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094 バース王族御一行

 バース王国の王宮は、王城のすぐ近くにあった。王城は政治を行う場所で、王宮は王族が住む場所であるのだから両者が近いのは当然ではあるが。


「いや、王宮は複数あるものだぞ。あくまでも、現在の国王が日常的に家族と共に暮らしている場所がこの王宮であるというだけだ」


 あー、離宮とかあるしなあ。

 まあ、王宮事情は興味ない。問題は、これから俺が、その王族たちの住居に入っていかなければならないということだ。

 目の前には広い敷地の中にそびえ立つ白亜の建物。王族の権威を示すかのようにどっしりとしていて、それでいて壁や窓枠などには精緻な模様が刻まれている。テレビ番組で世界遺産とかそんな感じで紹介されている建物のようだ。

 俺は衛兵に神珠の剣を預けると、落ち着かない気持ちのままメイドたちに案内されるのであった。傍らのレオが堂々としているから多少はマシだが、もし一人だったら逃げ出したくなっただろうなあ。


「ようこそ、我が宮殿へ、レオナルド殿、リューイチ殿」


 案内されたのは映画に出てきそうな大広間だ。そこには大きなテーブルがあり、上座にカルロ四世と一人の女性が、そして俺から見て左側に、一番奥カルロ四世の傍らにあたる場所に若い男性が、そしてその隣にフロージア第一王女、さらにその隣に少女と三人が座っている。


「カルロ四世の隣にいらっしゃるのはオルガ王妃だ。フロージアの左にいる男がリカルド王子で、右にいる女性がエレナ第二王女だ」


 レオが俺に耳打ちする。なるほど、バース王国の王族御一行様なわけね。

 オルガ王妃はやわらかい笑顔を浮かべていてホッとするが、リカルド王子は明らかに俺を興味深そうに見ているな。21歳のレオと大して年齢が変わらなさそうだ。エレナ第二王女は十代半ばといったところか。フロージア第一王女とリカルド王子が父である国王と同じ黒髪なのに対して、エレナ第二王女は母である王妃と同じ茶色の髪をしている。フロージアほどではないが、長い髪がとても綺麗だ。


「お招きにあずかり参上いたしました」


 レオが国王に対して頭を下げたので、俺も慌てて頭を下げる。とりあえず、レオのやることを真似て、自分から何かしようとしなければ大きな失敗をすることはないだろう。


「そう固くならなくてよい。私たちは近いうちに家族となるのだからな」


 国王の言葉にフロージア王女が頬を染めてうつむく。なんという可愛さ。間違いなくレオは勝ち組だな、くそう。


「リューイチ殿もどうか楽にしてくれ。色々と話をしてみたいのでな」


 そのありがたい国王の言葉に、俺は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。




 最初はレオが中心となってダーナ王国やバース王国の近況や、婚約の儀についての会話から始まった。それについては俺がいる必要はなく、おそらく俺の緊張が解けるのを待つ配慮だろう。その間、紅茶や軽食などが後ろに控えていたメイドたちによって並べられる。


「ふう……」


 紅茶を飲んでようやく落ち着いてきた。

 てか、この紅茶美味しいな。カップが空になると、タイミングを見計らってメイドがおかわりを注いでくれる。緊張で喉が乾いていたので二杯目もすぐに飲み干してしまった。いや、何かしていないと余計に落ち着かないから仕方ない。以前だったら緊張して汗をかくことや、飲み物を飲み過ぎてトイレに行きたくなることを心配しないといけなかったかもしれないが、今はそうした老廃物とは無縁の身体なのが幸いだ。

 俺が落ち着いたのを感じたのか、レオがこの前のウンディーネ事件についての顛末を大雑把に説明を始めた。細かいことは食事中にする内容ではないので、概要だけ説明するとの前置きつきだ。確かに、こうした場では細かいことを話すのはいただけない内容ではあるな。


「つまり、ウンディーネとの交渉をうまくこなしたということだな」

「はい。ここにいるリューイチがほぼ全てをやってくれました」


 全員の視線が俺に集中する。そんな中で、レオが俺を見て小さく頷く。話を始めろってことだな。

 ……はあ、できればレオが全部説明して俺は頷くだけってことにしてほしかったが、こうなったら腹をくくるしかないか。


「交渉と言っても、大したことはしていません。ただ、ダーナ王国とウンディーネの間に立って仲介をしたにすぎません」

「謙遜することはない。私はその場にいなかったが、解決案を積極的に提案したのはリューイチと聞いている。リューイチの提案によって、ウンディーネと平和裏に交渉をすることができた」


