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24-7 花屋のヘザーと猫の耳

 明る過ぎてやかましいので省略します。

 ぼんやりと店の中を物色しているうちに、タルトと花屋のヘザーの商談がまとまりました。


 けして小さくはありませんが個人経営の店です。

 大口の取引にヘザーはニコニコと気を良くして、取引の走り書きへと何度も目を落としては嬉しい現実を噛み締めていました。


「へへへ……私、このお金で婚活しようかな……タルトさんみたいになりたくないし」

「はぁ?! それどういう意味だいっ、ならもっとケチケチ買い叩きなおしてやったっていいんだよっ!!」


 しかしこのヘザーという女性、恐れというものを知りませんね……。


「ああ嘘嘘っ、ただのたとえ! だって何ていうか、リセリに先越されるのはちょっと……さすがに危機感あるかなぁって、急に思っちゃっただけだって……」


 商談中もだいたいこの調子でした。

 思ったことをすぐに口に出すタイプで、それがいちいちタルトの導火線に火を付けるのです。


 ああ、やかましい……。こういった時ばかりはネコヒトの鋭い耳が呪いにさえ感じられます。

 もしかしたらこの花屋、彼女の明るさで成り立っている店なのかもしれませんね。


「話がまとまったことですし、そろそろ帰りませんか? キシリールを待たせていることですし」


 やはり彼の様子がどうも気になります。

 いつもより口数が少なく、姿にもどことなく暗い雰囲気がありました。


「あっ、その人知ってるよ。たまにうちで花買ってくイケメン、しかも超やさしい人!」

「おやご存じでしたか」


「うん! あーあ、ああいう人が旦那さんになってくれたらなぁ……」

「アンタ軍人は止めときなよ、現実の騎士様ってのはさ、立場とか命の危険とかあって大変なんだからね」


 おやいやに詳しいですねタルト。

 まああれだけ熱心に研究(・・)をされていたら、何かと精通してゆくのが自然でしょうかね。


「ちなみに今日は姿を現しましたか?」

「え、キシリールさんのこと? うーん……今日っていうか、最近は全然見てないなぁ。いつもはうちの店使ってくれてるのにさー……」


 キシリールという人は真面目で誠実です。

 聖堂に寄る機会があれば、古い形式に則って花を購入して参拝するでしょう。


 ところが今日は来ていないそうです。

 ならばキシリールはホルルト司祭とどこで接触したのでしょうか。


「アンタのことさ、どうせ無自覚に傷をえぐるようなこと、言ったんじゃないのかい」

「うぐ……あたしそこまで酷くないよ! でも……そうなのかなぁぁ……? 実はそんな気もしてたんだけど、やっぱりそうなのかな……。ぅぅー……イケメン、イケメンがぁ……」


