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23-1 魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの見た歴史 - 生涯ただ一人の主君 - (挿絵あり)

 イスパとの生活は長続きしませんでした。

 老執事エイブとの生活と同じく、約半年のことです。


 といっても悪い意味の終わりではありません。

 ネコヒト・ペルバストが5歳を迎えてほどなくして、わたしがわたしの運命とついに出会ったからでした。


 しかし、今思えば全てが仕組まれていたのだと確信できます。

 わたしはあの方(・・・)を喜ばせるためのプレゼント。物覚えの良い若いネコヒトに、教養と使用人の仕事、社交術を教え、音楽も覚えさせた。


 若さもあってネコヒトの成体より少し小柄なところも、あの方(・・・)の気を引くのに最適な条件が満たされていました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「申し訳ありませんお客様、イスパはまだ時間が取れないそうで、今しばらく――」


 アルマド公爵家の離宮、その赤く麗しき庭園にてわたしと彼女は出会いました。


 瞳に星のある、漆黒の髪を持つ絶世の美女。そのたたずまいは圧倒的で、絶対者の風格と、それとは矛盾した瑞々しさが両立している方でした。

 その身にまとうあまりに強烈な魔力が、風格となって現れていたのもあります。


 最初、彼女は喋りませんでした。

 わたしのような下等なネコヒトと見つめ合い、飽きもせずわたしの姿を眺めていらっしゃいました。


「あ……申し訳ありません。めどが付き次第、イスパはこちらに来ると、申しておりますので……。あの、失礼ですがあなたは、いったい……イスパ様とは、どのような……」


 わたしも似たようなものです。その客人はあまりに美しかった。

 神々しく、絶対のカリスマを持ち、いと高き特別な存在であることが、姿たたずまいだけでわかりました。


「わたしは、何を聞いて……すみませんお客様、お忘れ下さい……」


 イスパ魔公爵がこの場に遅刻するはずがありませんでした。

 いえ言い換えます、遅刻など許される相手ではなかった、と。


 なのにわたし1人に任せた、そこには彼なりの狙いがあったからです。


「気に入った」

「はい……? ああ、この庭園ですか、赤がお好きなイスパ様らしい彩りですね」


 庭園の緑の中に、赤い花、赤い葉、赤い東屋や彫像が並んでいました。

 わたしたちがいるのは東屋、そこにある長イスに彼女は腰掛け、孔雀石のテーブルに杖を突いていました。


「クフフ……イスパめ、わらわのことを伝えておらんな……。お客様か……良き余興だ、懐かしい響きでもある」

「も、申し訳ありません。大切な客人とだけ、お聞きしておりまして……」


 異種族に興奮するなんてわたしは変態だと思いました。

 その女性を見ていると、既に加速してしまっていた胸の鼓動が、どうしても止まらなかったのです。


「はぁ……っ、それにしても、かわゆいの……♪」

「……はい?」


「ああ、今のは無しだ。聞こえなかったことにしろ」

「は、はぁ……かしこまりました」


 そう言って絶世の美女は、気だるそうにテーブルへと突っぷして、それから横顔でまた、いつまでもわたしを熱心に見つめました。

 偉い貴族令嬢に気に入られてしまった、そうとばかりわたしはどこか嬉しく思っていました。


 事実お忍びだったのか、その時の彼女はシックなドレスを着込んでいたのも勘違いの理由にあります。


「イスパは……」

「はっ、イスパはもうしばらくお待ち下されば――」


 気だるげにしゃべる彼女と、必要以上に緊張するわたし。

 はたから見ている者がいたとすれば、きっと心の中でこれは見ものだと笑っていたことでしょう。


「そなたをわらわにくれるかの……。はぁっ、まことに、かわゆいの……♪ む、今のも無しだ、聞かなかったことにしろ」


 わたしはそのとき既に見初められていました。

 いえ、魔に魅入られていたとも言えます。


「ええっと……それはどうでしょうか……。イスパ様は、なぜか、わたしを気に入って下さっているようでして。使用人であるわたしに、飽きもせず楽器を、教えて下さっているくらいなのです」


 彼との音楽の時間が日々の楽しみでした。

 イスパが忙しい日は、わたしも彼も残念で少しだけ憂鬱になってしまうくらいです。


「イスパめ、最近付き合いが悪いと思っておったら、わらわに隠れて、そんなメンド楽しげなことをな……。はぁぁぁぁ……かわゆいの……まことかわゆいの……♪ うむ、聞かなかったことにせよ」

