4-2 水しぶきと舞う乙女(挿絵追加
2018/12/09 補完となる挿絵を追加しました。
人間の世界で買ったものです、このクワというものはなかなか扱い方が難しくて困ります。
なにせこれはエペより重いのですよ。よってわたしにはあまり向いていない道具だと言えました。
ならばこっちの仕事をバーニィに押し付ければ良かったのですが、今からそれを言うとわたしは更なるお爺ちゃん扱いを受けてしまう。
なのでパティアとバーニィの運搬を待ちながら、わたしは大地めがけてクワを振るう。
それとそうでした、この広場には術がかけられていました。
俗に言う除草魔法という大変マイナーなものです。それを解除しておかないと、まず発芽してくれません。
しかし植物というものは強いもので、その除草魔法に耐性を持つ、ある種の草が広場の支配権を獲得していました。
芝生にも近いその背の低い草地へ、わたしはクワを思い切り振り下ろすのです。
「ふぅっふぅっ……なぜわたしがこんな、まるで向かない肉体労働を……。きぃぃっ、まったく往生際の悪い草ですね! いいでしょう、根絶やしにして差し上げましょうとも!」
網のように広がる草の根を断ち切り、土を掘り返していく。
そのつどやっつけた雑草を撤去して、地中に隠れていた石を取り除く。
恐ろしく地道なその作業を、3×3カ所分用意する必要がありました。
ああ忌々しい、根を残すと復活するのですよ、この手合は……。
「はぁっはぁっ……ねこたん、きたぞー。どろんこ、いっぱいもってきた! どこに、だばーー、していいんだー? それが、たのしみでなー、いっぱい、もってきちゃったっ!」
「おやこんなに……がんばりましたね。ではソコとソコとソコの3カ所にお願いします。本当なら乾かしてから使いたいところですが、まあそこも実験です」
8歳の小さな身体でパティアは水瓶に泥をたくさん詰めてきました。
それはよたよた歩きになるくらいに重いものです。まだ遊びたい盛りなのにうちの娘は精一杯がんばってくれている。
「ねこたんのために、パティアはがんばるんだ、ここは、まかせろ! お、おおーっ、しゅごぃなっ、はたけー、もう、できてきてるなー!」
「そういうあなたは、なかなかに泥んこですね。後で新しい服に着替えて洗濯もいたしましょう」
「いくぞー、とうっ、だーばぁぁぁーっ! へへへー……パティア、いいしごとしたもんだな」
パティアが湖の泥を畑の中にひっくり返しました。
わたしは今の作業の手を止めて、クワを使ってその泥を畑に混ぜ込んでゆく。ただ娘のがんばりに報いたかったのです。
「まぜまぜ……それ、たのしそう……まーぜまぜまぜ……これっ、たのしいなー! なんかこれ、すごく、たのしいなー! まぜまぜ、パティアにも、ちょっとだけ、させてくれー、たのむぅねこたんっ!」
「それは助かります、はいどうぞ。……ふぅ、こんな仕事続けてったら腰が曲がってしまいますよ」
腰をポンポンと叩いて地べたの上で横寝になりました。
するとヒゲ面の怪しいおじさん(41)の姿がこちらにやってくる。
たくましく大きな水瓶いっぱいに腐葉土を抱えておりました。
「あんしんしろ、ねこたんはー、さいしょから、ねこぜだ」
「わははっ、違いねぇわ! ほいおまっとさん、撒くのはここでいいのか?」
「ええ、そこからあっち側3カ所に。わたし、これでもネコヒトの中じゃ背筋が良い方なんですよ」
といっても腐葉土は軽いものです。
バーニィがパティアからクワを奪い、手際よく畑に混ぜ込んでいく。
「しっかし上手くいくかね、そこんとこどうなんだネコヒトよー?」
「ちがうぞー、バニーたん。けっかを、もと、もとめすぎるとなー、よくない。じっけんはー、しっぱい、するものだ」
「お、おう……。すげぇごもっともだな……」
「子供に説教されてどうするんですか。わたしも言いたいことを全部言われてしまいましたが」
まあそんなこんなです。
わたしたちはこの手間のかかる実験を、せっせと地道に進めてまいりました。
●◎(ΦωΦ)◎●
太陽が天に10度ほど傾いた。
その頃にはわたしの担当していた開墾作業が片付き、土の運搬を手伝うことになりました。
畑にまく水も必要です。涼しい森と湖、日射しの照る広場を往復してそれら重労働を終わらせていきました。
その次は種まきと柵作りです。
バーニィとわたしで材木とツルを組み合わせて、畑の周囲にモンスター除けの柵を構築する。
パティアには種まきを任せました。
「おおきくなーれー、ずぼっ! おおきくなーれー、ずぼっ! あはははー、これたのしいー! いも、いっぱいとれるといいなー。パティアな、いも、いもだいすきだ……なんかーはらへったなー!」
それはもうご機嫌の笑顔そのものでした。
小麦、かぶ、にんじん、たまねぎ、じゃがいもの種や種芋を、子供の身軽な身体で3×3の畑に埋めていきます。
それをあのバーニィが微笑み浮かべて眺めていました。あのひねくれ者がです。
「おうパティ公、実験だからな? おかしなところに埋めんじゃねーぞ」
「はぁ……そんなのー、バニーたんに、いわれなくても、わかってるぞー? じぶんの、しんぱいしろ。てになー、きのとげ、ささるといたいぞー」