 事実ではあるが、あまり持ち上げないでほしい。この国で起きている問題がどんなものか分からないのだから、ハードルを上げられたくない。


「その実績があったからこそ、ダーナ国王はリューイチ殿を高く評価し、グローパラスなるものを作ったのだな」


 国王が深々と頷くと、今までほとんど無言だったエレナ王女が反応する。


「あの、グローパラスとは一体何なのでしょうか?」

「ああ、エレナは知らないのか。なんでも、人間とモンスターとの相互理解を深めるために作られた、モンスターたちの集落だそうだ。なんでも、様々なモンスターたちと直接触れ合うことができるそうだ」

「そうなのですか!」


 リカルド王子が話した内容にエレナ王女は口に手を当てて驚く。嫌悪といった感情ではなく、純粋に驚いているようだ。


「そして、そのグローパラスを管理しているのが、そこにいるリューイチ殿だ。モンスターたちを集めているのもリューイチ殿と聞くが……」


 リカルド王子が俺の方を見る。


「はい、その通りです。ダーナ王国の各地を回って、モンスターたちを招いています」

「一体どのぐらいの数のモンスターがいるのですか?」

「そうですね……常駐しているのは二十種類弱ぐらいで、百人近くいますかね。半数近くがスライムですが。遊びに来るモンスターを入れると、種類はもっと増えます」


 その数は予想外だったようで、バース王国の王族一同は皆驚いた様子だった。


「それだけの数を、リューイチ殿一人が集めたのか?」

「はい」

「なんともはや、すさまじいことであるな」


 国王は顎に手を当てて何かを考えているようだ。俺としては、ここらへんで話を切り上げてほしいのだが、リカルド王子がまだ話を続けたがっているようだ。


「リューイチ殿は多くのモンスターと直接相対したようだから聞いてみたいことがある。モンスターは人間に危害を加える事はしないのか?」


 やはり、この質問は来るか。

 即座に「ない」と答えたいところだが、それでは嘘をつくことになる。安全上のことで一度ごまかしてしまうと、何か事件が起こったときに失う信頼の大きさは致命的なものとなる。

 だから、ここは俺が知る限りのことを、できるだけ正直に言う必要がある。


「モンスターが人間に危害を加える可能性は当然あります。危害の大小を考えなければ、パッと思いつくのは四つのパターンですね」

「説明してくれるかな」


 ちょっと長い会話になりそうだな。でも、ここはしっかりと説明して、誤解されないようにしなければならない。


「まず一つ目は、モンスターが危害を加えられた場合です。自らの身を守るための行動を取るのは生物として当然です。ダーナ王国で起きたウンディーネ事件はこれに当てはまると言えるでしょう。もっとも、ウンディーネによる被害はほとんどありませんでしたが」

「自衛のためなら仕方ない面はあるな。ダーナ王国の件のように、人間側が無自覚でモンスターに何らかの被害を与えているということがあるかもしれないから、何がモンスターに対してよくないのかを知る必要があるな」


 この王子、鋭いな。この一つ目の件が今後も問題になることがあるのではないかという心配を俺は常に抱いている。


「リューイチ殿、続けてくれ」

「二つ目は、繁殖のためです。モンスターは人間の男がいないと繁殖することができないため、繁殖期になると人間を誘拐するモンスターも少なくありません」


 繁殖という言葉を聞いて顔を赤くするのは王女二人。セクハラじゃないですよ、真面目な話ですよ。


「この場合、子供ができた時点で誘拐した人間を解放することがほとんどです。私が訪れた村では、ハーピーは男を定期的に誘拐するかわりに、解放したときに高額で売れる無精卵を渡すという、一種の共生関係のようなものがありました」

「そういう村もあるのか……」

「三つ目は、腹をすかせているモンスターとの遭遇です。今のモンスターは身体の大きさと比べて必要な食事の量は少なくなっていますが、環境によっては食事を摂ることが難しいこともあるようです」


 具体的な例としてサンドワームのサンディの件があるが、これについてはレオにも秘密だ。


「それは、野生動物と一緒だな」

「はい。これについてだけは遭遇した人間に生命の危機があります。そのため、そういうモンスターがいる場所については、情報を収集して人間が近づかないような手段を講じる必要があると思います」

