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088 夜の海

「ふわ~」


 俺は目の前にある船を見上げて、思わず間抜けな声をあげていた。

 正直言うと、ファンタジー世界のゲームに出てくる船のようなものを想像していた。キャラベル船ってやつだ。あれでも、大航海時代で実績のある優れた船のはずだけど、なんというか外観がちょっと頼りない感じがするんだよね。

 だが、目の前の船は違う。大きさが俺が想像していたものの倍以上はあるし、若干ずんぐりとした外観は頼もしさを感じる。これで船の側面に大砲がついていればガレオン船と言ってもおかしくないんだろうけど、この世界で銃や大砲を見たことがまだないんだよな。この世界の技術をいくつか見ていると、火薬の技術があってもおかしくないんだけどなあ。気になるが、技術面についてヘタに質問をすると、その知識の出所などが問題になりそうだから質問はしないが。


「どうだ、このヴァイス・ブリッツ号はすごいだろう」

「あ、殿下」


 船を見上げる俺にレオが声をかけてくる。今はレオの周囲に護衛を担当する近衛騎士たちがいるので、レオと呼び捨てはせずに殿下と呼んで敬意を払う。


「想像していたものよりずっと大きくて頼もしい船で驚きました」

「これはバース王国からの最新技術を取り入れた我が国最新鋭の軍船だ。まあ、軍船は必要とされない世の中であるがな。だから、内装を充実させ、王族専用の船として扱っている」


 ふむ、なるほど。


「リューイチはバース王国に着いてから忙しくなるからな、船の中ではゆっくりと休んでくれ」

「ご好意、感謝致します」


 そのとき、朝の空の散歩とやらをしていたプレゴーンが戻ってきた。


「危ない危ない、遅れたら置いていかれるところだった……」

「その時は追いかけてくればいいだろ」

「私も船に乗ってみたいし」


 気づくと、周囲がざわついている。彼らの視線はプレゴーンに集中している。ああ、空を駆ける馬はやはり珍しいか。今も空中で静止しているもんな。改めて、どういう理屈で空を飛んでいるのか不思議でならない。


「そこの彼女が噂の炎の馬か」


 レオが興味津々といった様子でプレゴーンを見ている。周囲からの遠慮ない視線に晒され、プレゴーンは落ち着かない様子で俺の後ろに隠れようとする。もっとも体の大きさが違うから隠れることはできないが。


「ソラウスというモンスターで、名をプレゴーンといいます。少々人見知りなので愛想はよくありませんが、その点はご容赦していただけると助かります」

「むう……わたし、それじゃ子供みたいじゃない」


 レオはにこやかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりとプレゴーンの前にまで歩いて行く。プレゴーンは警戒した表情を浮かべる。……頼むから、レオに失礼なことをしないでくれよ。レオは気にしないだろうが、王族に不敬なことをしたらこちらの立場が悪くなる。

 俺はそういう思いを込めてプレゴーンに必死で目線を送るが、プレゴーンは気づかないようだ。


「太陽を運ぶ馬車をひくと聞いた。我が国は天候不順により飢饉に陥ることがあるが、君たちがいてくれることでそれを少しでも防げるかもしれない。どうか、その時は力を貸してほしい」


 そして、レオは軽く頭を下げた。周囲がざわつくが、レオは片手でそれをおさえる。


「……元々私たちの役割はそこにある。私たちがグローパラスにいるうちは、任せておいて」


 敬語を使ってくれ……! だが、まあ、その場の雰囲気が若干和らいだのは感じる。レオがにこやかに笑っているのが大きいな。父親である国王のような威厳はないが、笑顔を絶やさないレオがいるとそれだけでその場が明るくなる。カリスマというよりは、たぶん人柄だろうな。

 それ以降は特筆すべきことはなく、俺は出港準備がすでに整っているヴァイス・ブリッツ号に乗り込むのであった。




「うわ、結構速いな」

「……思ったより揺れるけど、これはこれでなかなか新鮮な感覚」


 四本のマストに帆がはられ、風を一杯に受けて海上を滑るように進んでいく。船に乗った経験は、せいぜい学校の旅行で湖の遊覧船に乗ったぐらいだ。遊覧船はその性質上ゆっくりとした速度だから、余計にこの船が速く感じるのかも。

 それにしても、この巨大さで風だけでこうも進めるものなのか。俺が最初にこの船を見た時にガレオン船を思い出したが、確かガレオン船って風の力のほかに人力も必要だったような……。いや、時代によって違うんだっけ? いかん、複数のシミュレーションゲームの知識が中途半端にあるだけだから、実際はどうなのかが分からない。


「リューイチ、難しい顔をしてどうした?」


 レオが俺に話しかけてきた。身分差が大きいからあまり気軽に話しかけるのはどうだろうと思ったのだが、バース王国とのさらなる友好関係を発展させるために俺の知識がが必要だとかそんな感じのことを近衛騎士たちには説明しているそうだ。ハードルをいきなり高く設定されたもんだ。


