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093 レオとの話し合い

「レオ、王宮ってどういうことだよ?」


 俺は周囲に聞こえないような小声でレオを問い詰める。だがレオは俺をなだめるように俺の両肩を持つと、俺の問いは無視してフロージア王女に俺を紹介する。


「フロージア、紹介するよ。モンスター学者のリューイチ・アメミヤだ。俺の友でもある」

「レオの友人であれば、私の友人でもあります。リューイチ様、ようこそ、バース王国へ」


 フロージアは優雅な仕草でそれっぽい挨拶をする。あれだ、映画やアニメとかで見るお姫様がやるような挨拶、生で見ることになるとは。えっと、こういう場合俺はどう返すべきなのだろうか。


「リューイチ・アメミヤです、王女殿下」


 王女殿下でいいんだろうか。俺は冷や汗をかきながら、片膝をついて深く頭を下げる。

 ……んー、フロージアの反応を見ると今の礼は大げさすぎたようだ。レオは苦笑しながら俺を立ち上がらせる。


「さて、本当は三人で色々話したいところだが、俺はこれから色々挨拶をしないといけないんでな。リューイチ、腹が減っているだろうから、今のうちに何か食べておけ。このパーティーは長丁場だしな」

「俺も王宮に行くのか? 平民が行くような場所じゃないだろ」

「後で説明する。ひと通り挨拶が終わったら迎えに来るから、食事や音楽、ダンスを楽しんでおけ」


 そして、レオはフロージアを連れて、バース王国の貴族と思われる集団の中へと入って行った。


「リューイチ……どうする?」

「とりあえず食事だな。腹減ったし」

「賛成ー」


 それから俺とプレゴーンは、テーブルの上に並べられている食事を渡された皿に載せて食事をとった。いわゆるビュッフェ形式ってやつだ。なんか、すごく懐かしいな。ホテルではわりと普通って話を聞くけど、ホテルに泊まるなんて高校の修学旅行が最後だったし。会社員だったら、出張とかでそういう機会があるんだろうけどさ。


「これ、美味しい!」

「確かに、これはいけるな」


 出されていた食事は、どれも美味しかった。味の善し悪しについては主観的なものだし、地球での食生活は不健康だったから自分の舌にはまったく自信がないが、それでも美味しいと即座に分かる。

 本音を言えば本能の赴くままガツガツと食べたいところだが、あまりがっつきすぎるのは恥をかきそうだ。ダーナ王国からの賓客という立場である以上、ある程度の品格は保たねばなるまい。音楽や話を楽しみながら、時間をかけて食べることにするか。

 ……とはいえ、俺たちに、正確にはプレゴーンに近づこうとするものはいないので、話し相手は互いにしかいない。まあ、見慣れないモンスターがいたら警戒するのは当然だわな。普通に考えて、プレゴーンをこの場に入れてもらえたことの度量の広さを感謝すべきなのかもしれない。いや、それは卑屈になりすぎか?


「いつか、人間とモンスターが自然に共存できればいいんだがな」

「……無理に共存しなくてもいいと思う……うん」


 いいことを言ったつもりだったが、プレゴーンが身も蓋もない言葉を返す。


「今はまだ、そこまで考えるのは……早いかも?」

「まあ、それはそう思うけどさ」


 グローパラスに来る人たちですら、モンスターに慣れたかと言われたら、それはまだ違うだろうしなあ。船員たちは度胸もあるし、ノリがよかったからプレゴーンにはすぐ慣れたみたいだけど。

 そんなこんなで、やや居心地が悪い中、手持ち無沙汰な感じで時を過ごす。音楽が流れ、レオとフロージア王女が踊りを始め、それに続くように周囲の貴族たちがダンスを楽しんでいても、俺たちは壁の花だ。いや、俺は男だから花って表現は不適切か? まあ、踊りを誘われても無理だったけど。


