28-1 急ぎ足の帰り道と別れ際の問いかけ
前章のあらすじ
300年を生きたネコヒトの昔話、魔王と聖王が争った時代の真実。
その頃、何者かが人間と魔族の争いを煽る工作を繰り返していた。
しかしそれでも魔王イェレミアは動かず、魔王軍の活動はローゼンラインを盾にした消極的な戦闘にとどまっていた。
ところがある日、その魔王が豹変した。
全てを焼き払う破滅の劫火メギドフレイムを、人間の絶対防衛線ギガスラインに放ち、人間の国々への侵攻と蹂躙を開始する。
魔王だった者はその絶対に消えない白焔でギガスラインの向こう側をも焼き払い、己の正体を明かした。
魔神クヴァトゥは現在のネコヒトが評価する通り、魔族を救済とはほど遠い最低最悪の存在だった。
世界を焼き払いながら魔王精鋭が東に進む。
その魔王の肉体を乗っ取った魔神の前に、黒鬼のクーガが立ちはだかった。
しかし魔神の力はあまりに絶大、クーガは誰よりも果敢に魔神に挑んだが最期は焼かれて死んだ。
ところが彼は聖女リアナに選ばれた。不死身となった彼は、メギドフレイムに焼かれても焼かれても魔神の前に現れる。邪神は不屈の勇気、否、蛮勇を持つ男クーガを恐れた。
そのたびにネコヒトは楽器を奏で、戦いを盛り上げて死を見届けた。ネコヒトとクーガはいつしか知り合いとなり、一方的にクーガに好かれることになる。
それから人類はさらに東の果てへと追いつめられ、ついに敗北が確定した。
そんな中、邪神率いる魔王軍が完全勝利を収める数日前、ネコヒトとクーガが最後の接触をする。
クーガはイェレミアを美人と称え、救えなかったことを悔やみ、ネコヒト・ベレトートにただ生きて欲しいと願った。そうしたら自分もイェレミアも救われると。
その当時のことを思い出したネコヒトは300年経った今さら重大な可能性に気づく。
正気の魔王と黒鬼のクーガが隠れて接触していたことと、イェレミアが正気の姿をベレトートに見せるわけにはいかなかったこと、代わりに生きて欲しいと願われていた可能性に。
勝利を目前にして魔王は消え、魔王軍は動揺のあまり人間との戦いに敗北した。聖王と呼ばれた男もまた、その後世界よりいつのまにか姿を消していた。
絶対に死なないネコ。それは魔王と聖王に願われた日から、そう呼ばれることが既に決まっていた。
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盗賊ネコヒトの東方見聞録 余話
急ぎ足の帰り道とバイオリン
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28-1 急ぎ足の帰り道と別れ際の問いかけ
「今さらですが、余計な話まで盛ってしまったようで。まあ……これがわたしの知る聖王クーガと、その宿敵の真実です」
話が終わった頃にはもう夜もふけて、フクロウがしきりに鳴いている時間帯でした。
そろそろ子育てシーズンでしょうから、夜の野鳥も何かと忙しいのでしょう。
「彼は、気に入らないやつでしたが……客観的に見ればいいやつでしたよ。ただ弱いわたしが、彼の善意を、コケにされたと逆恨みしていただけで……」
「興味深い話だ……この旅に同行することを選んだ自分に拙僧は感謝したい、実に興味深い……」
「ありがとう、今の話、息子たちに語り継ぐよ。それとベレトート様、それなら俺たちは本当に、本当に聖王様の末裔なんだな……?」
油が切れかけているのか、暗いランプの灯る部屋でわたしは魔王様の逆十字を指より吊り下げる。
けして錆びぬ白銀の輝きがキラリと反射して、やっと取り戻せた感慨もあってか、切ないほどにそれは高貴で美しい。
「対するエレベンの連中は偽物でしょう。コレに似せた、レプリカを封じておりましたので。これこそ本物、消えた魔王様が身に付けていたものです」
それらをやわらかい布に包んで、ポーチの中へと大切に保管しました。こうしてようやく代価を払い終えましたので。
この白金の逆十字も琥珀のブローチも、隠れ里に早く持ち帰って大切に保管したい。
もう二度と誰にも魔王様を利用させない。その所持品の1つさえ、もう絶対に。
「法国としてもこれは嬉しい事実の裏付けだ。どちらにしろ聖王は英雄だったという事実のな。そしてその聖王クーガに生かされたというなら、そなたは信用に値する存在だ」
「フフ、何を言うかと思えば……わたしが嘘を吐いているかもしれませんよ?」
「嘘なわけねぇ、俺は貴方を信じてぇ……!」
「無いな、年寄りというのは歴史の真実を語りたがるものだ。嘘を吐いたら目的を果たせない、そうだろう?」
「ありがとう、ありがとうベレトート様。俺たち明日から誇りを持って生きるよ。ご先祖様みたいに強くなぁ」
当主と調査官バタヴィアはその後も饒舌に、昔話の感想を語り合いました。
しかしわたしの方はそろそろブーストの限界です。スリープの力が減退し、すっかり眠くなってきてしまっていました。