「風の力だけでこの巨大な船が結構な速度を出していることが不思議です」

「風の力だけではないぞ。このヴァイス・ブリッツ号の帆は、海上を漂う魔力も風と一緒に受けているのだ」


 ……おおう、ファンタジー的な理屈が働いていたのか。確かに海は、モンスター娘をうまく感知できないほどに魔力が満ちている。その魔力を帆に受けているというわけか。


「魔力をそうやって扱う技術があるのですね」

「金がかかるから、このヴァイス・ブリッツ号だけの特注品だがな。それでも、我が国の力を示すためには必要なことだ」


 国威発揚が必要な緊張感がある世界とは思えないが……。でも、国家として力があることを見せるというのはやはり大事か。


 ~~♪


 そして、何やら音楽と歌が聞こえてきた。レオが連れてきた何人かの楽団だ。ダーナ王国で作られた音楽をパーティーで披露するらしい。文化交流というやつだろうか。楽器はおそらくリュートと思われるものと竪琴だ。横笛のようなものもあるが、それは名前が分からない。弓で弾く弦楽器は見当たらないか。


「賑やかですね」

「婚約の儀だからな。儀式自体は厳かなものになるが、それ以外では明るく楽しい雰囲気でやりたい」

「婚約の儀はいつ行われるのですか?」

「星の位置がいい時に行われる。月に何回か行うに相応しい機会があるが、まずはバース王国の現状の憂いをなくすことが先決だ」


 それから、レオは「頼んだぞ」と俺の背中を叩く。


「できる限りのことはしますよ」

「バース王国には明朝到着予定だ。船室は貴族用のものを用意した。ゆっくりと休んでくれ」

「あの……私は?」


 荷物を運ぶ馬たちが船のどこかに収納……いや、その言い方はないな。つながれているはずだが、普通の馬と一緒の扱いはプレゴーンは嫌がるだろう。


「リューイチの隣の部屋を使ってくれ。ベッドを片付けて広くしているから、十分な広さがあるはずだ」

「ありがと……」


 案内された部屋はなかなか豪華なものだった。船で個室は贅沢なものなので、貴族用とはいえ広くはないが、置かれているベッドや机のデザインがなかなか洒落たものだ。

 一方でプレゴーンが使う部屋は、ベッドはないが、床全体にふかふかとした絨毯が敷かれていた。肌触りがいいらしく、プレゴーンは無邪気にはしゃぎ、すっかりとくつろいでいた。




 その後、王族用の部屋に招かれ、食事をしながらレオといくつか今後の打ち合わせをしつつ夜中となる。俺は眠る必要がないが、意味なくうろついて夜中に働く船員たちの邪魔になるのは本意ではないので、部屋で適当にくつろぐことにする。


 窓から見える光景は暗闇だ。

 ファンタジーで海とくると嵐が相場だが、海はどうやら穏やからしい。よく晴れていて、星が見渡す限り散りばめられている感じだ。

 この世界に来た時は夜中は飽きもせず星空を眺めたものだ。当然ながら俺の知る星の並びではないが、星の見え方は変わらない。この世界はやはり惑星なのだろうか、宇宙があってあの星々は恒星なのか、それなら他の惑星がいくらでもあって宇宙人がいるのだろうか、そんなことを考えたものだ。もちろん、考えても分からないことなのであるが。


 ~~♪


 その時、遠くから音楽が聞こえてきたような気がした。まともな音楽を聞いたのが久しぶりだったので耳に残っているのかもしれない。音の響きが、俺の知っている楽器と違ったのも印象に残ったものだし。


 ~~♪


 ……いや、気のせいじゃないな。楽団が夜中に練習でもしているのだろうか。そうだとしたら迷惑な話だ。

 だが、なんかさっきの楽団の音とは違う気がする。なんというか、心により残りやすいというか、心に忍び寄ってくるような感じがするというか。


 ~~♪


 ……いかん、気になる。

 俺は眠る必要がないからかまわないといえばかまわないが、他の人はそういうわけにはいかないだろう。レオの所にまで音が届いているかもしれないし、一言注意しておくか。練習熱心なのはいいことなんだが……。

 俺は音が聞こえてくる方向へと歩いて行く。一体どこで練習しているんだ? このままだと甲板に出てしまいそうだ。いや、出てしまいそうだではなく、これはもう甲板で練習しているんだろうな。

 そして、甲板に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。

 夜は必要最低限の人数で航行をしているはずだったが、大勢の船員が甲板に出て帆を操作している。

 ……? 何か進行方向を変える必要が出てきたのか?


 ~~♪


 甲板に出ると音楽がクリアになって聞こえてくる。竪琴……そして、歌声だ。美しい女の歌声。

 だが、これは……。


「うふふふふふ……」


 歌声に混じって女の笑い声も聞こえてくる。一人や二人じゃない。

 笑い声は海から聞こえてくる。

 これは……。


 俺は甲板を走ると、船の縁から海を見下ろす。

 すると、上半身だけ海面に出ている美女が何人もいて竪琴を奏でている。それだけではない。空を見上げると、マストの上にハーピーが何人もいて歌っている。

 いや、これはハーピーじゃない。


「セイレーンか……!」


 ヴァイス・ブリッツ号は、何人ものセイレーンに囲まれていた。海で竪琴を奏でているのもおそらくモンスター娘だろう。マーメイドか?

 彼女たちはさらに竪琴を奏で、歌を歌う。

 これは……ちょっとやばい状況な気がする。

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