「リューイチたちは踊らないのか?」


 踊りを終えたレオとフロージアが俺たちの所にやって来る。二人を取り囲む貴族たちが、俺たちの姿を見ると一定の距離を保つ。


「俺は踊りを知りませんから、見て楽しんでいますよ」

「俺は主賓である以上まだここに残らなくてはいけない。リューイチは先に部屋で休んでいてくれ。後で迎えに行く」


 正直、それは助かる。場違い感からどうにも居心地が悪かったから、さっさとこの場所から離れたい。

 俺たちはメイドをつけられて、そのメイドに俺たちが泊まることとなる部屋に案内してもらった。外は日がだいぶ落ちていて、結構な時間が経っていたことを知った。

 王城の側に迎賓館のようなものがあり、俺とプレゴーンは結構上位の待遇扱いをされているらしく、そこそこ広い個室を割り当てられていた。その部屋のベッドはプレゴーンも何とか寝そべることができそうだが、落ち着かないということで毛布を複数用意してもらう。そして、プレゴーンは「疲れた……寝る」と早々に眠りについた。好奇や恐れの視線に何度も晒されていたので、おそらく精神的にかなり疲れたのだろう。

 俺も軽く気疲れをしていたが、健康な状況と比べると少しという程度だ。ベッドに大の字に寝転がると心地よさは感じるが、目を閉じて少し眠ろうという気持ちにはならない。

 改めて、俺自身の肉体、精神の強化に驚いてしまう。まだ人間の時の感覚を覚えているので、疲労感というものを漠然と感じることはある。梅干しの味を思い出して口の中につばが溢れるような感じだ。だが、このままだと、いつかはそうした人間の時に感じていた感覚を忘れてしまうのではないだろうか。その時、果たして俺は今の俺でいられるのだろうか。

 そんな漠然とした不安をふと感じてしまった。

 こんな不安を感じる精神の弱さそのものに、人間の感覚を持っているという安心感を確認できる……なんて、回りくどい考えが浮かぶ。

 うーん、俺自身が一体どういった存在なのか。そこらへんをはっきりと断定できない不安感がこれほど大きいものとは思わなかった。


 いかんなあ。思考が堂々巡りをしている感じだ。答えが出ないことを延々と考えるのは不毛だと思うのに、思考をやめられない。

 ああ……まったくもって、実に不毛だ。

 そして、俺は自分でも気づかぬうちに眠りについていた。




「……イチ、リューイチ、起きろ」


 身体が揺さぶられる感覚と共に、声が聞こえる。

 ……なんか久しぶりの感覚だな。


「あ、レオか」


 レオしかいないことを確認して、俺は起きていることをアピールした。

 あれから三時間ぐらいかな。俺はどうやら眠り込んでいたらしい。睡眠はほぼ必要としない身体になったと思っていたが、そうでもないのだろうか。


「悪いな、気持よく寝ているところを」

「いや、居眠り程度だ。もう頭はすっきりしてきたよ」

「それならよかった。もう少ししたら王宮に行かないといけないからな」


 あ、やっぱり俺も行かないといけないのか。国王から名指しされた以上、仕方ないけどさ。


「行く前にリューイチに言っておかなければならないことがあるからな」

「ん?」


 王族に相対するときの礼儀作法や常識についてのレクチャーかと思ったが、話の内容は俺の予想とはまったく異なるものだった。

 この前ダーナ王国で起きたウンディーネ襲撃事件の顛末について、経緯と解決手段を対外的にどう説明するかということの口裏合わせだったのだ。


 川に流れ込む生活排水による川の汚染に激怒したウンディーネが王都を強襲し、ウンディーネと和解するために、実効的な汚染対策を示す流れになった。そこまではいいのだが、解決方法について全てを語らないでほしいとレオから言われた。具体的には、スカラベによる排泄物の処理は秘匿したいようだ。


「理由は?」

「生活ゴミや排泄物の処理は我々だけでなく、どの国でも頭を抱えている問題だ。スカラベは、その中で排泄物の処理に特化しているため、これから我が国にとって価値が非常に高くなる。だが、リューイチも知っての通り、スカラベの数はまだあまりにも少ない」


 今の王都の排泄物を全て処理するためには、スカラベの数はおそらく千人以上必要となるだろう。そのため、現状では埋めるという手段を使わざるをえなくなっているが、それにも限界はある。

 モンスター娘は、身ごもってから出産に至るまでの期間が短いことや、子供の方が食欲が旺盛なことを考慮に入れると、スカラベが積極的に子供を作っていけば早くて三年、遅くても五年でスカラベの数は千人を超えると思う。