ええまあ、そう思った頃には既に意識が飛んでおりまして、幸せだった頃の遠い夢から目覚めれば、翌日の昼前になっていたようです。
●◎(ΦωΦ)◎●
バタヴィアはわたしが起きるのを待ってくれていました。
わたしの力を使えば馬の疲労を抑えつつ、風のように速く移動できるので帰り道の途中まで付き合って下さるそうです。
そこでわたしたちは自由都市地帯を北西に駆けて、パナギウム王国国境まで引き返しました。
旅路にして半日、到着した頃には昼を過ぎていました。
名残惜しいですがそこが別れの場です。
彼女はここより北東の本国へ、わたしは西のレゥムにでも立ち寄って、おみやげを抱えて帰ることになります。
「レゥムまで送ってやりたいところだが、拙僧もそろそろ本国に戻らねばならん頃だ。後は自分でどうにかしてくれ」
「ここまで送って下さるだけでも十分過ぎますよ。お世話になりましたバタヴィアさん」
彼女は目つきこそ悪いですが、まんじゅうが好きだったりと愛嬌がありました。
わたしは葦毛の馬から下りて、馬上の聖職者様を見上げます。
「気にするな、これも調査官の仕事の内だ」
「それででしたら、レゥムや魔界の森側で手伝えることがあれば、ホルルト司祭にでもお伝え下さい。喜んでご協力いたしますよ。なにせあなたのおかげで、ようやく取り戻せたのですから」
全ての遺品を取り返したら、魔王様がわたしの元に帰ってきてくれるかもしれない。
あるはずのない願いや思い込みが、わたしに偽りの幸福感を与えてくれました。
ええ、そんな都合の良い奇跡なんて、起こるわけがないのはわかってます。
「その瑪瑙の女神像もか?」
「ああ……実はコレを欲しがっている者がいましてね、どうかおめこぼしを」
「わかった、見なかったことにしよう。そなたらが勝手にやった取引だ、今さら拙僧は口ははさまない。うむ、それではな……」
「ええ、またお会いしましょう。お互い生きているうちに」
わたしのお辞儀はレゥムのマダムいわく古めかしいそうです。
それを丁寧にバタヴィアに向けて、わたしは娘の元に急ぎ帰るべく背を向けました。娘……ん、娘……?
「こんな仕事だ、そなたより長生きできる自信はないな。だが……拙僧はそなたと一緒に旅ができて良かったと思う、いや素直に本音を言えば、実に楽しかった」
「フフフ……それはまた嬉しいお言葉です」
「笛を吹くネコ、生ける300年の歴史そのものよ、今度会ったらまた拙僧に昔話をしてくれ、できれば面白いやつがいい。それではな」
「……いえ、すみませんが最後に1つだけ、質問してもよろしいでしょうか?」
わたしはバタヴィアから肝心の部分を聞き逃していました。
それは娘、娘なのです。
「ふむ、それは構わないが……」
それはできるだけさり気なく、感づかれないように聞く必要がありました。
ですがわたしは彼女の返事を焦って、矢継ぎ早に問いかけていました。とても重要な質問だったのです。
「エドワード・パティントンに、妻子はいましたか……?」
「ああ、彼の話か」
エドワード氏については機密、バタヴィアは馬を反転させてわたしの隣にやってきます。
それからわたしがなぜこんな質問をしたのだろうと、いぶかしむ顔を見せてから返答を下さいました。
「妻子とも流行病で死んだはずだ」
それは衝撃か同情か、どうしてか胸が締め付けられるような感覚をいだきました。
やはりエドワード氏は妻と子供を生き返らせようとしていたのです。
「失踪する前ですね」
「ああそうだ、原因の一端だろう。彼は人生の拠り所を失ったのだ」
「では、妻と子供の名前はわかりますか?」
「変な質問だな。遙か昔に死んだ者の名が重要か」
やはり問いを焦りすぎました。
わたしを頭の中をうかがうように、三白眼の女が馬上からネコヒトを見下ろす。それでもわたしは知りたい。
「ええとても。これは裏付けのようなものでして」
「それは何の裏付けだろうな。まあいい、妻の名は思い出せないが、子の方ならわかる。女の子だ」
「その子の名前を教えて下さい」
きっとわたしの長い不在を寂しがっているでしょう。
早く帰りたい、望み通りのおみやげを持って、穏やかで平和な隠れ里ニャニッシュに戻りたい。
エドワード・パティントンの足跡を追う者、バタヴィアはわたしの不可解な問いに答えて下さいました。
「パティア」
ネコヒトはただちに彼女からきびすを返す。
わかっていました。これは裏付け、その名前が出てくることはわかっていました……。
それでも包み隠せない深い動揺が表情に現れる前に、わたしは多少疑われようとも背を向ける方を選ぶ。
「むごい話だ、パティアはまだ5つだったそうだ」
本人かどうかは定かではありません。
ですがパティアという娘は、もう20年以上昔に幼くして死んでいたそうです。
ごめんなさい、報告受けて差し替えました!
28章なのに29章のお話投稿してました、ごめんなさいまたやらかしました……。




