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086 初めての海棲モンスター娘

 昨日は深海へ行こうとして失敗したわけだが、これはいきなり高難易度に挑戦した俺の完全なミスだ。元々泳ぎは得意な方ではなく、ただ水中で呼吸が必要ないという今の非常識な身体に頼っていただけでは、海中を泳ぐことそのものがまず難しいと言える。

 平衡感覚と言えばいいのだろうか、上下左右、天地が狂いがちだ。海底や太陽の光など、基準となるものがないと、自分は今立って泳いでいるのか、それとも横になって泳いでいるのか、それすら分からなくなってしまう。そして、そのことに気づいたときの恐怖感と喪失感はもう味わいたくないものだ。


 というわけで、今はツェルンから少し沖に行ったところにある小島を拠点にして泳ぐ練習をしている。海底が視認できる範囲なら安心して泳ぐことができる。今後何が起きるか分からないから、少しでも泳ぎをレベルアップさせたい。

 プレゴーンは島で休んでいる。火の馬なので、水を必要以上に浴びることはあまり好まないようだ。風呂に入るのは好きみたいなのになあ。

 それにしても、海の中は相変わらず絶景だ。魚の群れがあちこちを泳いでいるだけではなく、海草や岩礁のあたりでは熱帯魚みたいな色とりどりの魚が舞うように泳いでいる。また、クラゲやタコ、エイなども見かけた。もしかしたら、イルカのような海棲哺乳類もいるかもしれないな。


 ……だが、それは地球でもテレビで見たような光景だ。異世界ならではという光景ではない。

 もしかしたら海に住むモンスター娘に会えるかもと期待しながら泳いでいたのだが、一向にそれっぽい姿は見えない。海中では俺のモンスター娘を感じる能力がうまく働かないのも気になる。俺はモンスター娘の魔力を感じ取るわけだが、海は全体的に魔力が散らばっている感覚があるため、そこら中にいるようにも感じるし、どこにもいないようにも感じてしまう。

 まあ、それは仕方ない。今は、ただ泳ぎの練習をするだけだ。疲れを知らない身体だから、人間ではおそらく無理なスピードで泳ぐこともできるようになった。あとはいかにして長時間、自然にこの泳ぎ方で泳げるようになれるか……。


 ゴゴゴゴ……


 ? なんか音……、いや、振動?

 違う、海全体が震えているような感覚がある。これは何だ……?


 ゴォォォォ……!


「……!?」


 それは渦だった。

 海底から急に渦が沸き起こったように見えた。海中にいると、渦というよりも竜巻のような感じだろうか。

 これはまずいと思い離脱しようとしたが、時すでに遅し。離脱する決断が遅かった。俺はあっという間に渦に巻き込まれ、海底へと引きずり込まれる。いかん、抵抗できん。

 ……まあ、呼吸が必要ない以上、溺れて死ぬということはないわけだし、なるようになるか。俺は抵抗をして無駄に体力を消耗するよりも、渦から離れることができる機会をじっと待つことにした。

 そして、俺の身体は海底へと運ばれていく。

 渦潮ってなんで起きるんだっけなあ。月の引力とか海中の地形とかが影響していたんだったっけ? でも、眼下に広がる海底は変わった地形のようではない。なだらかな砂地のように見える。

 そして、渦の発生源のようなものが見えてきた。何か大きな物体……あれは……まさか、ホヤか? 岩についている気持ち悪いぶよぶよしたやつだ。ただ、俺の知っているのは手のひらサイズだが、今俺が吸い寄せられている、というより俺を吸い寄せていると思われるやつは明らかに大きい。小さな平屋建てぐらいの大きさがあるのではなかろうか。

 え? 巨大生物? ひょっとして俺を食おうとしているとか?

 なるようになるさと思っていたのを後悔したのも一瞬、俺はあっという間に巨大ホヤの中に吸い込まれてしまった。


 ジュポンッ!


 そんな間抜けな音を立てて、俺はやけにやわらかい床のような場所に投げ出された。


「……!? ここは……って、あれ? 海水がない?」


 声が出たことで、俺は海中にいないことに気づいた。

 ホヤの体内にでもいるのか? よくファンタジーにある巨大魚に飲み込まれる展開だとそんな感じだよな……。

 周囲を見回すと、六畳ぐらいの広さの空間だ。部屋みたいな空間は全体がピンク色で、ホヤの体内という連想をさせるが……。


「本当に人間だー」


 場違いに呑気な声が響く。それから床にあたる肉壁らしきものが開いて、一人の少女が姿を現した。

 全体が赤色で明らかに人間ではない。その色合いはスライムを彷彿とさせるが、スライムのようにゲル状になっているわけではない。十代後半ぐらいの少女が、全身赤色になったような感じだろうか。髪のようなものが、短いツインテールになっているのが印象的だ。髪をまとめているのは……ひょっとして海草かな。


「……君は?」

「わたし? わたしはカリュブディスのカナだよ」


 カリュブディス……聞いたことがあるな。何だったっけ? 記憶の片隅に引っかかっている。

 ……ええと、うーんと……あ!

