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083 魔族の財務官

 俺はいつものごとくダーナ王城にいる。魔族ラウムをグローパラスに迎え入れたことについての説明を大臣にしなければならないからだ。

 魔族を召喚できるというまたとない機会に俺は何も考えずに飛びついたが、少々軽率だった気がしないでもない。この世界で魔族と呼ばれているものの多くは、地球では悪魔、もしくはそれに類するものと認識されている。俺の個人的な感覚だがモンスターよりも悪魔の方が、宗教的な意味が絡んできて、より人間にとって害をなすものをいうイメージがある気がする。もしも、この世界における魔族の認識のされ方がそのようなものであったら、魔族を迎え入れることに大きな反発が出てくるのではないかということを俺は恐れている。


「レオ、魔族についてどう思うか率直的な意見を聞かせてほしい」


 そんなわけで、これまたいつものごとく話し相手になっている騎士レオナルドに俺は話を振る。貴族であるレオが魔族をどのように考えているかで、今回のことが国王や大臣たちにどのように思われるかをある程度推察できるかもしれない。


「うーん……、率直に言わせてもらうと、モンスターと魔族の違いがよく分からないな。モンスターについても魔族についても、ほとんどのことが知られていないのが現実だ」

「そのぐらいの認識なのか?」

「もちろん、そうだな……たとえば宮廷魔術師殿のように多くの知識を有している者ならば考え方が違うだろう。しかし、俺からすればモンスターも魔族もよく分からない存在だ。人間とある程度交流を持つモンスターや、被害報告が定期的にあるモンスター以外については何も知らない状態に近いかもしれない」

「魔族について何か悪い印象とかあったりするか?」

「それはないな。そもそも魔族の目撃例が非常に少ない。せいぜい、魔法が得意なモンスターという認識だ。魔法が得意なのだから、おそらく知恵もそこらへんのモンスターよりは高いだろうとは想像している」


 思ったよりも魔族については興味を持たれていないんだな。それならば、さほど問題視はされないかもしれない。そうあってほしい。

 そんなことを考えていたら、レオがぐぐっと身を乗り出してきた。


「だから、リューイチが契約したという魔族には興味がある。一体どんなやつなんだ?」

「たぶん、レオが期待しているようなやつじゃないことは確かだ。そこらへんのモンスターよりもおとなしいし、外見は人間に近い」

「なんだ、つまらん」


 身を乗り出していたレオは、椅子に深く座りなおして天を仰いだ。一体どんなものを想像していたのだろうか。


「そうだ、この前は精油をわけてくれてありがとうな。早速使わせてもらっているよ」

「一つだけだからもう使い切ったんじゃないか?」

「現物を見せたら、アルラウネが対抗意識を燃やして自力でアルラウネ精油を作り始めたんだよ。まだ完成はしていないけど、近いうちに形になりそうだ」

「それは面白そうだ。完成したら少しゆずってくれないか」

「ああ、もちろん」


 アルラウネ以外の植物のモンスターが増えたらかなり種類が豊富になりそうな気がする。別にモンスターではなくても、ハーブをアルラウネに渡して精油を作ってもらうのもいいかもしれない。


「あ、そういえば婚約がほぼ決まっているとか言っていたけど、何か進展があったりしたのか?」

「実は、近いうちに相手の両親に挨拶しに行くことになりそうだ」

「そこまでいったらほぼ婚約確定じゃないか、おめでとう」


 レオは照れたように笑う。リア充め。


「ところで、相手はやっぱり貴族のお嬢さんなんだろ?」

「ああ」

「俺なんかと気軽に話しているようで大丈夫か? よく分からないけど、貴族っぽいことをした方が喜ぶんじゃないかな。他人ごとながら心配だ」


 ここでの会話の口調が貴族同士の会話でポロッと出たらまずいと思う。しかし、レオは肩を軽くすくめただけだ。


「ここではこれでいいんだよ。それより、そんなに心配ならリューイチがついてきてくれるか?」

「平民の俺がついて行けるわけないじゃないか。そもそも、俺はモンスターのための仕事で忙しいからな。国王や大臣が命令でもしてこない限り、俺はグローパラスでモンスターのためにこまごま働いているよ」

「……そうか」


 その後、大臣との面会では、相談なしにラウムを入れたことについて注意はされたものの、注意程度ですんだからよしだ。ただし、しばらくはラウムについてのレポートを書いて送らなければならなくなったが。




