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084 急なお誘い

 ラウムが正式に財務官になってから三日が経ち、俺はラウムに呼ばれた。グローパラスの財務状況についてひと通りチェックをしたらしい。少なくとも一週間はかかると思ったが、さすがに仕事が速いんだな。


「グローパラスの財務状況ですが、現状としては厳しいと言わざるをえません」

「うん、まあ、それはそうだろうな。この屋敷や娼館を筆頭に、建造物にかけた費用がえらいことになっている。王国からの投資という形であって、それらの費用は全部王国がもってくれているわけだが、俺としては借入金と考えている」

「私もそのように考えています。リューイチ様はグローパラスの独立を見据えているようでしたので」


 王国からの借入金で成り立っている状態だと、いざという時に強いことが言えない。返済にどれだけ時間がかかるかまだ先は全然見えていないが、なるべく枷は少ない方がいい。


「利子が設定されていないからまだ何とかなる気はするけど、まだグローパラスは収益がなあ……」

「娼館は順調と思われますが……」


 ラウムは娼館の売上をまとめたものを見せてきた。うちの娼館は、その行為自体がモンスター娘にとって利益があるものなので、娼館に勤めるモンスター娘に対して多くの報酬を払わないですんでいる。人件費が抑えられるということは、商売上ものすごく有利だ。

 住む場所を提供してくれた上に、子孫を残す手伝いもしてくれているので報酬はいらないとモンスター娘に言われたのだが、現金を報酬として与えたい気持ちがあった。それに、モンスター娘が現金を積極的に使うようになってほしいという思いもあった。金銭による物品のやり取りを根付かせたい。


「いかんせん、客層が固定化されているのが気になります。平民が気軽に利用できる値段設定ではありませんからね」


 繁殖のためと考えると値段を下げてもいいのかもしれないが、王都にある同種サービスとの兼ね合いもあって、あまり安く設定するわけにはいかないのだ。それに値段を安くして多人数に押しかけられたらこちらの許容量では足りなくなる。

 とはいえ、適度に通ってくれる客がいないと繁殖という目的を果たせない。もちろん、売上も下がってしまう。


「現状は、珍しさもあってか、比較的裕福な商人を中心として固定客がそれなりいるようだけど、それにばかり頼るのはなあ……」

「貴族は無理なんですよね?」

「貴族を客にできればいいんだけど、それは禁止されているんだよな……」


 モンスター娘との間に子供ができたら面倒なことになるからだ。そもそも、父親が誰かはまず分からないし、いわゆる高級娼婦を利用している貴族は少なからずいるという話なんだけどなあ。


「娼館勤めのモンスター娘たちに色々話を聞いたけど、子供ができても、娼館勤めを続けるって言っているのが結構いたんだよな。子供がたくさん欲しいのかと思ったら、それだけではないようだ」

「……どういう意味でしょうか?」

「んー、まあ、行為そのものが好きってことみたいだ」


 俺の言葉にラウムが真っ赤になる。悪魔のくせにその反応はウブすぎやしないだろうか。


「避妊をしっかりやれば、貴族も受け入れられるんじゃないかな。モンスター娘の場合、繁殖期じゃないと妊娠しないっていうのが珍しくないし」


 妊娠する心配がなければ、美人や美少女揃いのモンスター娘は貴族にとって人気となると思う。

 個人的な意見では、こういう商売を積極的にやるのはどうかというか、日本における倫理観がまだ根強い俺としては抵抗がある。繁殖のためという目的がある今の娼館は、モンスター娘のためになるわけだから抵抗は少ないのだが、貴族相手の商行為となるともやっとしたものがある。

 とはいえ、金を稼ぐことは将来のグローパラスにとって必要だと思うし、何というか板挟みだ。


「今はまだ切り出すような段階ではないけど、グローパラスの施設がもっと充実して今のベビーラッシュに一区切りがついたら、真剣に考える必要が出てくるだろうな……」

「分かりました。その時がくるまでは、少しでも娼館の運営がうまく回るように、私も尽力いたします」

「頼んだ」


 そして、娼館以外についてもラウムの報告は続く。娼館以外については、売上は微々たるものばかりなのが改めて浮き彫りになった。まともに稼働している施設がまだ少ないのと、根本的な問題としてまだ客が少ないからだ。


「アルラウネの美容室はそろそろ貴族にも噂になってきたようだ。客単価が高いから今後は期待できそうだな」

「アルラウネの数を増やした方がいいと思われます」


 うまく貴族の女性を取り込むことができれば相当な収益をあげられるはず。美容室の拡大も視野に入れた方がいいかな。


「アラクネの糸の売上も同じですね。流通の問題で数を絞らざるをえないのが残念です」

「今はかなり限定的な供給だけど、そのうち販路を広げるようなことを言っていたから売上が上がるのは間違いない。今は信頼関係を築いて、こちらでもある程度アラクネの糸を売れるようにもっていければ……」