 ギリシア神話に出てくる海の怪物だ! 確か渦を起こして船を沈めて恐れられていたんだったか。同じ話でスキュラも出てきた気がする。


「渦を起こすモンスターの正体はホヤだったのか……」

「そうだよ」

「一体何のために俺を?」

「いつもはこうやって魚をとって食べてるんだけど、今日は海の中を人間っぽいのが泳いでいるのに気づいてさ、驚いて思わずこうやって呼んだんだ」


 呼んだって感じのノリじゃなかったが。


「もっと穏便な方法で呼んでくれよ……」

「だって、私はここから動けないし」

「この大きなホヤからちょっと抜け出して俺の所まで泳いでくるとかさ。海の中に住んでいるんだから、俺より泳ぎはうまいだろ?」

「わたしの本体は海底に固着しているから動けないよ」


 ん……本体?


「本体って、もしかして大きなホヤのことか? じゃあ、今俺の目の前にいる君は何なんだ?」

「簡単に言えば生殖器かな。繁殖期のときは、こうやって人間の男を捕獲するの。今は残念ながら繁殖期じゃないんだよねえ……」


 生殖器だから本体から離れられないってことかな。生殖器そのものが人間の姿をしていて会話もできるってのは不思議というか、もう何でもありだな。


「人間は滅多にわたしが渦を作ることができる海域を通らないんだよね。ねえ、繁殖期になるまでここで過ごさない?」

「忙しいから無理だ」

「残念。たぶん、力づくだとわたしが負けるっぽいし」


 カナは俺をじっと見て残念そうに言った。


「なんで負けると思ったんだ?」

「吸い寄せた時は分からなかったけど、目の前にいたら分かるよ。野生の勘ってやつかな。普段だったら吸い寄せようとも思わなかったかも。人間が海の中を泳いでいると思って驚いて反射的に吸い寄せたのは失敗だったかなあ」


 それから、カナは俺から距離をとるように後ずさる。


「お、怒ってないよね?」

「怒ってないから安心してくれ」

「本当に?」

「本当だって。そんなに心配なら、俺の質問にいくつか答えてくれ。それでちゃらにするってことでいいんじゃないかな」

「うん、分かった!」


 ……と言っても、あまり質問するようなことはないんだけど。


「海の中でモンスターを見たのは君が初めてなんだけど、どこに行けば他のモンスターに会うことができるかな」

「ここらへんはわたしのお母さんや私の子供たちはいるよ。わたしたちは動かないから、他のモンスターと言われてもあまりよく分からないかな」


 ああ、確かに住んでいる場所がここ限定だとそうなるのかもな。


「ここは人間が住んでいる場所と近いから、モンスターはあまり近寄らないかも。海のモンスターはもっと沖、海の深い場所にいるって話は聞いたことがあるよ」

「深海かあ……」


 そうなると、簡単に探すことはできないなあ。


「わたしたちが知っているモンスターといったらスキュラぐらいかな」

「あ、やっぱりスキュラと関わりあるのか」

「やっぱり?」

「いや、気にしないでくれ」


 神話の通りだが、地球の神話と異世界の状況が一緒ってのはやっぱり違和感あるよなあ。とはいえ、モンスターの名前がどれもこれも同じだから今更だが。


「スキュラはね、動くことができないわたしたちに、魚以外の食べ物を持ってきてくれるの。そのかわり、繁殖期に人間をとらえたら、スキュラたちも呼ぶの」


 それはまた、餌食となった人間は不幸なのか幸運なのか。


「スキュラはどこに住んでいるんだ?」

「……スキュラをいじめたりしない?」

「しないしない」

「じゃあ、いいか。ここから一番近い島に住んでいるって話だよ」


 え? 俺が拠点とした島じゃないか、ひょっとして。これはもう、スキュラを探すしかないな。

 俺はカナに礼を言うと、島に戻るために泳ぎ始めた。

 カリュブディスについては活動報告で雑談を少ししています。

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