18-13 天才と狂人は紙一重 頭のおかしな錬金術師に会いに行こう
パン酵母が手に入りました、次はひょうはく剤です。
「ひょうはく剤、というものをご存じですか? それを作れる錬金術師の力を借りたいのですが……」
「ああ確か、布を白く染める薬だったかな。普通に生活している市民にはあまり縁のない物ですね」
「ええわたしもよく知りませんで」
「錬金術師の店になら、仕事で2軒ほど行ったことがある。この近くと南部の歓楽街だ」
レゥムに1軒あればマシな方かと思っていましたが、2軒もあるそうです。
聖堂区にある店が一番近い、そうなると普通なら南部の歓楽街になどわざわざ行かないでしょう。
「素晴らしい、して、腕が良い方はどちらです」
「南だ、即答できる。だがあそこは止めた方がいい」
「なぜです。中途半端なひょうはく剤とやらで、わたしの娘の毛皮が、まだらに濁った白になってもいいとでも?」
あの子はわたしが買ってきた自分の服を、子供たちに差し出したのです。
そのやさしさにわたしは報いてあげたい。親のえこひいきと言われようとも、それが正しい行いだと思うのです。
「貴方は娘さんを愛しているんだな……」
「せっかく作るのですから、中途半端な物では納得がいかないだけですよ。では、歓楽街の方の店に案内を」
「いやだけど……あそこの店は、何というか、店主が趣味でやっているような店でな……」
「職人気質で付き合いづらい方とでも?」
腕があるならばプライドが高いのも当然です。
そういった職人は、己の技術を認めてくれる者を求めている。
キシリールは困った様子で腕を組み、それから自分の頭をかいていました。
「付き合いづらいという部分に全面的に同意するよ。あれはレゥム1の変人だ。気が乗らなければ依頼を断るかもしれない、店が開いてる保証もない」
「ですが腕は良いのですよね?」
「ああ……腕はな……腕だけはいい、だが頭がおかしい」
「ならば先にこの近くの錬金術師に会いましょう」
どうもわたしに紹介したくないらしい。
キシリールの顔色が一気に明るくなりました。
「そうか、俺はそれがいいと思う!」
「いえ依頼はしません。安い品でも買って、ただエドワード氏について聴くだけです」
「おい……本気なのか? どうなっても知らないぞ……」
「どちらにしろ双方の錬金術師に話を聞くのです、ならば歓楽街の方で依頼するのが時短というものでしょう」
ところでなのですが彼には自覚がないようです。自分がだんだんわたしに対して、親しげな口調を選ぶようになっていることに。
キシリールと語りながら、まずは聖堂区の錬金術工房に立ち寄りました。
●◎(ΦωΦ)◎●
聖堂区の店は外れでした。
エドワード氏についても知らないようです。
その錬金術師が蒸留したというアルコールも、店先で確認した限りでは純度が低く不純物が混じる品物でした。
こんな店に純白の毛皮が作れるとは思えません。
すぐに店を出て、キシリールの馬でレゥム南部歓楽街に向かいました。
●◎(ΦωΦ)◎●
レンガ作りの錬金工房に入りました。
軒先には飾り気もなにもなく、看板に錬金術師ゾエの工房、との文字が刻まれているだけです。
商売が得意そうな匂いはこれっぽっちもありません。
「ほぅ、あなたの言うとおり品物は良いようですね」
「ああ……だが、だが店主がくせ者でな……」
あちらと同じ蒸留したアルコールを売っていました。
こちらには混合物が全くありません。ならば純度もそれ相応に高いでしょう。
他にもよく澄んだガラス瓶や、石鹸、なにに使うやらよくわからない薬剤の数々もあります。
「ほっほぅ、どこの誰がくせ者かね?」
「で、出たぁっ?!」
それが店主のゾエだそうでした。
その不思議な響きの名から、てっきり男だと思っていました。
違いました、陰気な雰囲気のある長い黒髪の女で、美人でしたが散髪もブラッシングも嫌いそうな風貌です。
「人の店に入っておいて、その店主に向かって出たとは何かね? うむ、そちらのフードくんは我が輩の手並みがお気に召したようだ。おや、そっちのボンクラづらはどこかで見た顔だな……」
「客に向かってボンクラと言う方もどうなんだ……。キシリールだゾエ、半年前に客としてここに来ている。消毒薬と、鎮痛剤を注文した。今思うとあれは、いやによく効く薬だった……」
怖いくらいに腕が良かったそうで、これは期待ができそうです。
店主の性格と立地が災いしてか、埃をかぶった商品もちらほらありましたが。
「おおあの時の! してそちらのお客人は店主と会ってもフードを下ろせない、お尋ね者か何かかね? いや別にかまわんよ、金を出してくれれば誰であろうと、道ばたのワンコであろうと、はなからどうでも、いい!」
なるほどキシリールがわたしに紹介したくない理由がわかりました。
