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087 スキュラ

 島に戻る頃には、前に比べてかなり泳ぎが上達したと思う。息継ぎのことを考えなくていいことと、疲れを知らず怪力をうみだす筋肉があれば誰でも泳ぎがうまくなるだろうが。

 プレゴーンがどこかで待っているはずだけど、どこにいるんだろう、と思う間もなく、キャイキャイとした声が近くから聞こえてくる。


「火を出す能力って便利でうらやましいわ」

「そのかわり、水の中は苦手なんだけどね」


 プレゴーンが見知らぬ美人さんとおしゃべりをしていた。どうやらプレゴーンの火で魚を焼いて食べているようだ。

 そして、その美人さんは上半身こそ薄いタンクトップを着た大きな胸の女子大生だが、足があるべきところからはタコのような脚が生えていた。一本、二本……、うん、八本ある。

 これは間違いない。スキュラだな。


「おーい!」


 俺は二人に向かって声をかけた。スキュラの目が細まり、俺の全身をなめるように眺めてきた。


「プレゴーン、彼がさっき言ってた?」

「そう、モンスターを進化させる魔法の使い手で、モンスターを集めて……色々なことをやったりやらせている変態さん」

「ちょっと待て!」


 後半の言い方が明らかに恣意的だ。


「モンスターたちが自活できる集落を目指しているから、モンスターには各自ができることをやってもらっているだけだ」

「……一緒にお風呂に入るのが自活?」

「それはお前たちが勝手に入ってきているだけだろ!」


 あ、スキュラがなんか笑いをこらえている。

 まずい、第一印象がひどいことになってしまった。


「俺はリューイチ・アメミヤです。あなたはスキュラ……ですよね?」

「ええ、そうよ。私はスキュラのミレイ。プレゴーンからあなたのことは聞かせてもらったわ」


 俺が不安に思ってプレゴーンを見ると、プレゴーンは俺の不安など知らないかのごとく上機嫌だ。


「さっき友達になった……魚、美味しい」


 そういえば先程から焼けた魚のいい匂いがする。くそ、腹減ってきたな。


「ところで、えっと、リューイチって呼ばせてもらうわね。私のこともミレイって呼び捨てでいいよ。敬語なんて使わなくていいからね」

「ああ、分かった」

「リューイチは、私のことをスキュラと確認しようとしたけど何で? スキュラのことを知っていたら確認するまでもないと思うけど」

「えっと、俺の知っているスキュラは、外見にいくつか違いがあるんだ」


 ギリシア神話に出てくるスキュラと言えば、下半身は犬の頭が六つ、犬の足が十二本のはず。でも、近年モンスター娘という言葉が出てきてからは、今目の前にいるミレイのように、下半身はタコの脚という姿がどちらかというとメジャーだと思う。それ以外にも、犬ではなくて蛇の頭にタコの触手というパターンも見たことがあるし、足のかわりに六匹の大きな蛇が生えていて、その蛇の頭部は犬というのもあったな。


「よく知っているわね。私たちには亜種が多くて、私たち自身全部把握していないのよ」


 亜種ときたか。

 そもそも、異世界であってギリシア神話と関係ない……はずだから、オリジナルのスキュラと違ってもまったく不思議ではない。むしろ、外見が種ごとに違うことの方が自然と言える。

 ……いや、そもそもモンスターは神々が創造したもので、種がたくさん生まれるほどの年月も経っていないはずだ。単に、神々が色々なタイプのスキュラを創造したと考える方が妥当だろうか。


「私たちのように、海に棲むスキュラはタコの脚を持っているわ。森の中の湖に棲むスキュラは、犬の頭と足を持っているという話は聞いたことがあるわね」


 なるほど、ギリシア神話タイプのスキュラは森の中か。もしかしたら、北部の森の中にいるかもしれないな。


「リューイチはここに何をしに来たのかしら? プレゴーンが言っていた、モンスターの集落に連れて行くモンスターでも探しに来た?」

「バース王国へ行くんだよ、たぶん一週間後ぐらいかな。で、ここにいたのは泳ぎの練習のため」


 あ、そうだ。一応聞いておこうかな。


「バース王国でマーメイドが何かしているようで人間が困っているんだけど、そのことについてミレイは何か知っていたりする?」

「私はこの島に住んでいるから、バース王国のことはさすがに分からないわ、ごめんなさいね」


 そうかあ、残念。


「私から言えることは、マーメイドは基本的に人間に友好的な種族だから、マーメイドが人間を困らせているなら、人間に何か問題があるんじゃない?」

「うーん……」


 ダーナ王国でウンディーネと人間の間に一騒動あったのは記憶に新しい。それと似たような状況が起こっているのでないかという懸念はある。安直に考えれば、川の汚染に対して海の汚染が考えられるが……現地に行かないと何も言えないか。


