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26-5 封印省から来た女 パティアとエドワード・パティントンの断片 - 研究成果 -

「とんでもないものですか。それはそうと、人払いも済みましたし教えて下さい、彼は何の研究を……?」


「それは……。ははは……なあ、なら答えても怒るなよ……?」

「それは内容によりますね」


 わたしが怒るような研究をしていたということでもあります。

 どうもこちらが怒るという確信があるらしく、彼女は慎重にわたしの顔色をうかがっている。想像以上に真実はろくでもなさそうです……。


「そなたが言ったとおり、愚行だ……。そなたたちが知ったら、ギガスラインに魔軍が押し寄せるだろう……」

「ご安心を。わたしは魔軍を追放された身、彼らとは完全に切れています。だから真実を教えて下さい」


 その事実は彼女に効いたようです。

 それにしても、わたしたちがそこまで怒るようなことなんて、よっぽどのことに限られます。


 穏健派すら怒り狂わせる真実、それを彼女は口にする覚悟を付けて、その三白眼をわたしにまっすぐ向けました。

 そして言いました、許されざる事実を……。


「消えた魔王を、人間として創造して、永久にそなたたちから奪う研究だ……。万一にでも復活する可能性があるのならば、それは人間の物として――」


 魔王様は渡さない。

 わたしの肉体に刻まれた本能レベルの衝動と、遠く果てしない思い出が、年老いた心に炎をくべていました。


「ヒッ……?! ま、待て、落ち着け……ッ、くっ……!」

「それ……そのことに、わたしが、怒らないわけがないでしょう……」

 

 気づけばレイピアを一閃して、バタヴィアの首の真横を貫いていました。

 わたし自身、やったという自覚がないほどに、完全にキレていましたよ……。


 あまりの速度と気迫に、何もできなかったことにバタヴィアという聖堂の戦士が硬直しています。

 今のわたしは強い。その気になれば、パナギウムの城に忍び込んで、サラサールのクズを暗殺することもできるかもしれない。


 生きては戻れない上に、余計な戦火をまき散らすことにすらなるかもしれないですから、やりませんがね……。


「剣を引いてくれ、拙僧は怒るなと言ったではないか……なのに、なぜ怒る」

「それは今のわたしが、理性を抑えきれないからです」


「く、中途半端に冷静だな……っ」

「すみません、これでも抑えてる方でして」


 レイピアを腰に戻して一歩下がり、わたしは視線と身体を彼女から横にそらしました。

 いつもなら謝罪の礼を加えるところでしたが。


「ふぅ……脅かさないでくれ……エレクトラム殿」

「偽名です」


「偽名だと……?」

「わたしの怒りを証明するために、わたしの本名をお教えしましょうか? そちら側にも記録が残っているかもしれません。聖王とリアナとは、何度も戦場で対峙した間柄ですので」


