怪物
アトマの体が膨れ上がったように見えた。
外套をはぎ取られた少年は布の衣服とズボンを身に着けていたが、急激に成長したかのごとくに四肢が伸び、口から抜け落ちた歯の代わりに、猛獣の物に似た鋭い牙が生え出てきていた。
「「ぅぐぉおォオぉオォ……ッ!」」
少年の口からもれた音は、人間の少年のものではなかった。
体長も衣服を引きちぎりそうなほど大きくなり、長い手足が上着やズボンの先から突き出ていて、紐で縫いつけていたもろい靴は裂け、靴底と表面の皮の部分がはがれて、鋭い爪がついた灰色の足がむき出しになっていた。
「いヤぁァアァッ‼」
少女と母親が絶叫しながら逃げ出した。
怪物が出たと叫び声をあげながら。
夕暮れが迫る時刻。
すでに日は沈み、空は朱に染まっていた。
公園から聴こえる声に、市民たちが騒然となって互いに声をかけあいはじめた。
町の門にある兵舎にいた衛兵や、戦士ギルドの前にいた者たちが、町中に現れた化け物の話を聞き、公園へと急行する。
アトマは──アトマだったものは、逃げて行く三人を追うことはせず、足下に転がった少女の遺体におおいかぶさると、その小さな体に爪と牙を突き立てた。
少年にはもはや人間としての理性はとぎれてしまっていた。
少女の肉を喰らうのを止めることはできなかった。
(こんなにおいしいものがあったなんて)
少年だったものはおぼろげに、そんなことを思っているくらいだった。──あるいは少年だったころの記憶を受け継ぐ何かが、そんなふうに述懐しているだけかもしれない。
なぜならそこにいるのは、明らかに「夜に徘徊する者」だったからだ。──人間ではない正真正銘の怪物が、公園で少女の肉を貪り食っているのだ。
小柄ではあったが、灰色に変色した皮膚に骨張った体つき。灰色の腕や背中に青い血管が浮き出ている。不気味なその姿は不死者のようであった。
死肉を喰らうとされていた怪物が、このように町中に現れるなど前例がないことだ。
少年だったそれは夢中になって少女の体を食いちぎり、肉を引き裂いてその新鮮な食事を堪能していた。
そこへ数人の衛兵と戦士ギルドの冒険者がやって来た。彼らは防具らしい防具は身に着けていなかったが、それぞれが剣や槍を手にしている。
「ばかな……ガーフィドだと!」
「いくら日が沈んでいるとはいえ、町中にどうやって入り込んだ⁉」
数人の兵士が槍を構え、剣を手にした冒険者が、小柄な怪物を囲むように近づいて行く。
背後や側面からじりじりと近づいていたが、青白い皮膚を持つ怪物はぎょろりと彼らをにらみつける。
「「キシャアアァ──ッ‼」」
血の混じった息吹を吐いて威嚇するガーフィド。ビリビリに裂けた衣服をまとう怪物が立ち上がると、邪魔な子供の衣服を引き裂いて上半身をあらわにした。
骨と皮ばかりの体。
醜い怪物となったアトマは、はじめて受ける殺意に怒りを返し、むき出しの敵意で応え、吠えた。
「「ぅぉオォァアァぁあアッ‼」」
鋭い爪を振って敵に襲いかかるその姿は、人間の少年ではなかった。完全に怪物と化していた。
少年だったものはそこで死んだ。
怪物として討たれたのだ。
何度もガーフィドと戦っていた冒険者がいたため、手こずることもなくあっさりと討伐された。
剣の一撃で首を落とされたガーフィドは、数歩地面を歩き、離れた場所に頭部が転がり落ちた。体が地面に倒れ込むと──人の物ではない青い血を、首からあふれさせたのである……
最終話のエピローグを日曜日(0時)になったとき予約投稿します。




