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赤く濡れた月の影に(改稿版)  作者: 荒野ヒロ


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森に住む老人との出会い

少年の身に変化が……

 少年は目覚めた。

 体が重く、あちこちが痛い。

 そうした思いはあったが、命は無事だったらしい。


(おおかみは──どうしたんだろう?)


 自分が助かった理由がわからなかった。

  確かに少年は黒く大きな影に襲われて、岩にたたきつけられた記憶が残っていた。

 その少年がいまは寝台ベッドに寝かされていた。

 まわりにある物は木の壁に戸棚など。アトマが住んでいた掘っ建て小屋よりも、格段に住みやすそうな室内で、少年は目を覚ました。

 小さな部屋のの中には奇妙な匂いが充満していた。少年はそのお香の匂いにむせ、せき込んだ。


「おや、起きたかい」

 しばらくすると、少年のせき込んだ音に気づいて人が部屋に入って来た。

 それは人の良さそうな老人で、少年が見たことのない、小綺麗な法衣ローブを着た男だった。


「だいじょうぶかい? 腕やわき腹に傷を負っていたから、薬は塗っておいたけれど」

 老人は優しげにほほ笑みながら少年をいたわり、傷の具合を見て言った。

「ああ、これならだいじょうぶそうだ」

「あの……あなたは」

 少年はそう言ってから、あわてて助けてくれた礼を口にした。

「たすけてくれて、ありがとう」

「なぁに、わしはたいしたことはしておらん。森の中が騒がしかったから行ってみると、おまえさんが倒れておったのでな」

 それで小屋まで運んできたのだと老人は説明する。


 アトマは起き上がり、寝台から出て立ち上がった。

「ぼくはアトマです」

「アトマ……?」

 老人は首をかしげる。まるで耳にしたことのない異国の言葉を聴いたかのように。

 その目が細くなり、何事かを考えているようだったが、老人は口元に薄い笑みを浮かべると、

「わしはボウラじゃ」

 と名乗った。



 こうして二人は出会った。

 偶然が生んだ出会い。



 ──果たしてそうだったのだろうか。



 * * * * *



 少年はその後数日、老人のもとですごした。

 体を癒すためと老人は言い、アトマに食事と薬を与えてくれた。

 少年の身の上を聞くと「それは大変だったねぇ」などと、少年を案じながら。


 町に向かう途中だったと少年が話すと、老人はにこやかに「それならまず怪我を治して、食事もきちんと取って体力を回復させてから」と少年をさとした。

 老人は優しく、少年の着ていた野卑な毛皮の衣服の代わりに、布でできた服と柔らかな革靴を用意してくれ、さらに数日間の食事を与えた。

 少年は老人の優しさに感謝しながら、彼の用意した食事を口にし、お茶を飲んだ。


 ──だが少年は、次第にそれらの味がわからなくなってきた。

 味が薄くなったのかと思いもしたが、青菜などを口にすると、吐き出したくなるような思いにさらされた。

 その様子を見た老人は、つぎの食事から野菜を出すのを止め、肉だけを食卓に出すようになった。


 少年の体の傷はすっかり癒えていた。

 森の中にある小屋の中で生活していたせいか、少年は色が抜けたように青白い肌になっていた。

 狼に襲われて目覚めてから、気づけば少年は昼間にはあまり活動せず、夕暮れが近くなると小屋の外にある畑の手入れをしたり、老人から話を聞いたりしていたのだ。


 少年は自身の変化には無頓着で、「こうしたこともあるんだろう」としか感じていないようだった。



 * * * * *



「アトマ」

 と老人は声をかけた。

 少年が老人のもとを去ると決めた翌日のことだ。

「町への道は教えたとおりだが、昼間の行動には気をつけなさい。きみは怪我を負った影響で、日の光に弱くなっている。

 日光に長時間あたると気分が悪くなったり、火傷をしてしまうじゃろう」

「そうだったんだ。なんだかさいきん体の調子は悪くないのに、日にあたるとめまいがしたりするので、変だと思ってた」

 そうだろう、と老人はにこやかに言った。


「それと、その顔のあざはよろしくない。顔を見られぬように、頭巾で顔を隠しなさい。気味悪がられるといけないからね」

 ボウラはそう警告し、少年はうなずいた。


 アトマには老人の様子は最初のころと変わらないように見えたが、老人の目には不思議な光が宿っている。──まるで「これから楽しいことが起こるぞ」とでも考え、期待を押し隠しているかのような表情をしていた。

 少年はここ数日の老人の支えに感謝し、小屋を出て町へ向かった。

 街道の場所はわかっていたが、まだ夕方の日差しが残っていたため少年は森の中を移動し、木陰を移動して街道横の森を歩いて町へと近づいていた。


 木陰を進んでいると、自分の感覚が森に適応しているのを感じ、うれしくなった少年は暗い森の中をすばやく移動した。

 まるで森に棲む獣のように、少年は喜々として森を駆け抜けた。その姿は二本足で歩き、ときに前足も使って走る猿のようでもあった。


 あっと言う間に山を下ると、町の近くにある森に潜伏し、そこで目的の荷車が通るのを待った。


「町に入るときにお金(通行料)を取られてしまう。だから荷車の積み荷に隠れて町の中に入るといいじゃろう。この季節だと飼い葉を積んだ荷車が町に入るはず。その積み荷の中にまぎれるといい」

 老人はそう教えてくれたのだ。

 その言いつけどおり少年は暗闇にまぎれて、飼い葉を山のように積んだ荷車を見つけると、影にまぎれて荷車に近づき、静かにそのわらの山に忍び込んだ──

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