4-3 たまにはゆっくり過ごそう、魚でも釣って 1/2
畑の方は結果待ち、翌朝わたしは西へ遠出の狩りに出ました。
近場の首狩りウサギは安全のために駆除したので、毛皮のストックを増やすために遠征する必要が出たのです。
そこでナコトの書をパティアに借りました。
アンチグラビティが、わたしとわたしの所持する物品の重さを半分にしてくれる。
遠征するならこれを携行しない理由はありません。
いえ難があるとすれば、その分パティアが心配になるところでしょうか。
その不安はバーニィ・ゴライアスにパティアの注意を払うよう依頼することで、どうにかこうにかしました。
こうしてわたしの遠征は大成功、金になる首狩りウサギ、その亜種、タコに近い食感を持ったローパーの足、薬になるとされるキメラの角を背負って無事帰還することになりました。
「おや、2人とも何をされているのでしょう、しかもそんなところで」
城付近の湖で獣の血を洗い流そう、そう決めて目的地にしたところ、そこに棒立ちになったバーニィとパティアを見つけていました。
「あ、ねこたんかえったか、おかえりー。お、おおっ、なんだそれわっ?!」
「おー、そりゃローパーの足じゃねぇか、酢漬けにすると美味いんだよなぁ~。そっちの角はなんだ?」
「キメラの角です。どちらも駆除ついでにいただいてきました。……そっちは釣りですか」
荷物を置いてアンチグラビティを解除しました。
慣れか反動か魔力の消耗か、一気に身体が重くなっていきます。
「ふっふっふっ、実は前々からやりたかったんだよな。騎士やってた頃はこういう時間とか、下民じみた趣味も許されなくってなぁ……何で我慢してたんだろうな俺は」
何かと思えばバーニィが釣り竿を作ったらしい。
糸は丈夫なツタ、竿は柵作りで余った端材です。ボロい、頼りない、すぐに折れそうなそれを彼が泉に垂らしました。
「ナチュラルに今、下民って言葉使いましたね。……ところでそんなので釣れるんですか?」
「なんかー、へへ、ワクワクするなー……つれるかなー、つれるといいなー、おっさかなっ、おさかなっ」
「まあ2人ともそこで見てな、大人の遊びってやつを見せてやる」
さっき下民じみた趣味とか言ってたくせに、バーニィが得意げに笑ってヒゲを撫でる。
わたしたちも別に急ぐ事情もないので、静かにそれを見守ることにした。
「魚影はありますね」
「……あっ、ツンツンしてるぞっ、バニーたん、いそげーっ」
「ははは、焦んなよパティ公。よっと……」
「おっおおおーっ!? バニーたんすごいすごいっ! おさかな、ほんとにつれちゃったー! パティア、バニーたん、みなおしたぞー!」
魚ってこんなに簡単に釣れるものなのですか……?
バーニィがひょいと竿を上げると、魔法のようにアユーンフィッシュが上がっていました。
バタバタと湖水を飛び散らせるそれを、慣れたようにおっさんがつかむ。
「はっはっはっそりゃ嬉しいねぇ。こら大当たりだ、美味いんだよなぁコイツは」
「そんなの知ってますよ。独特の香りがしてとても白身が美味しい魚です、ええとても、とても美味しいのですよ……」
アユーンフィッシュは肝まで楽しめる素晴らしい魚です。
ついつい視線を外せなくなってしまうほどに、無意識に喉がゴロゴロ鳴るくらいに、キラキラの魚がわたしを魅了していました。
そのアユーンが水瓶に放されると、これからわたしに食われるとも知らずに悠々と泳ぎだす。
「はーー、バニーたんもやるなー……。ねぇねぇバニーたんっ、パティアもやりたい、つり、やってみたい! かしてっ、それかしてーっ!」
「そう言うと思ったぜお子様、バニーたんに任せな、材料は確保してある。すぐに2人にも作ってやるよ」
彼は簡易設計の竿を地に起き、最初からそのつもりだったのか新しい竿を組み立て始めた。
「バーニィ、今日のあなたはいつもとひと味違いますね。わたしから見ても輝いて見えますよ、魚がいなかったら盛大な拍手をあげたいくらいです」
「ねこたんの、いうとおりだ。パティアが、もう10ねん、はやくうまれてたら、ほっておかなかったかもなー」
パティア、親としてもの申します、この男だけは止めておきなさい。
彼は金のために全てを捨てた男です。そんな男がこんな場所で、アユーンフィッシュ一匹に笑ってるんだから不思議なもんですけど。
もしかしたら彼が欲しかったのは金などではなく……本当に退職金だったのかもしれません。
「できたぜ、ほら、餌も付けといたから湖水に投げ入れるだけでいいぞ」
「バニーたんは、つりのてんさいか! えへへー、これでパティアがなー、バニーたんよりでっかいのっ、つるからなー!」
わたしもパティアにならって釣り竿を振った。
アユーンフィッシュを3匹釣れば1匹ずつありつけます。ぜひがんばりましょう。
「糸と釣り針もレゥムの街で買ってきたら良かったですね、大した荷物にもなりませんし」
「そうだな、次行くときはよろしく頼むわ。特に糸はな、何かと用途も多いからな」
「いと? いとならあるぞー」
そうしているとパティアがあのかわいいカバンをガサガサ探り出した。
灯台もと暗し、まさかそんなところにあったのですか……?
「おとーたんなー、かじ、できないおとなだった。だからー、パティアがなー、おさいほう、してたんだー」
「やっぱいいわ、パティ公それは大事に使ってくれ。そこのネコヒトがいれば、糸なんていくらでも買ってこれるからな」
「そうですね、それは服がほつれたときに、あなたにお願いするときに使いましょう。その前にわたしが別の糸を買ってきてしまうと思いますが」
今となってはそのカバンも中身もエドワードさんの形見、それを釣り糸なんかに使うのは忍ばれました。




