2-4 予期せぬ侵入者、パティアに迫るあやしい影 - あやしいおっさん -
「状況が見えねぇ。なんで魔族のネコヒトと、ちっちゃいお嬢ちゃんが、こんな境界線の土地で一緒にいるんだよ?」
「そんなのきまってるぞ! ねこたんはー、パティアの……パティアのパパだ! いっしょにいるの、あたりまえだ!」
そうです、この子はわたしの娘、守らなければならない存在です。
わたしも彼女も追放者なのですから。
「んなわけねぇだろ、魔族と人の間に子供なんて……ああ、養子ってことか……」
「ようし? ようしって、なんだ、ねこたん?」
「別に知らなくてもいいことです。エッチな言葉ですよ」
養子だなんて概念は、今のパティアに必要ありません。嘘を吐いておきました。
「うぁ……おじさん、へんたい、だったか……」
「そりゃねぇぞネコヒト?!」
「あなたが余計なことを言うからですよ」
しかし平和的に言葉を交わしながらも、その不審なおっさんは周囲をしきりに見回していた。
マントの下にごく軽装の鎧を着込んだ男で、装備そのものはとても物が良かった。
「不審者そのものでしかありませんが、まずはお名前とお職業からお聞きしましょう。誰ですかあなたは?」
「……名前か、あー、名前な、名前ー、それはよ、俺の名前のことだよな? 職業の方はほら、見ればわかるだろ?」
「パティアはパティアだぞー! パティア・えれくらむだ!」
間違ってます間違ってます、エレクトラムですよパティア。
わたしは心の中でツッコミつつ、あやしい不審者の様子をうかがい見つめ合った。
「よろしくなパティア。で、そっちこそ名前は? よくあるだろー、聞いた方が最初に名乗るなんとやらだっ」
「はい、エレクトラム・ベルです」
「偽名なんだろそれ」
即見破られてわたしは驚きました。
しかしはったりかもしれない。わたしネコヒトは驚きではなく、不機嫌に怒ったふりをしましょう。
「失礼な人ですね。ですが参考に聞きましょう、なぜそう思ったのです?」
「はははっそれはよー、簡単だぜネコヒトよ。……ちょうど俺も偽名を名乗るつもりだったからよ、何となくわかっちまったんだわ、こりゃ
ー嘘だってな」
そこでソイツは言葉とまるで一致しない行動をとった。
腰からナイトソードを引き抜き、わたしに向けて身構えたのです。
それに後ろのパティアがわたしにしがみついた。
「せっかくこういう状況だ、少し試させてもらうぜ」
「わたしに勝てなかったら逃げ帰って、仲間でも
呼ぶつもりですか?」
「しらねぇな、そっちの事情なんてよ。俺はただ、ネコヒト、アンタの実力が知りてぇのよ」
ナイトソード、それはここより東にある大国パナギウムで、騎士へと支給される特製の幅広いショートソードです。
ロングソードよりリーチは短いが頑丈で、エンチャントにより切れ味が強化されている高級品、あれ1本で馬が2頭も買えると聞いたことがある。
「いくぜ、下がってなお嬢ちゃん、子供が出る幕はねぇ!」
「パティアに、ぶっとばされたくせにー! ねこたん、やっちゃえー!」
もしオンボロのエペでむやみに打ち合えば、へし折られるだろう。
パティアが場を離れるのを見届けると、男はすぐに打ち込んできた。
「素早いなネコヒト」
「どうも。しかしこんなやり方に意味があるんですか?」
「あるさ!」
わたしは彼の攻撃をかわし、翻弄した。
しかしこちらがエペで突き込んでもかわされる。彼はよく訓練された熟練の戦士だった。
力比べは拮抗し、互いにやりにくい相手に困り顔を浮かべることになった。
「おかしいだろ。ネコヒトってよ、こんなに強かったっけ、いやそんなわけねぇよな……?」