「す、すみません……わたしのような者のために、イスパ様の時間を消費させてしまって……っ」


 彼女には人を惹き付ける魔性がありました。

 気に入られたい、喜ばせたいと、魔族の本能を刺激するかのような、絶対の何かがあったのです。


 わたしも例外なく、星の瞳を持つ彼女にそう思いました。強く、これまで感じたことがないほどに、情熱的に。


「何か奏でてみせよ」

「え……。いえですが、わたしはあなたの応対をするように言いつけられておりまして、それは」


「確かに、この場を離れて欲しくはないな。誰か人を呼べ、そいつにそなたの楽器を持ってこさせよ」

「あの、ですが、新参者のわたしに、そんな権限は……」


 夢中になっていました。

 イスパ様からの命令を遵守するべきか、彼女を喜ばせるべきか悩みました。


 ですがただでさえイスパ様に気に入られているわたしが、これ以上角の立つことするわけにもいきません。


「ならばわらわが代わりに頼んでやろう。うむ……しかし、ふかふかで、かわゆいのぅ……触りた……♪ 聞かなかったことにしろ。……おい、誰ぞおるかっ!」


 彼女は庭園に人を呼び、それから地にはいつくばってひれ伏す鳥魔族の使用人2名にこう言いました。

 その時点で、わたしもさすがに薄々感じていた推測が正しいことに気づきましたよ。

 この方はイスパ魔公爵より偉い、ただ1人だけの存在だと。


「このふかふかの楽器を持ってこい。それとそっちのやつはイスパにこう伝えよ。今日よりこのかわゆいクリームのネコヒトは、わらわが貰い受ける。ペルバストはそなたには過ぎたるものよ、もう二度と絶対に返さん!」


 ところがです。全ては彼の手の内でした。


「イエス・マイ・ダークロード。彼をお気に召して下さって俺も鼻が高いですよ」

「い、イスパ様っ?!」


 はかったようなタイミングで、イスパ・アルマドが赤の庭園に現れました。

 その手に、わたしのフルートを持って、あたかも全てを予見していたかのようにです。


「クフフ……おそるべき男よ、わらわの行動を全て見抜いていたか」

「はい陛下。少し気が早いですが、お誕生日おめでとうございます。自分のことのように嬉しいですよ」


 イスパもまた彼女を敬愛していました。

 全てを従わせる圧倒的な魔力、美貌、気位、全てを持ち合わせた王の中の王を。


「ペルバスト、名残惜しいが今日でお前は首だ。これからは偉大なる我らの主にお仕えするといい。正直な、羨ましくてたまらん、役割を代わって欲しいくらいだ……」

「え、ええっ、そんな勝手に、でも、まさかこの方は……」


 イスパ公爵がフルートを差し出して地にひざまづき、偉大なる主にこうべをたれた。

 彼は魔界で2番目に偉い。その彼の主、ならばもう答えは出ていました。わたしたちネコヒトの庇護者。


「まさかあなたは……ま、魔王……魔王イェレミア様……」

「クフフ……いかにも。これでそなたは、このわらわのものであるぞ……かわゆいのぅ♪ うむ、皆忘れろ」


 それがわたしと魔王様の出会いでした。

 魔王様は獣やネコヒトが大好きで、わたしのような早熟なだけの弱い個体に、一目惚れして下さいました。……ただし、毛皮枠で。


「早速そなたの笛を聴きたい。はよ奏でよ、楽しみで身体の力がなぁ、ととと……抜けて、いきおるわ……」

「イェレミア陛下のお言葉だ、ペルバスト、楽しませてさしあげろ」


 だらしなく机に頬杖を付いた女性から、わたしは公爵様よりもなお低くひれ伏して白銀のフルートを受け取りました。


「では、未熟者ゆえお聞き苦しいところもあるかと思いますが……、失礼いたします、魔王様」

「おおそうだ、そなた、上の名前は……?」


「ありません、孤児でしたので」

「そうか、お前もか。ならば今日よりベレトート・ペルバストと名乗れ」


 それと新しい名前もいただきました。


「魔王の(しもべ)なのだからな、猫神の名を冠しても不自然はなかろう。はぁ……それにしても、やはり、堪えようもなくこれは……ッ、か、かわゆいのぅ……♪ 聞かなかったことにしろ」

「はっ、陛下のお言葉のままに。ベレトート、俺に教わった技術をここに実践し、陛下に今日までの全てをお聴かせしろ」


 その日よりわたしは魔王イェレミアの僕のベレトとなりました。

 魔王様が消えるあの日まで、魔王様に振り回される、怠惰で忙しない日々が始まったのです。


 若いネコヒトが魔王様のためにまだ上手とは言えないフルートを奏でると、彼女は両手を叩いて大喜びしました。


「気に入った、わらわに仕え、以降修練に励め。……そなたの顔はどことなく、昔の家族を思い出す」


 だからわたしはアルマドの血筋に恩義を感じているのです。

 わたしは弱いネコヒトでしたが、魔王様を喜ばせる才能だけは、他の誰にも負けませんでした。


「それにしても、かわゆいの……♪ それに横笛まで奏でられるとは、なんてお利口ネコちゃんなのかのぅ……クフフ♪ うむ、聞かなかったことにしろ、喋れば死罪と思え」


 わたしを猫扱いしていいのは、魔王イェレミア様だけです。

 それからその先のわたしにとって、世界の全ては魔王様だけとなりました。

 魔王様の悦びの為に全てを尽くし、忠誠心という名の無償の愛を捧げました。


 魔族を束ねる偉大なる主は、三魔将の誰でもない。

 魔王イェレミア様以外に、この魔界を支配していい存在があるわけがない。

 生まれながらに選ばれた絶対なる君主、全ての魔族が無条件でひざまづく王者そのもの。


 その消失を、嘆かなかった者など一人もいない。

 魔王様の消失は、全ての魔族にとっての悲劇でした。


――魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの知られざる歴史 終わり――


挿絵(By みてみん)


挿絵抜けてました

足しました

乗りましたねこたん

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