「そんなわけで、ラウムの財務官としての地位が正式に認められた」


 ここはグローパラスの俺の執務室だ。ラウムを財務官にすることが許可されたので、正式に財務官として任命をしたのだ。やはり、こういうことはきちんとやる必要がある。


「はい!」


 ラウムは右手を左胸にあてると、俺に向かって恭しく頭を下げてきた。


「なんだよ、その挨拶……」

「リューイチ様は私の契約者であり、雇い主ですからね」

「そして、なんだよ、その格好……」


 召喚した時は下着姿だったが、その後はタキシードで男装をしていた。なかなかどうしてビシッと決まっていたのだが、なぜか今はメイド服を着ている。しかも、ミニスカでふりふりの飾りが色々ついた可愛い代物だ。


「あの……どうですか?」


 そして、なぜか上目遣いでこちらを見てくる。大きくて丸い瞳でそうやって見られると正直どうすればいいか困ってしまう。


「どうですかと言われても……」

「どうですか?」

「……可愛いんじゃないか、うん」

「そうですか!」


 花のような笑顔を浮かべるラウム。魔族なんだよなあ、これ。地球だったら、たぶん悪魔って呼ばれているんだよなあ、これ。


「とりあえず、グローパラスの財務管理は任せた。今まで俺がやってきたけど、門外漢だから、家計簿をつけるように記録しただけだから色々間違っていると思う。一応複式簿記で書き留めているものもあるけど、貸借の数値が合ってないから、どこかで計算か取り扱いを間違えているはず。悪いけど、最初から全部見直してほしいんだ」

「了解です」


 計算をごちゃごちゃやって、最後に貸借が合わないとガクッてなるんだよね。


「俺が定期的に魔力をあげれば、それがラウムへの報酬となるってことでいいんだよね」

「はい。リューイチ様の魔力は非常に質が高いので、少量でも十分です」


 魔力が形をなした存在である魔族にとって、魔力が一番の報酬になるらしい。人間の魔力では、中級魔族であるラウムを満足させるためには魔力以外のものも提示する必要があることが多いが、俺の場合は魔王クラスとも契約が可能らしい。


「魔力の受け渡しってどうするんだ?」

「色々手段はあります。一般的なものは、魔界にある宝石に魔力を込めることですけれど……」


 そこまで言うと、ラウムはハッと口を抑えた。


「……どうした?」

「その宝石は今品不足! そう、品不足なんですよ! 困ったことに!」


 え、それだとどうすればいいんだ。魔界にある宝石って言い方が気になる。地上にある宝石だと魔力を込めることができなかったりするのだろうか。いや、魔力を宿した鉱石があったんだから、鉱石や宝石に魔力を込める方法があるはず。


「地上にある鉱石に魔力を宿したものがあるけど、鉱石や宝石に魔力を込める方法があるんじゃないか?」

「申し訳ありません。魔界の宝石とは違ってそれらに魔力を込めるのは難しいと思われます」

「うーん、それだったらどうすれば……」


 アルマだったら知っているかもしれないが会う手段がない。またヴィヴィアンのノエルにでも聞いてみるか。儂ばかりに頼るなと文句を言われそうだが。


「で、ですので!」


 ん?


「わ、わ、私に! 直接! 魔力を注いでくだしゃい!」


 ……噛んだ。

 そして、顔を真っ赤にするラウム。こ、これは……。


「えっと……どうやって?」

「色々ありましゅが!」

「色々!?」


 やばい、今の俺の頭の中はピンクな妄想が駆け巡っている。不健全なのはいけませんよ。


「えっと……その……」


 ラウムは両手を後ろで組んで、もじもじとしている。魔族がこれだけ顔を赤くして言いづらそうにしているなんて、一体どんなすごいことが行われるのだろうか。俺はノーマルなんだが、未知の世界への扉を開く時が来たのだろうか……!


「……撫でて下さい」

「……え?」

「私の頭を撫でて下さい。手に魔力を込めながら」


 ……え?


「正式な契約を交わすので、実際にやってみて下さい」

「えっと……」


 ラウムは少し前かがみになって頭を俺に突き出してきた。


「……こうか?」


 俺は右手でラウムの頭を撫で始めた。魔力を右手に込めて、その右手からラウムの頭へと魔力が流れていくようなイメージを浮かべながら。


「……はい! はい! いい感じです……はふぅ……」


 いや、こんなんで本当にいいの? 確かに魔力が少しずつ流れているのを感じるけど。


「あの、できれば名前も呼んで下さい」

「……え」


 それはいくらなんでも恥ずかしい。


「ダメ……ですか? 私、人間でもできるような地味な仕事しかできないから、こうやって必要とされて召喚されたのは初めてなんです。ですから、こうして召喚されたのが嬉しくて……それだけでも幸せなんです。でも、ちょっとでいいから、褒めていただきたくて……」

「ダメじゃない」


 ここでダメって言う奴は男じゃない、うん。


「ラウム、俺には君が必要だ。これからよろしくな」

「はい……!」


 これが正式な契約の手続きだったらしい。

 こうして、グローパラスに初めての魔族が着任することとなった。

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