトは翌日帰路につく。
帰りは途中の中継地点まで、エル・リアナ法国の調査官バタヴィアと行動を共にした。
やがて別れの場にたどり着くと、2人は不思議な縁とその別れを惜しむ。
ところがその別れ際、ネコヒトはエドワード・パティントンについての、ある重大な疑問に気付き彼女に問いかけた。
彼に妻子はいたのかと問うと、妻子どちらも病死していると調査官が答える。娘の名はパティア。
その後ネコヒトはバタヴィアと別れ、レゥムまで駆け戻った。
タルトの骨董屋を訪ねると、彼女に見事なバイオリンを贈呈される。ささやかなお返しに演奏を披露すると店内が大きく盛り上がり、少しだけ出発が遅れることになった。
ところがレゥムを発つ寸前に急報が入る。
ベルン王国側、北部ギガスラインの一部が魔軍の手により陥落、停滞していた世界が再び動き出そうとしていた。
ネコヒト、長い旅路の果てに里へと帰還する。
帰ったネコヒトを待っていたのは、執拗なブラッシングによりふわふわの毛並みになったクレイの姿だった 。
ふわふわのクレイは言う、妹を呼びたいので外に行かせてくれ、と。
ネコヒトはともかく、パティアは新しいふわふわが増えることに賛成だ。
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木漏れ日の木の下で
猫の隠れ里のゆるやかで飾ることのない平穏な日々
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29-1 世界で一番の幸せ者 - バーニィとリック -
・何かと気の多いウサギさん
人間っていうのはよ、飽きる生き物だ。
同じことを続けてるとよ、いつしか繰り返しに満足できなくなる。
刺激に慣れちまうんだ。
今まで得られていた喜びがいつしか鈍っていって、人はさらに強い刺激を求めるようになる。厄介なことにその代わりが見つかる保証はない。
だがよ、それが不思議なんだ。ここでの生活は飽きねぇ。大工仕事もまた飽きねぇ。
とうのガキの頃にもう飽き飽きして逃げ出したくなってたはずなのによ……今は同じことの繰り返しになぜだか満足している。
つまり何が言いたいかってよ、繰り返しても繰り返しても飽きない仕事ってのは、この世に存在したんだよ。
俺はここでくたばるまで大工をして、釣り人をして、そんで女の尻を追っかけ回して生きていくつもりだ。こいつを変える気は木くずひとかけら分もない。
●◎(ΦωΦ)◎●
「そういやカールよ、お前さんこの前……ほら、メープルシロップを採りに行ったときよ。パティ公のおっぱい随分見たそうにしてたよなぁ……」
「なっ、なに急に言い出すんだよおっさんっ?!」
からかいがいのあるお子様をいじりながらな。
朝食を食ったのはもういくらか前、今ニャニッシュ南の建築現場にいるのはカールと俺だけだった。
「俺は覚えてるぜ。パティアが胸を出そうとしていたところを、お前さん赤くなってチラチラ見てたんだよなぁ……。いやぁ、その気持ちわかるぜカールよ、おっさんはわかるっ」
カールのやつは仕事の中でも大工が気に入ったみてぇだ。
勇ましくて騎士に憧れていて、そんでちょいとだけバカ野郎なところがどうもこうな、他人には見えねぇわ。
「あ、あれは……あれは別に、変な話してるから、つい目が行っちゃっただけで……。あ痛ッッ?!」
「うわっ、やっちまったな……」
カールが指をかなづちで打っていた。
からかうにもタイミングがあったかもしれん。俺はカールの蒼い手、蒼い指を看てやった。良かった平気そうだ。
「ったくよぉ、バーニィのおっさんが変な話するからだろっ!」
「悪かったなカール。……このことはフリージアちゃんには秘密にしてやるからよ、今後ともよろしく頼むぜ相棒」
俺は悪いやつだわ。無事だとわかったら、また飽きもせずからかいたくなっちまった。
やり過ぎると本気で嫌われちまうかね……だが、すまん、こいつばかりは俺の性分だ。
「あ、アイツには言うなよっ!?」
「ほぅ~、あの子には知られたくないと?」
うかつだねぇ……こんな意地悪なおじさんにそんな発言しちまうなんてよ、まだまだお子様だねぇ……。
「そ、そうだよっ! だってアイツ、こういう話になるとなんかめんどくさいんだっ! とばっちりを受けるのは俺なんだからっマジで勘弁しろよなおっさんっ!」
「それだけかねぇ? お前さん、何だかんだ、ジアには嫌われたくないんじゃねぇのか、そうなんだろおぃ~?」
はたから見る限りよ、カールとジアは仲が良すぎる。
それでいてカールの方はまだ男の子、自分の感情を理解してない。こういうの見るとよ、何か心配になってくるんだよな……。
「もっ、もう嫌われてるしっ、これ以上嫌われようがないってのっ!」