 これはもしかしてなのですが、リセリはヘザーの影響でイケメンという若者言葉を覚えたのかもしれません。


「そこはご安心を、彼はそんな狭量な人ではありません。というよりやはり、キシリールに何か別の事情があったのでしょう」


 サラサール王が軍備を見直したこの時期に、なぜキシリールがパナギウムを離れなければならないのでしょうか。

 ええそうですね。きっと離れなければならない状況に追い込まれているのでしょう、正騎士の仕事を放棄してまでして。


「あ、猫だ」

「……おや、猫ですか?」


 こっちは慰めているつもりでした。しかしヘザーは野良猫に夢中になっていたようです。


「はて、どこにもいませんよ?」 


 ところがまぶしい軒先を見回してもそんなものいません。

 ……いえ、そういえばいました。ここに、猫ではないが猫に似た生き物が確かに。


「ヘザー、アンタね……その猫様はアンタの大事な取引先なのわかってるのかい……」

「うわぁービックリ、猫のお客さんとかあたしはじめてー! はじめまして、かわいいネコちゃん!」


 油断していました。ヘザーはお構いなしでグイグイ踏み込んでくるタイプでした。


 ヘザーとネコヒトの瞳がぶつかり合うと、わたしはわざと顔にしわを寄せて脅かしてやりました。

 全く効かなかったのですぐに止めました。


「見ましたね……?」

「うん、見ちゃった。思ってたよりすっごい正体でビックリだよ~! タルトお姉さんの紹介だしー、カタギじゃないとは思ってたんだけどねー!」


 よくもまあそれだけポンポンと失言が飛び出すものですね、その口。

 昔はさておき、今のわたしは立派なカタギですよ。


「その口直しなよ……アンタ、いつか痛い目に遭うよ!」

「そこはほらー、私とお姉ちゃんの仲じゃん。ネコちゃんとももう他人って感じしないしー♪」


 どうも好かれてしまったようです。

 バーニィ以上になれなれしく、ヘザーがわたしのふかふかのほほを両手で包みました。


「ヘザー、あなたの誤解を1つだけ解きましょう。わたしは猫ではありません、猫がわたしたちのマネをしているだけで、このフォルムはネコヒトが、オリジナルなのです。いいですか、ネコヒトが最初です、その次が猫です」


 仕方ありません。ヘザーにはわたしたちニャニッシュの協力者になっていただきましょう。

 タルトは夜型ですし、その商売柄、接触できる時間に限りがあります。


 何度もナイフを突き付けられては、いつか間違いがおきてしまうかもしれませんしね。


「ふーん……そこはどうでもいいかなー」

「どうでもよくありません。わたしは猫ではないと言っているんです」

「アンタ、やっぱそこだけは譲れないんだね……」


 譲れません。じゃないとわたしたちネコヒトは、猫のマネをする痛い種族になってしまうじゃないですか。


「リセリを守ってくれてるんでしょっ! ならエレクトラムさんは私の味方! あの子を助けてくれてありがとう、めっちゃ感謝してるよぉーっ!」

「どういたしまして。さて、わたしは猫でしょうか、それともネコヒトでしょうか?」

「しつこいよアンタ……」


 リセリの友達として、わたしに強い感謝の情を抱いているのは嘘ではないようです。

 真っ直ぐにネコヒトさんを見つめて、彼女は悦びと感謝の笑顔を浮かべていました。


「ネコヒトのエレクトラムさん、またのお買い上げお待ちしてますっ! 今すぐ包むからちょっとまってね、重たいやつはこっちで運んどくから!」

「ならうちの連中をよこすよ。はぁぁ……これでやっと肩の荷が下りたよ……」


 わたしとタルトは花屋のヘザーに種と、数々の園芸道具を買って旧市街の骨董屋に戻るのでした。


「え、ヤクザさんはちょっと困るよ!」

「ああもううるさいねっ! そのヤクザを、さんざん挑発しまくってんのがアンタだよっ!!」


 しかしヘザーは言い返しました。

 タルトは昔なじみのお姉さんだから、そんなの関係ないそうです。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



その頃、里の寝床では――


「あっあっ……そ、そこっ、あっ、いいっ、ふぁぁぁ……♪ も、もっと、もっとお願いしますぅ、あっ、アルスさぁんっ……♪」


 快感混じりのいかがわしい声が漏れていたそうです。


「フフフ……ここか、ここがいいのかい……? ほら、もうこんなになっているよ……」

「やだ、見せないで下さい、恥ずかしい、です……」


 発生源は百合水仙の騎士アルストロメリアと、シスター・クークルスでした。

 時刻は昼過ぎ、バーニィ主導の建築仕事もあって大半が外に出払っています。


「さあ……次は反対側だよ……。ん、ところでクーさん、これって、そんなに気持ちいいものなのかい?」


 アルスがシスター・クークルスに膝枕をしていたようです。

 いえちゃんと具体的に言いましょう。アルスがクークルスの耳を掃除していました。猫、の付く方の耳の穴を。


「はぁ……はぁ……ふぁぁ……♪ そんな、言わせないで下さい……」

「まあこれだけ色っぽい声を上げてもらえると、僕の方もやりがいがあるよ。ほら、クーさん、首の向きをかえて」


「はーい♪ これ、ネコさんが帰ってきたら、私からしてあげようかしら……あっ、あんっ、い、いきなりそんなっ、ひゅっ、ひゅぁぁぁ……♪」


 いえ自分一人で出来るのでおまかいなく。

 あなたみたいにそんな変な声出したりもしませんし……。


「クーさん、気持ちいいのはわかるけど、もう少し声をどうか……。もし誰かに聞かれたら、僕たちは誤解されてしまうよ……」


 シスター・クークルスの猫耳は聴力以外も不必要に敏感でした。

 誤解がないように言っておきますが、他のネコヒトもこんな甘い声なんて上げたりしませんよ。耳の中は極力触られたくない部分ですから。


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