変人です。虚栄心を偽らないタイプです。この手のタイプは人の感情などお構いなしに好き勝手言います。
「すみませんね、まあそんなところでして。わたしの名はエレクトラム・ベル、あなたの力を頼りに来たただの老いぼれです」
「うむっ、その言い方はなかなか悪い気がしない!」
しかしこの性格だと、位のある者からの仕事はそれ相応に減るでしょう。
見た限り、羽振りは聖堂付近の工房に遠く及びません。
「お初にお目にかかるエレクトラム老、我が輩の名は大ッ、大ッ、大ッ、大ッ、大ッッ天才ゾエ! 本業はネクロマンサーなんだがね~。今は何となく錬金術師の工房をしている」
個性的な方ですね。何となくキシリールの様子をのぞいて見ました。
手のひらで顔をおおってうつむいています。この人、こういう姿が似合う気がします。
「ネクロマンサー、死霊使いですか。それ公言しちゃって平気なのですか?」
「この通りの変人だ、妄言だと思って誰も信じちゃいないよ……。かわいそうな精神異常者だと思われてるってことさ……」
そこは昔から言うでしょうキシリール、バカとハサミは使いよう。
ハサミの切れ味を持ったバカは有用です。
「フハハッ、俗物が我が輩を理解しようなど片腹痛いっ! そんなもの好きに言わせておけばよいのだ! 我が輩の評価は我が輩が決める、おおっ我が輩としたことが至言ではないかッ!」
「はい、わたしとしてもどうでもいいことです。ネクロマンサーのゾエには用はありません、錬金術師としての仕事をお願いしましょう、大天才のゾエさん」
ところがこの手のバカは話を聞きません。
わたしの言葉の都合のいいところばかり好意的に受け止めて、大喜びで自分の話を始めました。
「いやぁっ、しかしこの大天才としてことが! 次元の間に落ちてしまってねぇ……そしたらどういうわけか、戻れなくなった上に、女の子になってしまっていたではないかっ! ああっ自分っ、美しいッッ!」
「すまん、エレクトラム殿……これだから嫌だったんだ……」
いいんですよキシリール、これはそういう人なんでしょう。
この手合いには、言葉のキャッチボールを期待してはいけません。
そんなことしてもこっちが疲れるだけです。ボールを投げ付け合えばいいんです。
「それより大天才のゾエ殿、ひょうはく、剤、とやらを作れますか? あなただけが頼りなのです」
「我が輩を誰だと思っているっ、任せたまえ、ちょちょいのちょいのちょいのおっぺけぺーであるよっ! だがしかし、あれは棚に置いても売れるようなものではないでな、うむ。……2時間後にまた来たまえ」
頼もしい返事です。ですが2時間もかかるものなのでしょうか。
「長い、1時間でやってくれ!」
「断~るっ! これからご飯を食べて顔を洗ってトイレにまたがりスッキリした後にご近所のご老体のためにしみったれた湿布薬ごときを作らねばならんのだッ! 多忙なのだよ我が輩は!」
「まさか今起きたのか……? もう夕方近いぞ……」
「うむ、昨晩は読書が高じてしまってな。フッハッハッ、まさかあそこで主人公が覚醒するとはなっ、ベタベタ過ぎて胸が高鳴ったぞ!」
まあ2時間くらいなら構わないでしょう。
この手の職人気質は余計なことを言うと、ヘソを曲げたりしてかえってめんどうです。
「わかりました2時間待ちましょう。ですけど最後に質問をさせていただけますかゾエ。ひょうはく剤のこととは別に、あなたに聞きたいことがありまして」
「かまわんよ、蝉の雄雌の区別の仕方程度なら簡単に答えられる。答えは、そんなこと考えるだけムダだということだ! 知識の探求1つにしてもベクトルが大事なのだよベクトルが!」
そんなこと誰も聞いていません。
反応したらまた自分の話を展開させてゆくのが見えていますので、わたしもわたしで自分の話をかぶせていきました。
「エドワード・パティントンという方をご存じですか?」
「ふむ! それはおそらく! 名前からして男だろう、それ以外はわからんなっ」
「魔導書、あるいは魔王復活に関する研究を行っている方だと推測しているのですが、ゾエさん、本当に知りませんか?」
わたしの情報がゾエの顔つきを変えました。
ボサボサの長い前髪をかき上げて、あまり洗ってない皮脂の匂いを香らせつつ、その瞳を爛々と輝かせる。
「おお興味深い男ではないか! 復活! そのワードを聞くだけで胸が躍るっ、ネクロマンサーとして! だがエドワードなんてのは知らんっ!」
「そうですか。では2時間後に必ず。これは前金です」
「何だもう帰るのか?! 我が輩の話をもう少しだけ聞いてくれ、君のような知的な客人は少なくてなっ、って待ちたまえぇぇーっ?!!」
付き合っちゃいけません。こういう人は自分の話しかしないんですから。
制止の言葉に手だけ振って、わたしたちは掃除のソの字すら知らぬゾエの錬金術工房を立ち去りました。