「ぶっ……! はっははっ、そうきたかわははっ! お前さんなかなか冗談のセンスがあるじゃねぇか、く、くくくっ……」
マジでよ、ガキの頃の自分を見てるみてぇだよ。
俺はカールの頭を乱暴に撫で回して、背中を軽く叩いて抑えきれない笑いをこらえた。
「あだっ?! てめぇカールやったなっ!」
「子供扱いすんなっこのスケベ親父っ!!」
そしたら蹴られたわ。まあ怒るわな、俺だったら怒るわこの扱い。
だけどよ、死ぬほど好かれてることに気付いてないって、笑えるだろこんなのよ。
「笑うなって言ってんだろおっさん!」
「おーおーよしよし、わかってるわかってるって、ぷっ……」
「口と腹押さえながら言うなってのっ! あーもうっ、マジで腹立つなおっさんッ!」
「悪い悪い、悪かったよカール。……おっ」
すると愛の巣にでも用があるのかね、そこにジョグとリセリのお二人さんがやってきた。
目の悪いリセリをたくましい二の腕と肩に乗せて、けして軽くはない足音を立てていたよ。
「おぉいバーニィ、あんまカールをいじめるなよぉ……おめぇみたいなへそ曲がりに育ったら、どうしてくれるんだべよ」
「バニーさん、朝からお仕事お疲れさまです。あ、それでね、エレクトラムさんが帰ってきたんです。一緒に行きませんか?」
「ほ~、長くなるとは聞いてたが、思ったよりはぇぇな」
どこで何してやがったのか、相棒としてちゃんと後で聞き出さねぇとな。
あのネコ様はよ、独りで何でも解決しようとするところがあるからな……。
「パティアが喜ぶな! 出迎えに行こうぜおっさん!」
「いやいい、お前らだけで行ってこい」
「ありゃぁ……バニーおめぇ行かねぇのか? 大好きな相棒の帰りじゃねぇかよぉ?」
返事の代わりに材木とかなづちを握り直して、俺は納屋作りを再開した。
「今頃パティ公とガキどもに囲まれてる頃だろ? なら一仕事片付けてからにするさ」
「じゃあおっさんなんか置いてこうぜ。エレクトラムさん、今度は何持ってきてくれたのかな!」
気の良いこった。わざわざ俺たちを呼びにここまで寄ってくれたらしい。
ジョグのやつはカールまで反対側の肩に乗せて、嫁さんと仲良く建築現場を立ち去っていったよ。
●◎(ΦωΦ)◎●
そっから俺1人で大工仕事を続けていった。
コイツは南部のための納屋だ。道具をいちいち城から運んでたら行き来だけで疲れちまう、だからコイツは効率的な開拓にはなくてはならない建物だ。
今日中に完成させたいところなんだが、ネコヒトのやつが帰って来ちまったしどうだろな……。
まあ今の内にやれるところまでやろう、俺は仕事に集中することにした。やっぱり飽きねぇわ、この仕事。
納屋では種の類も保管する。そうなると害獣が入ったらまずいんでな、中に侵入されないよう造りに気を使ったよ。
ああそんでよ、ただでさえ先が見えてるおっさんの時間が流れるように過ぎ去ってゆくと、そこにホーリックスちゃんがやってきたんだ。
「バニー、教官が帰ってきたのか?」
実は建築ラッシュで木材が足りなくなっていた。
そこで里で一番タフなホーリックスちゃんに、木こり仕事を積極的にやってもらっていた。
伐採用の両手斧を持っていたよ。
南の森に伐採に行こうとしたところで、これから生まれる新しい納屋に立ち寄った、ってところかね。
「何だ、周りの連中から聞かなかったのか? そうだよ、その斧はここに置いてお前さんも行ってきな」
「……なぜだ」
「んん、なにがだ?」
「バニー、お前は行かないのか? と言っている」
ホーリックスちゃんの良さはこの不器用さだな。
少し口下手なところが良い。何考えてるんだろうなって、様子をうかがう楽しみがある。
「みんなが一斉に行ったら困るだろ。みんながみんなあの爺様を慕ってる、なら俺は自分の順番をゆっくり待つさ」
「ん……そうか、それも一理あるな」
「そうだろ? って、何だホーリックスちゃん?」
「気が、変わった。バニー、しばらくお前を手伝う」
すぐに行動に移るところがまた良いな。
ホーリックスちゃんはカールが使っていたかなづちと釘を見つけると、それを拾って納屋の前に立って俺を見た。
あとよ、こんなときに申し訳ねぇんだがよ。
やっぱホーリックスちゃん……おっぱいでけぇ……。一緒に仕事出来るなんてもうそれだけで役得だろこれはよ。
「手伝う。伐採を始めると、無心に、なり過ぎてしまうからな……」
「そりゃ助かるぜホーリックスちゃん、アンタは俺の女神様だよ。そこの一番でかい板を持ってくれ」
「フ……こんな、野猿のような女神がいるか」
「何言ってんだ、ホーリックスちゃんはかわいいぜ。アンタは俺の戦女神様だ」
最初は信じられんかったが、ホーリックスちゃんは乙女で純情だ。
俺の軽薄な言葉をそのまま受け止めて、女の子みたいに赤くなってくれたよ。
ああ、もしかしたら美人系だからよ、かわいいって言われ慣れてないのかね。