「カリュブディスにも聞いてみたんだけど、ここらへんで海のモンスターが他にいたりしないかな?」

「たぶんカリュブディスも同じことを言ったと思うけど、この近辺には彼女たちや私たち以外にはいないかなあ。たまにセルキーが北方の海から迷いこんでくることがあるかな。あと、ナックラヴィーを見かけることもあるわね」


 セルキーは聞いたことあるな。アザラシかと思ったら、アザラシの皮を被った妖精が正体ってやつだったっけ。すごい妖精伝説だと思ったものだ。

 でも、ナックラヴィーってのは初耳だ。ナックル……拳と関係あったりするのかな?


「ナックラヴィーってのは初耳だけど、どんなモンスター?」

「外見はプレゴーンに似ているかな。要はケンタウロスの系列」

「……いつもケンタウロスを基準に語られるのがちょっと不満ー」


 確かに、半人半馬となると、どうしてもケンタウロスをたとえとして出してしまうな。半人半馬のモンスターはかなりの種類がいるみたいで、やはり人類の想像力は世界で共通しているんだなと思ったりする。


「普段は海中に住んでいるみたいだけど、簡単に言えば、一つ目の全裸主義ケンタウロス」

「……は?」

「全裸というか、半裸というか。上半身は人間部分なんだけど、服を着るのが嫌いみたいで常に丸出しなのよね」

「は、破廉恥な……。私たち人馬族の風評被害になる……」


 プレゴーンがぷんすかと怒っている。

 海中にいて、服の調達がしづらいだけだったりするんじゃないかな?


「たまに漁村から若い男をさらってきて、わざわざ人前で事をするのよね」

「ただの露出狂じゃないか!」


 モンスターの世界にも変態はいたか。もし種族的に変態だったら業が深い。


「ひょっとして、ナックラヴィーに会いたいの?」

「え……リューイチはやはり変態だったか……」


 プレゴーンがじりじりと俺から遠ざかる。やめて、傷つくから。


「俺にそんな趣味はない。モンスターには興味あるけど、こちらから会いたいとは思わないな」

「よかった、リューイチとの付き合いを考えなおすところだったよ」

「勘弁してよ……」


 それにしても、海は生物の宝庫だからモンスター娘にも簡単に会えると思っていたけど、意外と近場にはいないもんなんだなあ。いや、すでに二種類のモンスター娘と出会っているんだけどさ。


「ところで、リューイチ、進化魔法って本当にあるの?」

「信じられないだろうけど、色々モンスターたちを進化させてきたよ」


 ミレイはしばらく迷っていたが、思い切ってといった感じで俺に頭を下げた。


「お願い! この八本の脚をイカみたいに十本にしてくれないかしら。八本よりも十本の方が色々便利だと思うのよね」


 えー? これは予想外だ。


「なんでまたそんなことを……」

「私たちの脚は手と同じように使えるから、多ければ多いほど同時に色々なことができるのよ」

「……それだけの理由?」

「そうよ。あまり増やすと混乱するかもしれないから、イカと同じ十本にするぐらいなら何とかなりそうだと思って。せっかくの機会だからね」


 なんか軽いノリだな。こういうことに使う力ではないような気もするが、モンスター娘が願うならできるだけ叶えた方がいいんだろうな、たぶん。今回は何をすればいいかはっきりとしているから、いつものように悩むことがないし、断ることでもないか。単純に本数を増やせばいいだけかな。


「増やす二本は、イカの触腕みたいにちょっと長くしたりする?」

「他の八本の脚と同じがいいかな」

「了解」


 そして、進化魔法を発動させる。


「わあ! 本当に増えた! すごいじゃない!」


 なんかミレイは興奮して喜んでいるが、こっちとしてはあまり達成感がないので微妙な気持ちだ。うぞぞぞと新しい脚が生えていく様はさながらホラー映画のようだったが、本人が気に入っているのなら俺が言うことは何もない。




 その後、バース王国へ出発するまでの期間を、俺たちはこの島で過ごした。ミレイの仲間のスキュラが他に三人いたが、その三人は今の八本脚で満足しているとのことだった。まあ、増やしたいって発想はあまりしないよな。

 俺はスキュラたちに海中での泳ぎ方や注意することを教えてもらい、準備万端でバース王国への旅立ちに臨む。

 これから船旅だ。向こうに着いたら忙しくなりそうだから、船ではゆっくりとしていたいものだ。

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