 おいおい、結構な増加っぷりじゃないか。……そこまでモンスターの数が増えることをダーナ王国は黙認するだろうか。


「スカラベに関しては、スカラベ居住区として土地を与えるほど父上も力を入れている。それについては問題ない」

「それならいいけど」

「少なくとも王都を十分にまかなえるだけの規模になるまでは、スカラベたちを囲っている目的を他国には知られたくない。バース王国には恩義があるし、俺にとっては血縁関係もできるわけだが、国益の問題については客観的に考えなければいけないからな」


 なんともめんどくさいことだ。

 排泄物を運ぶルートは、排泄物を埋め立てる前に一度全てを集める集積所から地下通路を使っているそうだ。スカラベたちは居住区の地下の貯蔵室に貯めるようにしているらしい。地上を通って運ぶことをしないことによって、他国の目を多少はあざむけることを期待しているとか。

 スカラベの意思を確認することが前提だが、後々他国への輸出などができるかもしれないと踏んでいるらしい。人身売買的なものが頭の中をよぎったが、スカラベの意思が尊重されるならそれはそれでかまわないのだろうか。そうなると、移民や派遣とかに近い?


「そんなことを考えていたのか。でも、モンスターを人為的に繁殖させていることについての他国の反応について、大臣が注意喚起をしていたけど、そこらへんはどうするんだ」

「何を言っているんだ。そのためのグローパラスだろ」

「……え?」

「モンスターへの我々人間の無知無関心が、人間とモンスターとの距離を広げていることはリューイチも以前に言っていた通りだ。だが、モンスターについて正しい知識を持ち、危険がなく、安全に友好的な付き合いができるという共通認識が広がれば何も問題はない」

「そう単純じゃないと思うけど、まあ概ね理解できるよ。俺自身、人間とモンスターとの共存を模索しているわけだし」


 それから、レオは肩をすくめた。


「……本当は、俺は最近までお前のその理想については半信半疑だった。本当にそんなことができるのだろうか、ってな。お前とつるんでいるモンスターたちはそういう目的を知って来ているわけだから共存は可能だろう。でも、それはあくまで特異な例であって、他のモンスターたちも同じような考えを持つとは考えづらいと思っていた」

「…………」

「だが、セイレーンたちが俺たちを助けようと行動していたことを知って、考えを改めることにした。彼女たちはただ善意から俺たちを助けようとしてくれた。それを見て、リューイチが今まで俺に話してきたようなモンスターたちの友好的な振る舞いは、多くのモンスターに共通しているのではないかと思うようになった」


 随分と熱弁すると多少引き気味になるが、それ以上に俺が問い詰めたいこともある。


「レオは俺のモンスターについての話をいつも面白そうに聞いていたし、モンスターたちが人間と共存できることは前向きに考えていたと思っていたけど、内心では疑念の方が強かったんだな」


 レオはうっと呻いて、「まあまあ」と俺の肩を叩く。


「俺は王族としてダーナ国民を守る義務があるから、モンスターが人間にとって危険なのかそうでないのかという問題についてはかなり慎重に考えないといけないんだよ」


 まあ、それは理解できるけどさ。


「今でも、セイレーンの件だけでモンスター一般について考えるのはまだ早いと考えている」

「慎重だなあ。もっとも、俺もそれについては賛成するが」

「ん? リューイチはモンスターを無条件に信じているのかと思っていたぞ」

「そこまで盲目的じゃないさ」


 他人から見たら俺はそう見えるのだろうか。そうだとしたら気をつけないと。


「俺の出会ってきたモンスターは、モンスターの中でもまだごく一部にすぎない。モンスター一般についてと全体を論じることは、これからもきっとないかもしれないとは思う。それでも、人間と共存することができるモンスターは確実にいるわけだから、そうしたモンスターと人間との距離は近づけていきたいと考えている」


 レオは納得したような顔になると、ゆっくりと立ち上がった。


「そのためにも、このバース王国で起きているというモンスターが関わっている問題を何とかしないとな」

「……ちょっと強引すぎやしないか? 単に、フロージア王女にいい所を見せたいだけだろ」

「それもある!」


 力強く頷くレオに俺は苦笑すると、レオと共に王宮へと向かうことにした。

 今回も話がほとんど進みませんでしたが、内容的には結構重要な回ではあります。

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