 研究はエドワード氏の裏切りにより凍結された。それは良かったです。

 ですがわたしは彼の研究成果を育ててしまっている……。


 間違いありません……。

 パティアは、わたしたちから魔王様を奪う研究の成果そのものです。


 わたしたちがあの子に惹かれるのは必然だった。

 だから、エドワード・パティントンはわたしに安心して、あの子を預けて逝った。これが真実たったのです。


「古のネコヒト……まさか、そなたは、リアナ様の裏の伝承に残された笛を奏でるネコヒト……ベレトート」

「ええ、ご名答。そうですよ、人間の新兵にすら後れを取った、雑魚中の雑魚、どうでもいい脇役、聖王にコケにされた、そのベレトートがわたしです」


 聖女リアナは聖王のバカと違って人格者でした。

 ネコくしゃみ症だそうで、わたしが彼女の天敵となっておりましたがね。


「ならば怒って当然か……すまない、人類を代表してわびるよ」


 いいえ、今は怒りのあまり余計なことを言ってしまった後悔の方が勝っていますよ。

 エレクトラム・ベルの正体は、封印省の人間に明かすべきではありませんでした。


「我々はバカな研究をした、結局一歩間違えれば自滅するだけの、前も後ろも見えていない研究だった。だが、それの尻拭いをさせられる拙僧の身にもなってみてくれ」


 自嘲的にうんざりとした様子で腕を組み、バタヴィアもわたしに身体の側面を向けました。

 確かに、彼女に八つ当たりするのは情けない行いです。それよりも情報が重要でした。


「エドワード氏は封印省からなにを盗んだのです」

「機密。いや機密どころか、よっぽど恐れたのか、完全に情報が抹消されている」


「はて、それでは探しようがないのでは?」

「ああ……そういうことだ。人間の世ではよくあることだ、禁忌が忘却を招く」


「ではその後、彼が失踪してより足跡をつかんだことはありますか?」

「いいや、それができていたら今頃たどり着いている。完璧に姿をくらましてしまった」


 わからないということです。

 封印省の上層部、それも当時の事件を知る老人たちだけにしか。

 もう数十年経てば、こちらの都合良く真実ごと墓に持って行ってくれるのでしょうか。


「もういいな。さあ、教えてくれ、今彼はどこにいる、エドワード・パティントンはどこだ……」


 これ以上はバタヴィア調査官から情報を得られないでしょう。

 答えて終わりにすることにしました。


「死にました」

「死んだ……? それは本当か、死体の場所は? 死んだという証拠はあるか? なぜそのことを、そなたが知っている」


「わたしが看取りました。エドワード・パティントンは、去年ギガスラインを越えて、魔界側に逃げてきましてね……しかし追撃者に深手を負わされ、死んでしまいました」

「そうか……だがようやく理解した。情報提供主が、人間のはずがなかったということだな」


 そうなるともう1つの事実が見えました。

 聖堂が暗殺者を雇ったわけではない。別の勢力が彼を殺し、パティアを奪おうとしたということになります。


「彼は何か持っていなかったか? エドワード卿は、何かを盗んで封印省を抜けた。それが行方不明のままというのも、ふにおちない話だ」

「はて、もしかしてそれはコレのことでしょうか?」


 大きなポーチからナコトの書を取り出しました。

 魔力でちょうつがいを外し、中をバタヴィアにいつでも見せられる状態にします。


 この奇跡の書は、パティアの存在を包み隠すだけの存在感を持っていましたので、ここはデコイとして使いましょう。


「これは……」

「わたしの親切に感謝して、この書を下さいました。他には何も……」


「中を見せてもらってもいいだろうか?」

「ええ、ですがこれはわたしに支払われた代価、一瞬足りともお渡しできません」


 そう伝えてわたしはページを開き、中に記された3つの術と白紙を見せました。


「これはご禁制の……魔導書か。しかしスリープ、アンチグラビティ、これはもしや……」


 三白眼の女が魔導書とわたしを交互に見る。

 何かに気づいたようです。調査官ですから、それ相応の推理能力を持っていて当然でしょう。


「レゥムの花嫁泥棒……。レゥム前司祭の失脚と、ホルルト氏とそなたのコネクション……これはそういうことかっ!」

「フフフ、それはあなたの憶測ですよ」


 サラサールの花嫁クークルスを略奪した小柄な魔族。わたしの姿形も彼女の推理を成立させるピースの1です。

 これはサラサールの正体を知るもの、知らないもので印象が一変する事件でしょうね。


「わかった、彼は確かに死んだんだな?」

「死にました。もう彼はあなた方が危惧するような事態を引き起こせません。むしろ警戒するべきは、彼に刺客を向けた勢力でしょう」


「確かにそれはある……。だがそなたが今もエドワード卿をかくまっていて、魔王復活をもくろんでいる可能性も、あることはあるのではないか?」

「無いです。わたしが忠誠を捧げたのは魔王イェレミア様のみ。換えの魔王なんてこっちからお断りです」


 ようやく返答に満足したのか、頭痛を堪えるように調査官殿がこめかみを押さえました。

 事実はどうあれ、色々と問題が多かったですからね。


「とてもじゃないが、そのまま上に伝えられる内容じゃない……。古の魔王の楽士殿には、作家の才能もあったりはしないか? 後で創作の手伝いを頼みたい……」

「いえそれがすみません、わたしこの後所用がありまして」 


「知っている。封印省は各地の聖王家に顔が利く。ホルルト司祭の要請に従い、拙僧がそなたに協力いたそう」


 ホルルト司祭には見透かされていましたか。

 最初から協力すること前提で、三白眼の調査官が頼もしくまた腕を組む。どうやらこのしぐさが癖のようですね。


「それはおかしくありませんか? わたしが魔王の遺品をかき集めて、魔王を僭称するかもしれませんよ? ならむしろわたしより先に回収して、もっと安全な場所に隠蔽するべき立場にあなたはあるのでは? 人間が魔族を信用するなんて、そもそもおかしいでしょう」


「いや、本国は魔王の遺品にそれほどの価値を見い出していない。魔界にそれが戻ろうと、情勢は変わらない。むしろ3魔将が、4魔将に分裂してくれるかもしれないと考えるだろう」


 200年くらい前ならまずあり得ない返答です。

 それだけ時の流れが忘却を招き、魔王の危険性を忘れていったということでしょうか。

 わたしにはわかりかねる判断です。


「止めよう。あえてここは個人的な見解を述べることにする」

「あなたの本音ですか、面白い、ぜひお聞きしましょう」


「拙僧はこう思う。遺品が人間の邪神崇拝者の手に落ちるくらいなら、そなたの手に収まっていた方がずっとマシだ。そなたは拙僧の知る限り、魔族の誰よりも穏健、最悪の結果を避けたいなら、封印省はそなたと手を結ぶべきだと思う……」

「フフフ……ご冗談を。そんなこと本国で真顔で言ってみなさい、弾劾裁判を受けて火あぶりにされますよ」


 しかし納得でした。確かに彼女は、ホルルト司祭が望んだ通りの穏健な調査官、現実が見え過ぎているからこそ見ていて危なっかしい。

 ま、わたしを出し抜く擬態かもしれませんがね、今は信用したように見せることにしました。


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