「最後は、モンスターたちの趣味や性格によるものです」


 これについては全員が「?」といった表情を浮かべる。


「たとえば妖精の多くはいたずら好きです。人間に対してちょっかいを出すことがあります。もっとも、あくまでもいたずらなので、大きな被害になることはないですが」

「確かに、妖精による軽被害は聞くな」

「好戦的とまではいきませんが、力比べをしたがるモンスターもいます。以前、ヴィルデ・フラウという妖精に剣の勝負を求められたことがありました」


 その言葉にレオが反応する。


「おい、それは初耳だぞ」

「特に報告すべきことではありませんでしたので」

「いやいや、剣の勝負なんて面白そうなこと、黙っているのは水くさいぞ」


 なんだよ、それ。気づくと、リカルド王子も興味を示している。


「ヴィルデ・フラウは妖精の戦士で、成り行き上勝負を求められました」

「で、どうなったんだ?」

「私が勝ちました」


 簡潔にそれだけ言う。


「リューイチ殿は学者だけではなく、剣士でもあるのか?」

「はい」


 身体能力に頼りきりの剣士だけど。


「剣を持っていたのは自衛のためだけではなかったのか」


 レオは意外そうに俺を見た。まあ、外見は地球にいた頃とほとんど変わっていないから、武術などの心得がるように見えないのはよく分かる。


「一度剣で勝負したいな」

「勘弁してくださいよ……」

「モンスターに対する知識だけでなく、剣の心得もあるからモンスターとの交渉も物怖じすることなく行えるわけか」


 リカルド王子が納得したように頷くと、レオも同調する。


「リューイチの大胆さはこちらが心配したくなるようなものだったが、自らを守るだけの力があるからこその大胆さもあるのだな。納得した」

「もうこの話はやめましょうよ」

「剣の勝負以外にも何かあったりはするのか?」


 リカルド王子が食い下がる。俺の力、準神としての力に目をつけられたことはいくつかあるが、さすがにそれについては言えない。だから、ヴィヴィアンのノエルに聞いた話でごまかすか。


「優れた魔法使いは、同じく魔法に自信のあるモンスターから興味を持たれるという話は聞いたことがあります」

「リューイチは魔法も使えるんだよな。何かあったりするか?」

「魔法についてはまだ未熟な使い手ですから、モンスターに興味を持たれたことはありません」


 準神としての強大な魔力については多くのモンスターに興味を持たれてきたが、まあ嘘は言っていない。


「魔法まで使えるのか。リューイチ殿は多才だな」

「節操がないだけです。色々試してみたいのですよ」


 とりあえず、これで話は終わりといった雰囲気を出す。

 すると、エレナ王女が俺に声をかけてきた。


「あの、リューイチ殿……」


 ……? なんか、レオを含めて皆驚いた表情を浮かべているな。


「グローパラスについてもう少しお話を聞かせていただけないでしょうか。色々なモンスターがいるということですが、どのようなモンスターがいるのか興味があります。それに、リューイチ殿の武勇伝も」

「モンスターについての話なら喜んで」


 それから、俺はグローパラスにいるモンスターの中でも、スライムやアルラウネのように女性受けしそうなモンスターを選んでいくつか話をした。見目麗しい王女相手ということで緊張したが、まあ何とか説明できたと思う。幸い、エレナ王女は俺のつたない説明にも聞き入ってくれた。

 ……なんか俺とエレナ王女を見る周囲の目が妙に感じだったが、気にしないようにする。




 そして、話が途切れた頃、国王が真剣な表情になって俺に声をかけてきた。自然と俺の表情も引き締まる。


「リューイチ殿、バース王国でモンスターによる問題が起きているという話はすでに聞き及んでいると思う」

「はい」

「ぜひ、リューイチ殿の力をお借りしたい」

「私はそのために参りました。しかし、具体的なことを聞かないと、私からは何もできません」


 国王は頷くと、静かに語り始めた。


「我が国は古くからマーメイドと共存してきた。しかし、今から三ヶ月ほど前から彼女たちと連絡が取れなくなってしまった。そして、彼女たちの住処を含めた広い海域が結界で覆われ、侵入ができなくなっている。良い漁場が多く含まれていたため、我が国の漁業にとって大きな痛手となっている」


 漁業が盛んな国でそれは確かに大問題だ。


「頼む。マーメイドと接触して、彼女たちの真意を聞いてほしい」

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