 まあ、海千山千の商人相手に俺じゃ無理だろうが。


「飲食店は順調ですね。ただし、単価が低いために売上も控えめです」

「それは仕方ない。客が増えないことには話にならないからな。施設を充実させて客が増えたらそれに合わせて飲食店も増やしたいけど……、飲食店それ自体も集客力を持っているから、面白そうな料理を作れるモンスター娘がいたらグローパラスに招きたいかな」


 なんだかんだで、それなりに施設は稼働しているようだ。色々な角度からまとめられた資料を眺めていると、それなりに確信が持てる。


「ありがとう、助かったよ。今後の方針がいくつか見えてきた」

「……ん」


 ラウムは無言で俺に近づいてきた。わずかにこちらに向けて頭を傾けているのでその意図は分かりやすい。


「これからもこうやって資料をまとめてくれ。ラウム、お疲れ様」


 魔力を込めて、丁寧に頭を撫でる。


「……はい」


 頬を染めて、ほわわんとした表情になっているラウムを見ると、こっちも幸せな気持ちになってくる。

 よし、俺も仕事を頑張ろう。




「うーむ……」


 しかし、頑張ると意気込んだとはいえ、何から手を付けていいのやら。意気込みばかりが空回りするが……。


「建物を作るモンスター娘がいればなあ……」


 一番費用がかかるのは今のところ建築だ。インフラも整えなければならない。

 なんというか公共事業みたいだよなあ。そして、建築業者が大規模にいるわけでもなく、働き手は労役の義務を負っている平民がほとんどだ。そういう平民をこちらに割いているということだけでも、王国がグローパラスに本気で投資しているのが分かる。

 気が重い……。もっと身軽になりたいよ。

 そのためには、グローパラスをもっと充実させて金を稼ぐのがいいのかなあ。しかし、この近辺にいるモンスター娘には大体声をかけた気がする。

 だが、まだまだ足りない。だから、もっと行動範囲を広げたい。転移魔法を利用すれば可能だ。

 国外がとても気になる。ダーナ王国にいないモンスター娘に会ってみたい。

 そうだ、今日はテンションがおかしいが、俺の目的は金稼ぎではない。何はなくてもモンスター娘のために俺はここにいるんだ。


 そんな決意を固めたところで、屋敷に王城からの使者がやって来た。




「一体何なんだ……」


 俺を読んだのは大臣だ。

 緊急の要件と言われると、正直いい予感はしない。頭の中では最悪のシミュレーションが数パターン組み上がっている。これから頑張ろうと思っていた矢先に、最悪国を追われることになるかもしれない。

 そんな覚悟を抱いたのだが……。


「やあ、待たせたかな」


 やって来た大臣の表情は深刻なものではなかった。拍子抜けではあったが、とりあえず胸を撫で下ろす。


「緊急の要件と言うから色々覚悟してやって来ましたからね。待ち時間の間、生きた心地がしませんでしたよ」

「それは悪いことをしたな」


 悪いことをしたとは思っていないことが丸わかりの表情で言われる。


「実は、君にバース王国に行ってもらいたいんだ」

「……は?」


 え?


「バース王国は我が国の南方にある島国でね、我が国とは昔から深い付き合いがあるんだ」


 この国の歴史を調べていて一番名前が出てくる他国がバースだった。なるほど、深い付き合いがあるというわけだ。


「そこから先は俺が話そう」


 タイミングをはかったかのように、一人の男が入ってきた。


「レオじゃないか」


 なんで騎士のレオがこの場に?


「ダーナ王国の第一王子とバース王国の第一王女の婚約の儀が行われるわけだ」

「それはめでたいな。でも、俺は関係ないだろ?」

「リューイチ、この前も言ったが、やはりお前についてきてもらうぞ。他人事ながら心配だとか言っていたじゃないか」

「……?」


 レオは一体何を言っているんだ?

 俺が話しについていけずに目をぱちくりさせていると、大臣はひどく真面目な表情になった。肩が震えているのは笑いをこらえているからだろう。一体何だ?


「リューイチ、この方こそ、我が国の第一王子、レオナルド・フォン・ダーナ殿下であらせられる」


 ……………………え?


「……………………え?」

 ストーリーその一から出すべきキャラでした。

 今回の話のプロットで生み出されたキャラですが、唐突感はぬぐえないかも……。

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