表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤く濡れた月の影に(改稿版)  作者: 荒野ヒロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

怪物

 アトマの体が膨れ上がったように見えた。

 外套をはぎ取られた少年は布の衣服とズボンを身に着けていたが、急激に成長したかのごとくに四肢が伸び、口から抜け落ちた歯の代わりに、猛獣の物に似た鋭い牙が生え出てきていた。


「「ぅぐぉおォオぉオォ……ッ!」」


 少年の口からもれた音は、人間の少年のものではなかった。

 体長も衣服を引きちぎりそうなほど大きくなり、長い手足が上着やズボンの先から突き出ていて、紐で縫いつけていたもろい靴は裂け、靴底と表面の皮の部分がはがれて、鋭い爪がついた灰色の足がむき出しになっていた。


「いヤぁァアァッ‼」

 少女と母親が絶叫しながら逃げ出した。

 怪物が出たと叫び声をあげながら。

 夕暮れが迫る時刻。

 すでに日は沈み、空は朱に染まっていた。


 公園から聴こえる声に、市民たちが騒然となって互いに声をかけあいはじめた。

 町の門にある兵舎にいた衛兵や、戦士ギルドの前にいた者たちが、町中に現れた化け物の話を聞き、公園へと急行する。



 アトマは──アトマだったものは、逃げて行く三人を追うことはせず、足下に転がった少女の遺体におおいかぶさると、その小さな体に爪と牙を突き立てた。


 少年にはもはや人間としての理性はとぎれてしまっていた。

 少女の肉を喰らうのを止めることはできなかった。


(こんなにおいしいものがあったなんて)


 少年だったものはおぼろげに、そんなことを思っているくらいだった。──あるいは少年だったころの記憶を受け継ぐ何かが、そんなふうに述懐しているだけかもしれない。


 なぜならそこにいるのは、明らかに「夜に徘徊する者(ガーフィド)」だったからだ。──人間ではない正真正銘の怪物が、公園で少女の肉を貪り食っているのだ。

 小柄ではあったが、灰色に変色した皮膚に骨張った体つき。灰色の腕や背中に青い血管が浮き出ている。不気味なその姿は不死者のようであった。


 死肉を喰らうとされていた怪物が、このように町中に現れるなど前例がないことだ。

 少年だったそれは夢中になって少女の体を食いちぎり、肉を引き裂いてその新鮮な食事を堪能していた。



 そこへ数人の衛兵と戦士ギルドの冒険者がやって来た。彼らは防具らしい防具は身に着けていなかったが、それぞれが剣や槍を手にしている。

「ばかな……ガーフィドだと!」

「いくら日が沈んでいるとはいえ、町中にどうやって入り込んだ⁉」

 数人の兵士が槍を構え、剣を手にした冒険者が、小柄な怪物を囲むように近づいて行く。

 背後や側面からじりじりと近づいていたが、青白い皮膚を持つ怪物はぎょろりと彼らをにらみつける。


「「キシャアアァ──ッ‼」」

 血の混じった息吹を吐いて威嚇するガーフィド。ビリビリに裂けた衣服をまとう怪物が立ち上がると、邪魔な子供の衣服を引き裂いて上半身をあらわにした。

 骨と皮ばかりの体。

 醜い怪物となったアトマは、はじめて受ける殺意に怒りを返し、むき出しの敵意で応え、吠えた。

「「ぅぉオォァアァぁあアッ‼」」

 鋭い爪を振って敵に襲いかかるその姿は、人間の少年ではなかった。完全に怪物と化していた。



 少年だったものはそこで死んだ。

 怪物として討たれたのだ。

 何度もガーフィドと戦っていた冒険者がいたため、手こずることもなくあっさりと討伐された。


 剣の一撃で首を落とされたガーフィドは、数歩地面を歩き、離れた場所に頭部が転がり落ちた。体が地面に倒れ込むと──人の物ではない青い血を、首からあふれさせたのである……

最終話のエピローグを日曜日(0時)になったとき予約投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