「あなた、パナギウム王国の騎士でしょう。それがこんなところに、一体何をしに来たのです、場合によっては、魔界の穏健派を刺激しますよ?」
ナイトソードからして彼の正体はバレバレです。
冒険者どものゴロツキとはまた違う、軍門に属する者がなぜこんなところに現れたのか。
「その答えはよ、決着を付けてからにしようぜ! 底知れない強さだが、そっちの獲物は錆びついたボロ、このチャンスを逃すのは惜しい。それによ、ここで勝負に勝てば後の交渉でイニシアチブが取れるしな、ワハハハッ」
「そうですか。……パティア、ナコトの書をこちらに」
「おお、それだー! ねこたん、やっちゃえー!」
駆け寄ってきたパティアより書を受け取った。
それがわたしの手のひらの中で本来の姿を取り戻し、張り付くようにわたしの右手のひらにくっついた。
書もどうやらやる気のようですね。
「魔導書、ご禁製のブツじゃねぇか……しかも、なんだそれ、今でかくなったよな?」
「ええそうらしいですね。さて悪いですが、そういった暑苦しい意地には付き合いかねます。アンチグラビティ――」
術によりわたしの体重は半分になった。
どうやらそれは、身につけている物にも効果が及ぶらしい。
筋力はそのまま、重量は半分、それがもたらす圧倒的な瞬発力でわたしは分からず屋の喉元にエペを突きつけてやった。
痛みを感じた方が冷静になるでしょう、カミソリ負け程度の血をも流してもらいました。
「確かに、この世に2つとない相応の代価かもしれない。打ち合わずに戦うスタイルを貫くならば、アンチグラビティは、わたしの戦闘力を倍以上に跳ね上げてくれるようです」
「ねこたんのかちだ、おじさん、かんねんしろ。ねこたん、おじさんあやしい。でも、わるいおじさんちがう、かも」
そうですねパティア。わたしはそう心の中でうなずいてエペを引っ込めました。
これで主導権はわたしのもの、答えてもらいましょう。
「で、あなたの名前は? 何をしにここギガスライン、それも大地の傷跡だなんてド辺境地オブド辺境地にいらっしゃったのですか?」
それと笑っておきました。
笑顔はコミュニケーションの潤滑油です。こういうときだからこそ笑いましょう。
するとニッとその騎士もわたしの笑顔に落ち着いた笑みを返してくれます。
「俺の名前はバーニィ・ゴライアス。わけあってあっちにいられなくなって逃げてきた」
バーニィ・ゴライアスはナイトソードと、脇差しのマインゴーシュをわたしの足下に投げ捨てた。
それからまたさっきのように、しきりに周囲を見回し始めた。
「頼む、ここに俺を置いてくれ、あっちにはもう戻れねぇんだわ」
「わたしはこの子の親、あまりあやしい者を置きたくありません。その都合で聞きますがバーニィ、あちらで何をしでかしたんですか?」
「お、おう、その話な……」
あやしいおっさん騎士はわたしの問いかけに言いよどみました。
よっぽど言い難いのか、苦笑いを浮かべたり、渋い顔で困り果てる。
パティアもそんなうさんくさい大人を、怪しむように見ております。
「なあ、どうしても言わなきゃダメか……?」
「パティアのくんだみず、のむか? ばにー、ぜんぶはいて、らくになれ、な? ねこたんは、やさしいぞ」
子供が好きなのだろうか、パティアの態度にバーニィはやさしく笑っていた。
そんな仕方のない大人を、パティアが背中をポンポンとやさしく叩く。すると彼はついに白状しました。
「俺はパナギウム王国の騎士バーニィ・ゴライアス。一身上の都合により、国から退職金をかっぱらってドロップアウトを試みた者!! 現在指名手配中! 国に戻れば陰惨な処刑確実のかわいそうなおじさん、それが俺だ!!」
ソイツは国の金を盗んだ悪党でした。