「わっははっ、そりゃもう遅い。5カ所、いや6カ所刺さってるわ、皮手袋がほしくなるねぇ」
「ひ、ひぇぇ……。ば、バニーたん……つよいこだな。パティアなら、それ、なくぞ、それ……」
パティアの魅力がそうさせるのか、それとも彼なりの事情があるのか。
ネコヒトさんは好き好んで人のプライベートを知ろうとは思いません。ちょっと気になりますけどね。
「あ、たね、なくなった」
「では水を撒きましょう。いいですかパティア、あまり水をあげ過ぎてもよくないんですよ」
「おう、柵もこいつで完成だぜ! はぁ~~、なかなかに、壮観じゃねぇのコイツはよぉ!」
わたしたちは最後に水を軽く撒いて、まだ小さいながら柵付きのご立派な畑を見下ろしました。
大型のモンスターに襲われたらひとたまりもありませんけど、確かになかなか悪くありません。
「まあ多少は。しかし結果が出るまでぬか喜びは止めておきましょう」
「それは大丈夫だろ、絶対上手くいく! 根拠はねぇけどな、パティ公があれだけがんばったんだ、そうだよなぁ~?」
耕されたそこは、土の混ぜ合わせにより3色の微妙な色違いとなって、姿をもって私たちに努力の成果を見せてくれていました。
「へへへ、まあなー。パティアも、てごたえはあった。でも、うまくいかなかったら、それはなー……」
どうかわたしたちを見守って下さい。
ここ境界の地でもちゃんと作物の芽が出て、はぐれ者が暮らしていけることをあなたに証明してみせますから。
魔王様、わたしとわたしの娘、ついでに2000万ガルドを盗んだバカな男をどうかお守り下さい。
●◎(ΦωΦ)◎●
翌朝のモーニングコールは森のもたらす野鳥のさえずりではなかった。
畑がある広場の方からパティアのはしゃぐ声が絶え間なく届き、保護者であるわたしは目覚める必要に迫られたのです。
「朝から……元気ですね、うちの娘は……ミャー……」
わたしの足ならテラスから飛び降りるのが早い。
城の石壁に手をあて、寝ぼける足下をごまかしながら外に出た。
あ、寝てました、目を開けたら既にわたしは畑の前にいたようです。怖いな、飛び降りた記憶がない。
「あははははーっ、あめあめ、ふれふれー、ねーこたーんがー♪」
いえそれより、そんなことよりわたしは眠気を吹き飛ばされ、目前の光景を疑うことになりました。
忘れていたのです、我が娘が人類最強格の資質を持っていたことに……。
パティアは、降雨魔法スコールを発動させて、畑にシャワーを振らせていました。それが朝日にキラキラと爽やかに輝いてうっすらと半円の虹を作っている。
「あの……パティアさん?」
「あっ、ねこたんだー! おはよーっ、パティアなー、みずまき、おぼえた! このほうがー、らくだぞー、ねこたんっ」
「なぜ、わたしが教えてもいないスコールの術を、あなたはさも当たり前のように今使ってらっしゃるのでしょうか……」
パティアの魔力容量は日に日に増大していた。
乙女がくるくると畑の柵ぞいを踊り周り、水しぶきを受けて口元を明るくつり上がらせている。要するに水遊びにご満悦ってことです。
「あ、それなー、あのなー、なんかなー。なんか……やりたいっておもったらなーっ、なんかできたー!」
「やれやれ……直感で魔法を覚えられては、教師役の立場がありませんよ。……お見事です、パティア。しかしスコールはそのへんにしておきましょう」
「あい! あめさん、とまれー!」
早く気づいて良かった、グシャグシャとまではいかないがだいぶ土が湿っていました。これ以上は根腐れを招いてしまう。
当たり前のことのように、わたしの娘はスコールの発動解除もお手の物でした。
「しかしびしょ濡れではないですか……これは今すぐ着替えましょう。こんな辺境で悪い風邪をもらいたくなかったらですが」
「だいじょうぶだ! パティアには、ねこたんがかってくれた、きがえがあるのだ! これでも、パティアはかんがえてるのだ!」
「それなら今着ているやつがそれです。昨日泥んこにしたでしょ、あっちはまだ乾いていませんよ、生乾きです」
新しい服はシスター・クークルスが選んだものす。
動きやすいシャツにジーンズ生地のオーバーオール、こちらの方が畑仕事向きで都合がいい。
少し女の子らしさが足りないですが、これも予算内でどうにか工面してくれたのでしょう。
「あ……。し、しまった、そうだった……パティアは、なんてことを……。はぁ、パティアは、おろかものだ……」
大げさな子です、パティアは頭を抱えてうずくまった。
オーバーオールにはきっと帽子が似合うだろう。アケビのツルを編んで作ってあげたら喜ぶだろうか。ついでに日差し避けにもなる。
「しばらくパンツ1枚で過ごすか、生乾きに耐えるしかありませんね」
「はだか……ねこたんとバニーたんが、パティアのはだかに、メロメロに、なってしまうな……」
「じゃあ生乾きしかありませんね」
「うー……そうする……」
パティアは部屋に戻って着替えを済ませると、しばらくメギドフレイムの暖炉から離れようとしなかった。
泥んこは気にならないくせに、生乾きは嫌だそうですよ。




